七十二話:横穴の中

 


 『フォース・オブ・オーバーデス』の発動直後。

 溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンは雄叫びを上げた。


 『死の恐怖』が効かないとかマジかよ。

 <MEN異常耐性>が高いのか?

 んー、厄介だな。

 ヘイトは俺に固定されるからいいか。


 飛んでいた溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンは一直線に滑空し突っ込んでくる。

 それに応えるように俺は『パワーランページ』を発動させ勢いよく駆け出した。

 互いの距離が詰まった所で溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンは片腕を挙げ、鉤爪を俺目がけて振り下ろしてくる。

 俺は大盾と爪が衝突する間際に『パワーランページ』をキャンセルし、その勢いのままで『シールドバッシュ』を発動させる。

 振り下ろされた溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンの右腕は金属音と共に弾かれ、体勢を崩し地面に腹から着地する。


 こちらに顔を向け睨みつけながら溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンが起き上がろうとしたその時、アザレアの『ダークショット』が溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンの背中にペチペチとあたる。

 だが、気付いてすらいないのか全く気にも留めず俺に向かって駆け出すと、今度は溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンの真横からジェラが剣で切りかかる―――が、虚しくも剣は鱗に弾かれ尻から地面に着地し、数回地面を転がった。


「チィ!硬い!」


 予想はしてたけどアザレアとジェラじゃ火力不足だ。

 ロザリーはアザレアの怪我の治療をしているあたり、治癒士みたいだしな。

 それなら……。


「ジェラ、こいつは俺が抑える。その間に三人で顔を取ってきてくれ」


 溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンの突進を弾きながらジェラに声を掛ける。


「私に指図をするんじゃない!と言いたいところだが私では傷一つ付けられんようだ。任せたぞ」


 そう言うと、アザレアとロザリーの元へと走っていった。

 その間にも溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンは体勢を立て直しており、大きく息を吸い込んだ。


 こんな事になるなら、他メンバーが居てくれれば楽だったんだがなぁ。

 『シールドアトラクト』を使いブレスを避けながら、そんなことを思う。

 だが、あの視線を仲間たちに向けられた時の事や、万が一魔人に囲まれた時の事を考えると、連れてこなくて正解だったとも思う。

 考えた所で今更か。


 それに、今はそれどころではない。

 顔を取り返して、そのまま逃がしてくれるとは思えない。

 だからといって倒せる訳でもないし、倒せたとしても無駄な殺生はしたくない。

 破壊蜂の時もそうだったが、魔物とはいえ生きているのだから。


 ん?

 今こいつ……。


 その時、何かが引っ掛かった。

 俺は大盾で攻撃を弾きながら溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンを観察する。

 間違いない。


 溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンのヘイトは俺に向いているが、視線がチラチラと動いているのに気付いた。

 その視線の先には紐を両手に持っているロザリーとジェラ、そして紐の先に吊るされた状態でぶら下がっているアザレアが居た。

 恐らくアザレア本人が行くと言いだしたのだろうが、自分の国の皇帝を吊るすって。

 ……どうでもいいか。


 こいつ生きたフィールドの魔物なんだよなぁ。

 よし、物は試しだ。

 俺は溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンの攻撃を弾きながら口を開く。


「お前、巣が気になんのか?」

「グルルルルル」


 攻撃の手を止め溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンは一歩下がると、俺を睨みつけ威嚇する。

 なんだ?

 何故、攻撃の手を止めた?


 チラリと横穴の方を見るとアザレアが到着し、中へと入っていく姿があった。

 なるほど、だからか。

 言葉が伝わったかと思った。

 恐らく巣にグレミーの頭以外の何かがあるんだろう。


 視線を溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンに戻すが襲ってくる気配はない。

 念のために『チャレンジハウル』を重ね掛けし、横穴に戻らないようにする。


「ガァアアアアア」


 すると溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンは喋っているかのように大口を開けて吠える。


「悪いな。お前の言葉はわかんねえ」

「グルゥ」


 落ち込んだ!?

 言葉が伝わったのか!?


