4 暗殺

 そして、アスキス歴二百五十年を祝う神事の日になった。


 神殿の裏の広場で、私とキャシーは出番を待っていた。神事は正午から行われることになっている。

 儀式が始まったら、私は初代竜騎士のナイアのように、キャシーに乗って国王アスキス陛下の前に降り立つ。そして、大事な知らせを告げる所作をすることになっていた。まあ、それだけといえばそれだけだ。

 アスキス陛下が久しぶりに国民の前に姿をお現しになるとあって、人々はこの日をとても楽しみにしている。私が多少失敗しても、みんな陛下を見ていて気づかないに違いない。たぶん。


 控え室を用意してもらってはいたのだけれど、私はいつもと違う聖女の扮装をしている。キャシーが驚かないよう、慣らしておこうと考えていた。

「どう? 素敵でしょ」

 私はキャシーの前で、くるりと回ってみせた。美しい織りの布で作られた真っ白な衣装は、たくさんのひだが寄せられて肩でとめられて、腰を飾りひもで結んである。

 神殿の日陰になった場所で寝そべっていたキャシーは、頭を上げると私に近づけた。フンフンと匂いをかぐ。

「あっコラ、花冠は食べちゃダメ」

 頭の花冠を押さえ、笑いながらキャシーの身体を回り込むと――


 ――神殿の二階、渡り廊下の窓で、何かがキラリと光った。


 私はハッとした。

 渡り廊下の窓にガラスはない。今のは、金属の光。

(剣!? 武器の持ち込みが禁じられている神殿内で、誰かが剣を?)

 渡り廊下の端には、外階段がついている。私は急いでそちらに走った。


 階段がだんだん近づいてくると、窓の中の様子が見えた。

 二人の男性が向かい合っている。私から見て向こう側の男性は、王弟イズナス様だ。

 手前の人は斜め後ろ姿なので、顔はわからない。けれど、中途半端な長さの髪を振り乱して、剣を振り上げてイズナス様を――


(危ない!)

 私はとっさに手前の人物を指さしながら、叫んだ。

「キャシー、放て!」


 サッと頭を持ち上げたキャシーの瞳孔が、きゅっと細くなるのが見えた。彼女は口を大きく開く。牙がきらめく。

 シュワッ、というような音が聞こえたかと思うと、キャシーの口が光った。


 直後、青い光の塊が宙を横切った。

 光は窓の縁を壊して、天井に着弾する。私の示した指の先、不審者の真上だ。


「うわあっ!」

 天井の一部が崩れ、剣を持った不審者に当たった。不審者は倒れ、手から剣が落ちる。


 階段を駆け上がった私は、すぐさま不審者に近寄った。剣を脇へ蹴り飛ばす。

「イズナス様っ、ご無事……」

 言いかけて、私は愕然とした。

 足下に倒れた人物の顔が、見えたのだ。

「……へ、陛下!?」


 それは、国王アスキス六世陛下だった。


 陛下が私たちの前に姿を表さなくなって、久しい。以前のような凛々しい面影はなく、髪は伸び身体つきも太っていて、私には陛下だとすぐにはわからなかった。

 ハッとして、さっき蹴り飛ばした剣に視線をやると、それは儀式用の剣だった。国王だけは、武器を神殿の中で持つことができる。


 顔から血の気が引くのが、自分でもわかる。私はとっさに陛下のそばにひざまずいた。

「陛下!」

 陛下はうめき声を上げる。私は思わずため息をついた。

「よ、よかった、息がある」

「竜騎士、アディリル・スフォートか」

 イズナス様が近寄ってきた。神にも等しい人に話しかけられて、私はにわかに緊張する。

「イズナス様っ、申し訳ありません、私とっさに……陛下が剣を振り上げているのが見えて」

「わかっている。私のためにしたのだな」

 イズナス様がうなずいたので、私は少しホッとした。

「でも、一体何が? 陛下がイズナス様に、剣を……?」

 尋ねる私の声にかぶるように、外でキャシーが興奮して鳴く声が届く。

「詳しい話は後だ」

 ひざまずいて陛下の様子を確認したイズナス様は、私を振り向いた。

「とにかく、急いで竜を落ち着かせてきなさい」

「でも」

「こちらはすぐに人が来る、大丈夫だ」

 確かに、廊下の奥からばたばたと足音がする。

「は、はい」

 私はうなずき、立ち上がった。


 再び外階段に出る。階段を駆け下り、キャシーに向かって中庭を走った。

「キャシー! もう大丈……」

 中庭の真ん中までさしかかった時、後ろから声がした。

「いたぞ! あそこだ!」

「えっ」

 振り向くと、渡り廊下の窓から、イズナス様が。

 イズナス様が、私を指さして叫んでいた。

「国王陛下を弑し奉った大罪人だ! 捕らえよ!」


「……え?」

 思わず足を止めると、また別の声。

「竜に乗ろうとしているぞ! 出会え!」

 本殿の側から何人かの兵士と魔法神官が飛び出してきて、私とキャシーの間に立ちはだかる。


(何? 何の話? これじゃ……これじゃまるで、私が陛下を暗殺して逃げようとしてるみたいな)


「ま、待って下さい。私は何も。それに、陛下は亡くなってなんか」

 すがるように、私はもう一度イズナス様を見上げる。

 けれど、イズナス様は冷たい瞳で私を見下ろすばかりだ。


 呆然としている内に、私は兵士に取り押さえられた。

 魔法神官に動きを束縛されたキャシーが、悲痛な声で鳴いた。

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