第2話 教会の狩人(ハンター)

「おら! 中のやつ! さっさと降りろ!」


 馬車の出入り口前に立った盗賊が声を荒げる。リチャードは真っ先に馬車を降りて男の前に立った。


「まあまあ落ち着いて。荒事はナシにしませんか?」


 両手を上げて敵意がないことを表しつつ、努めて和やかに話しかける。


「あ? お前自分の立場分かってんのか? ぶっ殺すぞ?」


 男は威圧するように剣の腹でリチャードの頬を軽く叩いた。それでも怯えた様子のないリチャードに苛ついたのか、彼の胸ぐらを荒々しく掴んで脅す。


「余裕ぶっこいてんじゃねえぞゴラ!」


 すると、その拍子にリチャードのシャツの一番上のボタンが弾け飛び、仕舞っていたネックレスが顔を覗かせた。十字架を模した黒いネックレスである。それを観た途端、男の顔色が変わった。


「黒十字のネックレス!? お前、教会の狩人(ハンター)か……!?」

「だとしたら、どうします? 化け物狩りの化け物と殺し合いでもしますか?」


 リチャードが穏やかに笑うと、男は目に見えて怯んだ。リチャードから手を離し、狼狽して一歩、二歩と後ずさる。男の言葉に反応して、他の盗賊たちが馬車の後方に集まり始めた。


 教会の狩人(ハンター)。この国に広く普及しているモアナ教の教会本部が組織した、怪物狩り専門の部隊のことを指す。彼らは一般市民に仇なす人外の討伐を使命とし、一人の例外なく高い戦闘能力を持っていることで有名だった。ちなみに狩人の証である黒い十字架は基本的に複製を認められていない。


 リチャードは男たちが怯んでいる隙に現状の把握に努める。見晴らしの良い草原。周囲に隠れられる場所はなし。武装した盗賊が前に一人、左右に二人ずつ。そして馬車の影に一人。計六人。主な武装は剣。左右一人ずつがクロスボウを装備している。


 このまま恐れをなして逃げ去ってくれたら楽なんだが、とリチャードが思っていると


「おい。てめぇら何ビビってやがる。そんなもんハッタリに決まってんだろうが」


 一人馬車の影にいた男が低い声とともに姿を表した。一際大きな剣を肩に担ぎ、呆れた様子で盗賊たちを睨め回す。


「でも、お頭……」

「うるせえ! いいからとっととぶっ殺せ!」

「はっ、はい!」


 頭目らしき男の一喝で恐怖を押し込んだ男たちがリチャードに殺意を向けた。左右からクロスボウを向けられたリチャードは残念そうに肩を竦めるのみ。


 目の前の男が剣を振り上げる。リチャードは刃が自身に届く前に男の鳩尾に蹴りを叩き込んだ。蹴られた男は一メートルほど吹っ飛び、馬の胸に背中をぶつける。


 吹っ飛んだ男を目で追っていたクロスボウ持ちの二人は、はっと我に返るとリチャードに向けて矢を発射した。狙い違わず胸に飛び込んでくる二本の矢をリチャードはあろうことか素手で掴み取る。そして腕を交差するように振り抜き、投げ返した。


「がっ」

「ぐゎっ」


 クロスボウを持っていた腕に矢が刺さり、男たちが悲鳴を上げて武器を取り落とす。


 リチャードは右手側、無傷の盗賊一人と頭目がいる方向に素早く身を寄せ、腰に挿していたナイフを右手で抜き放った。黒光りするナイフを一閃し、部下の盗賊が剣を持つ右手を深く斬りつける。


 体ごとぶつかってその男を吹き飛ばし、既に剣を振り上げる頭目に向き直った。頭目の剣を持つ手を左手で受け止め、即座にその手首を掴む。腕を捻じりあげながら背後に周り、頭目の喉にナイフを突きつけた。


「くっ、黒い十字架に黒塗りのナイフ……。てめぇ、マジで教会の……?」


 額に冷や汗を滲ませながら頭目が呻く。


「私の専門はあくまで人外です。人間は含まれていません。大人しく引き下がるなら見逃してあげますよ。それとも……死ぬまで殺し合いますか?」


 頭目の耳元で囁くリチャードの表情を見た部下の盗賊たちは、青い顔をして硬直している。


「わ、分かった! 降参する! だから命だけは!」


 剣を取り落し泡を飛ばして叫ぶ頭目に、リチャードは


「大変結構」


 と子供を褒める教師のように一言口にした。

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