「お前。俺の言葉がわかんのか?」


 溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンは睨みながらもコクリと顔を縦に振る。

 全身に鳥肌が立った。


 俺は、溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンにズカズカと近付く。

 近付いてくる俺を警戒しているのか、炎を口から漏らしながら威嚇するが、そんなの関係ない。

 目の前まで来た俺は大盾をインベントリ内に仕舞い、丸腰で溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンに頭を下げる。

 

「縄張りに入って悪かった。俺にもう敵意はない」

「ガッ?」


 突然の謝罪に溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンは驚いたような声を上げる。


「知人の頭部を探しに来ただけなんだ。巣に無いか?あるなら返して欲しい」


 溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンはジッと俺を見た後、体を横に向け地面に伏せる。

 すると、溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンは俺の背中を尻尾で押す。


「あ?乗れって事か?」


 俺の方に顔を向けて頷く。

 よじ登り背中に跨ると翼を広げて飛び上がった。

 そのまま溶岩湖の上を飛び、崖の中腹にある横穴の中へと入っていく。

 横穴の中は広々とした空洞だったが奥行はそこまで無く、すぐに最奥部に着いた。

 

 なるほど。

 そりゃ、余計に攻撃的にもなるわな。


 最奥部には小さな火竜が三匹居た。

 まだ翼も発達していないのかヨチヨチと歩いている。

 そのすぐ隣には、白い髪に青い肌の頭を抱えたアザレアの姿があった。

 俺が溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンの背から飛び下りるとアザレアが駆け寄ってくる。


「タスク君が何でここに?」

「あー、まあ、いろいろとありましてね。それよりグレミーの頭は見つかったんですね」

「うん。火竜の子と一緒に寝てたよ。呑気なもんだよねえ」


 ニコニコ笑いながらアザレアが頭を見下ろすと、元々青かったグレミーの頭が更に青ざめる。


「ウッ、ごめんなさい……。そちらの人種の方も私を助けに?」

「そうだよ。名前はタスク君」

「ご紹介に預かりました『侵犯の塔』のタスクです」

「ご丁寧にどうも~。私はグレミー・ツー・マルグロアです。よろしくね」

「はい。ところで、なぜこんな所に居たんですか?」

「それがね―――」


 話を聞いてみると翼竜ワイバーンに頭を持ち去られている時、たまたま餌を探しに縄張りを出ていた溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンと出会ったらしい。

 既に火竜の餌となった翼竜ワイバーンと一緒に巣に持ち帰られたので自分も餌になると思っていたらしいのだが、何故か食べられずいつの間にか火竜の遊び相手になっていたという。


「―――と、言うわけ。いや~、迷惑かけちゃったね。だんだん楽しくなってきちゃって」


 それで一か月も?

 本当に馬鹿なんじゃなかろうか?

 交戦中だったんだよな?

 聞いていてだんだんと腹が立ってきた。


 因みにだが、べルアナから何度も助けが来ていた事すら知らなかったらしい。

 遊んでいた時の笑い声や話し声で気付いたんじゃない?との事だ。

 どんだけ能天気なんだこいつ。

 俺は一度ため息をつくと、溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンたちの居る方に振り返る。


「守ってくれたらしいな。ありがと」

「グルゥ」


 俺はインベントリ内から市場で買った野営時用の肉の塊をいくつか置く。

 すると、火竜はヨチヨチとやって来て小さな口で齧り付き始める。


「あの顔を連れて帰るけどいいか?」

「グルゥ」

「あの顔に肉を持って来させるから、人里は襲わないでくれな」

「グルゥ」

「あ、そうだ。上まで乗せてってくれ」

「グルゥ」


 俺と溶岩炎竜ラヴァブレイズドラゴンが会話?をしていると後ろから声が掛かる。


「えーっと……。もしかして、言葉がわかるのかな?」

「はい」

「もしかしなくても、私って帰れたの?」

「はい」


 グレミーの頭からサーッと血の気が引いていく。

 その真上からはニコニコしているアザレアが覗いていた。



 空洞内に悲鳴が響いた。


 

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