百二十一話:人食い鬼の巣
『ボゴォ』
鈍い音を立てながらヴィクトリアの『イラ・メドゥラ』を発動した右拳が深々とめり込む。
殴られた『
今、俺たちが来ているのは『人食い鬼の巣』という難易度五等級のダンジョンで、出現する魔物は『
人体とは言っても皮膚は土色をした柔らかいゴム質で、打撃・火属性・水属性・土属性・闇属性に耐性を持っていて非常に厄介な敵だ。
では何故、ここをレベル上げに選んだか。
理由は二つ。
一つは単に数が多いという事。
数が多い分、一回の周回で経験値を多く稼げるからレベル上げには丁度良い。
そしてもう一つ、闇の魔石(五等級)を落とすからだ。
こっちの理由が大部分を占めていると言っても過言ではない。
以前、『嘆きの納骨堂』でとれた闇の魔石(二等級)をギルドに売った時に使い道が少ないと言ったが、それは“この世界”ではの話でIDO時代は需要が多すぎて供給が追い付いていないほどだった。
というのも、闇の魔石はスクロール複製のために必要なのだ。
複製するスクロールによっては一定以上の質じゃないと成功しない事もあるので、良質な物は高額で取引されていた。
スクロール複製の手順を説明すると、闇の魔石を細かく砕いた物を水に溶かし、それを特定の筆に付けて特定の紙にスクロールの内容を模写した後、職業スキルを使用する事でようやくスクロールが出来上がるといった具合だ。
面倒くさいが、ダンジョンを馬鹿の一つ覚えのように周回するよりは幾分マシだろう。
そして『人食い鬼の巣』に来て四日が経ったころ――。
「やりましたー!レベル50になりましたー!」
「おー、おめでと」
「おめでとッス」
「……おめでと。」
「お祝い申し上げますわ」
「ありがとうございます!」
ぺオニアはその場でピョンピョンと両足で飛び、大きな足音を立てながら喜ぶ。
「それじゃあ、〆と行こうか?」
ドシンドシンと音が響く中、俺はニヤァと口角を吊り上げながら言った。
それが聞こえたミャオとリヴィは顔をヒクヒクと引き攣らせる。
「あのー、わかってるとは思うッスけど、ヘスさん居ないんッスよ?」
「……危ないと思う。」
「ん?二人は怖いのかな?んんー?」
俺はニヤニヤしながらジト目で見てくる二人をからかう。
「わかったッスよ!やればいいんッスよね!やってやるッスよ!」
「……私もやる。……後、その顔ムカつく。」
「ハハハ。ちょろいなお前ら。最初からそう言えばいいのだよ」
「あの、どこか行くんですか?」
話を聞いていなかったぺオニアはキョトンとした表情で聞いてくる。
なので、俺は通路の奥に見えていた大きな扉を指さした。
「えっ!?ボスに挑むんですか!?」
扉を見たぺオニアは勢いよく俺の方へと振り返り、声を荒げる。
このリアクションをするのも無理もない。
俺たちはここ四日間、ボス部屋には入らずにひたすら『
そろそろ飽きただろう?と言う俺なりの配慮だ。
……冗談です。
一応、用事がある。
「ああ。ぺオニアの初ボス戦だな」
「は、はい!頑張ります!」
両拳を胸の前で握り、気合を入れるぺオニア。
その姿を横目に俺はボス部屋の扉に手を掛けた。
キィと蝶番が鳴る。
大きな扉の先は、深い闇――黒い煙が充満するだけの部屋だった。
刹那、部屋を満たしていた黒い煙は部屋の中央へと収束していく。
そして、瞬く間に黒い煙だったモノは人型で部屋の中央に顕現した。
ゆとりのある紫色のローブが“ソイツ”の全身を隠すように包み込む。
パッと見で視認できるのは顔に付けた不気味に輝く銀色の仮面だけだった。
俺たちの存在に気付いた“ソイツ”はゆっくりと顔を上げる。
仮面に開いた穴からは瞳でなく、全てを吸い込みそうな闇だけがこちらを覗いていた。
『人食い鬼の巣』のボス、『
俺は『チャレンジハウル』の発動と同時に『インパクト』を発動させた。
『バチィン』
俺が放った衝撃波が何かを弾く。
その瞬間、モルディギナは不思議そうに首を九十度傾ける。
「ハハハ。知ってるぞ、モルディギナ!その
モルディギナの初撃――それは収束する際に残したモルディギナの分身による目に見えない自爆特攻。
今の俺ですら片腕は吹き飛ぶほどの威力を持っている初見殺しだ。
最初は何が起こっているのか全く分からず何度も喰らった。
――だが、もう慣れた!
