百二十三話:モジャモジャの正体
――モジャモジャ。
それは、身長190センチほどの細身の男?で、燃えるような紅い毛が顔の八割を覆っており、隙間からは肌の色がチラチラと見え隠れしている。
顔とは違い、体に毛は生えておらず派手な刺繍の入った和服を纏っていた。
「…………」
開いた口が塞がらない。
何故、モジャモジャがここに居る?
こいつの出没地域はビファの街近郊だろう?
ビファの街は王都シャンドラから馬車で五日ほど東に真っ直ぐ進んだ海沿いの街だ。
対してカトルたちが向かったのはケパケロの町、王都シャンドラからは北北東に馬車で二日の場所。
どう考えてもカトルたちとモジャモジャが一緒に居るのはおかしいのだ。
……まさか!?
「おいコラ、カトル」
「はいッ!」
俺がドスを利かした声で呼ぶと、カトルはピシッと姿勢を正す。
「お前、ケパケロの町には行ってきたんだろうな?」
「行ったよ!ほら、これ!」
カトルは魔法鞄からスクロールの素材である特殊なロール紙を取り出し手渡してくる。
俺はそれを受け取ると<鑑定>スキルで確認してみた。
――――――――――――――――――――――――
・ケパケロスギ紙(中級)
効果:なし
備考:ロール
――――――――――――――――――――――――
間違いないな。
じゃあ、何故だ?
益々わからん。
俺が頭を捻っていると、丁度ロマーナが横を素通りしようとしていたのでガシッと腕を掴む。
「何だ?いきなり」
「おう、子守はどうしたよ?」
「した」
「ヘススはどこ行ったよ?」
「冒険者ギルドに行った」
「モジャモジャが何でここに居るんだよ?」
「居たから連れ帰った」
「いろいろツッコみ所が多すぎるぞ?」
「もういいだろう。今のわたしはめっぽう機嫌が悪いんだ」
ロマーナは俺の腕を振り払うと、自室の方へと歩いて行った。
そんな中、背後ではモジャモジャをフェイ・ポル・カトルの三人が取り囲んで遊んでいる。
……本当に何があったんだ。
しばらくして冒険者ギルドからヘススが戻って来たので事情を聴いてみた。
「ケパケロの町で何があったかであるか?」
「ああ。カトルたちに聞こうかとも思ったんだが、楽しそうに遊んでたし、お前に聞いた方がわかると思ってな」
「なるほど。簡単に言うとであるな、拙僧らがケパケロの町近郊の森の中で依頼者の護衛をしていた時、あのモジャモジャとたまたま出くわしたのである」
「へえ。で?なんで連れて帰って来たんだ?」
「それがであるな、どうも喉が潰れていて全く喋れないようなのである。そこで拙僧がハイヒールやハイキュアを掛けてみたのだが治らず、次いでロマーナの作ったポーションも試してみたが効果がなかったのである。なので、もしかしたらタスクなら治せるかもしれないと伝えた所ついて来たという訳である」
「なるほどね」
ロマーナの機嫌が悪かった理由はそれか。
今頃はしこしこと治療薬の研究に勤しんでいるのだろうな。
ご苦労なこって。
まあ、そんな事はどうでもいい。
今はとりあえずコイツをどうするかだな。
一応、アイザックには例のモジャモジャがウチに居る事を伝えてきてくれたらしいけど。
俺はダイニングの椅子に座っているモジャモジャへと視線を移す。
すると、毛が邪魔で見えないがモジャモジャもこちらを見てきた……気がした。
うーん。
本当に人を斬ったのかコイツ?
危険な奴には見えないんだよな。
とりあえず……話してみるか。
俺はモジャモジャの前に紙とペンを置き、筆談を試みた。
「お前、名前はあるのか?」
俺が声に出してそう聞くと、モジャモジャはペンを持ち文字をスラスラと書き始める。
モジャモジャは二文字書いたところでペンを置いた。
俺が紙を見てみると達筆な字で――
『
とだけ書かれていた。
漢字!?
この世界で名前が漢字とは珍しいな。
それにこいつの武器は刀だったよな?
もしかして――。
「お前、IDOプレイヤーか?」
俺の質問に虎鐵は固まっている。
いや、黙っててもわからん。
そうだ、喋れないんだったわ。
顔も見えないし判断のしようが無えな。
「表情が見えん。髪を切れ」
そう言うと、虎鐵の紅い毛が縦にモシャアと動いた。
頷いたのか?などと思っていると虎鐵は立ち上がり、壁に立てかけていた大太刀を手に取る。
その行動にダイニングに居た面々はピリッとした空気を醸し出していた。
刹那、虎鐵の紅い毛が宙を舞う。
速い。
抜刀速度が下位職のソレじゃない。
だが、最上位職でもない。
間違いなく上位職だ。
となれば、あの職――んんッ!?
紅い毛が地面に落ち視界が晴れた瞬間、俺の思考が吹き飛ぶ。
というのも、髪を斬り落とした虎鐵の額からは紅黒い猛々しく伸びた二本の角が生えていたのだ。
ジェラと同じ鬼人族かとも思ったが、鬼人族の角は短く肌色の角が生えている。
何だコイツ?
マジで何者だ?
虎鐵は大太刀を壁に立てかけると、紙に文字を書きだす。
『すっきりした』
じゃあ、初めから切っとけよ。
と、言いたいところだが……大体察した。
戦争が終わったのはここ最近で、こいつの見た目はまんま魔人種だ。
その上、派手な刺繍の入った如何にも高価そうな和服を着ていて、おまけに綺麗に手入れされた大太刀まで所持している。
襲われるには十分すぎる理由だな。
虎鐵が人を斬った理由がわかったような気がした所で話を戻す。
「もう一度聞くぞ。お前、IDOプレイヤーか?」
虎鐵は眉を顰め、首を傾げる。
どうやら違ったようだ。
しかし、まあ、それならそれで、刀は何処で手に入れたか、種族は何か、出身国は何処か、などなど聞きたいことが山ほど出来た。
だが、それは後回しでいい。
まずは何とかして喋れるようになる事の方が先だ。
正直、筆談は面倒くさい。
「喉はどうしたんだ?」
『毒を盛られた』
「誰に?」
『わからん。治せるか?』
「多分、治せる」
『頼む。治してくれ』
「対価は?」
聞いてはみたものの、対価は求めていない。
コイツがどういう人間なのかが知りたいだけだ。
虎鐵は俺の質問の答えを迷わず紙に書いて渡してきた。
『命』
は?
命が対価って事か?
ハハハ。
ぶっ飛んでるなあ、コイツ。
喉を潰してる毒が何の毒かはまだわからんが、治す代わりに命を渡すって本末転倒だろ。
「そこまでする意味はあるのか?」
『ある。幼き頃から、“恩には恩、仇には仇、命には命で返せ”と教えを受けた』
「へえ。じゃあ、お前は死ぬのか?」
『恐らく。日に日に力が抜ける感覚がある』
「そうか。じゃあ、口開けろ」
そう言うと虎鐵は大きく口を開ける。
中を覗いた瞬間、俺の背筋が凍り付いた。
「……お前、これをどこで飲んだ?」
『覚えてない。恐らく酒場』
酒場で
大方、野宿でもしている時に飲み込んだんだろう。
そう、虎鐵の体を蝕んでいたのは毒でも何でもない。
虫種の魔物『
寄生後は内臓や血管を食べる事で成長し、徐々に宿主を死に至らしめるという厄介な虫だ。
IDO時代にも
その時は一度死んでリスポーンしたり、猛毒を飲んで体内の
では、どうするか。
答えは簡単。
『侵犯の塔』ならではの解決方法があるじゃないか。
「ポル」
「んー?」
「虎鐵が
「わかったー」
ポルがトコトコと虎鐵に近付く。
そして、澄み渡るような声を発した。
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