俺は『スピードランページ』を使い一気に距離を詰める。
それとほぼ同時にリヴィの『パワー・バフ』『マジック・バフ』『ガード・バフ』『スピード・バフ』が全員に掛かった。
一気に近付いた俺に向かってモルディギナはローブの下から黒い触手を六本伸ばす。
俺は大盾を真正面に構えて、『スピードランページ』をキャンセル。
そして、タイミングをずらして伸びてくる黒い触手を一本ずつ大盾で弾き、最後の一本が大盾に触れる瞬間『シールドバッシュ』を発動させてパリィする。
「
俺の合図と共にヴィクトリアとぺオニアがモルディギナの背後をとる。
そして、ヴィクトリアは『マグナム・メドゥラ』を、ぺオニアは『パワーブロー』を発動させた拳をモルディギナ目がけて放った。
咄嗟に反応したモルディギナはローブの下から出ていた五本の触手をガードへ回し、内三本をぺオニアの方へ、残る二本をヴィクトリアの方へ伸ばす。
しかし――。
「ナメられたものですわね!」
ヴィクトリアの右拳は二本の触手を弾き飛ばしながら、そのままの勢いでモルディギナの腹部に叩き込まれた。
ぺオニアの左拳はというと触手に阻まれていたが、ヴィクトリアの拳がクリーンヒットした事で力が抜けたのか時間差でぺオニアの左拳も直撃する。
そこに追い打ちをかけるように『ウィークアタック』を発動させたミャオの『パワーショット』が肩部に突き刺さった。
その時、仮面に開いた穴が不気味に光る。
「二人共!下がれッ!」
『グルァアアアアア!』
ヴィクトリアとぺオニアが離れたのとほぼ同時に、モルディギナの周囲に黒い衝撃波が放たれる。
至近距離に居た俺は『ライトフォース』と『ハイプロテクシールド』を大盾に付与し、衝撃波を受け止めた。
「攻撃モーションをよく見て避けろ!危ない攻撃はだいたい目が光る!」
「わかりました!」
「了解ッスー!」
「畏まりました。ですが、タスク様。そういう事は最初に言っておいて欲しいですわ」
「おう。すまん」
謝りながら伸びてくる触手を『シールドバッシュ』でパリィする。
そこへ、ミャオが『ペネトレイトショット』を放った。
――あ、マズい。
俺は咄嗟に『ポジションスワップ』を発動させ、
同時に飛んできた矢が俺の腹部に少しだけ刺さる。
おまけにモルディギナの触手攻撃も二発食らった。
痛い。
「……へ?」
「何してるッスか!?」
「タスクさん!?」
不可解な行動にヴィクトリア以外の三人は驚きの声を上げる。
そんな中、ヴィクトリアはというと俺と入れ替わったモルディギナを追いかけ攻撃を続けていた。
ザ・戦闘狂のソレである。
俺はモルディギナの伸ばしてくる触手攻撃をパリィしてから隙を見て叫ぶ。
「すまん!触手に攻撃するのは無しで!千切れたら――」
『ブチィッ!』
聞き間違いだろうか。
何かが千切れる音が聞こえたんだが。
俺がゆっくりと音のした方を見ると、ヴィクトリアの片手には触手が一本握られていた。
「千切ってはいけませんでしたの?」
ヴィクトリアは千切った触手をポイっとその辺に捨てる。
「ああ……。レアドロップが……」
「先に言っておいて欲しいですわ」
「そうだなあ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます