十二話:商人ギルド

 


 『ましらの穴倉』に潜り始めて四日目。


 俺たちは鬣の色が赤く染まった洞窟大猩々ケーブコングを討伐することに成功していた。

 ドロップした火属性の大魔石と能力スキルスクロールを拾い、ミャオがリヴィに飛びながら抱き着く。


「やったッスー! リヴィのおかげッスよ! ありがとうッス!!」


 洞窟大猩々ケーブコングには瀕死モーションと呼ばれる尻尾の先で地面を小さく二度叩くという瀕死の時にが設定されている。

 その瀕死モーションを看破したのはリヴィだった。


「どうしたッスか!? どこか怪我したッスか!? 痛かったッスか?」

「……嬉し……くて。」


 抱き着くミャオを受け止めたリヴィは尻もちをつき、目尻に薄っすらと涙を浮かべ微笑む。


 お、リヴィの笑顔を初めて見た。

 可愛いじゃん。

 もっと笑えばいいのに。


「お疲れ。早速で悪いんだけどさ、リヴィがそのスクロールを使ってくれ」


 俺がミャオの持っているスクロールを指さした。

 するとリヴィとミャオの視点がスーッと移る。


「……これは?」

「<火属性魔法>の能力スクロールだ」

「……!? ……そんな高価な物を……私なんかが使って良いんですか?」


 恐る恐るといった様子でリヴィは上目遣いで俺の顔を見た。

 俺はそんなリヴィの目の前に膝を立てて座ると、リヴィはビクッと肩を竦め姿勢を正す。


「必要な事なんだ。あと、私なんかがってのは止めろ。リヴィは良く頑張ってるし優秀だ。自分で自分を落とすな」

「……ごめんなさい。」

「謝らなくていい」

「……はい。」


 リヴィはぷるぷると震えながら半泣きで頷き、渡されたスクロールに視線を落とし顔を伏せる。


 俺って……もしかしなくても怖がられてる? 泣きそうなんだが。


「スクロールを使うのは嫌か?」


 黙ったまま小さく首を横に振るリヴィは、スクロールを持っていない方の手を固く握りしめ、伏せていた顔を上げ真っ直ぐ俺の顔を見た。


「みんなの役に立てますか?」


 今まで小さな声で言葉を詰まらせていたのが嘘だったかように流暢にハッキリ言い放つ。


 驚いた。

 それに……安心したわ。

 普段はオドオドしてて何を考えているのかわかんないけど、ちゃんとリヴィもみんなの事を考えてくれてたんだな。


「ああ。もっと役に立てるようになる」


 俺は自分でも分かるほど口角を吊り上げながら答える。

 目が合うとリヴィはサッと顔を伏せてしまったが、リヴィの口元が少し緩んでいるのが見えた。


 内気が治った訳じゃなさそうだけど、この様子なら大丈夫そうだな。


 覚悟が決まったのかリヴィはスクロールを開き、俺の教えた通りの文言を唱える。

 するとスクロールから眩い光が漏れだし、リヴィを包み込んだ。


 光が収まりリヴィが自身のステータスウィンドウを開くと、少し微笑む。

 どうやら無事<火属性魔法>を習得出来たようだ。


 その後、もう一周『ましらの穴倉』を踏破し、鬣が青くなった時にあっさりとトドメを刺す。

 そしてドロップした能力スクロールを使い、<水属性魔法>もリヴィに習得させることができた。


 これで目的は達成した。

 全員のレベルも十分底上げされた。


 ……よし、帰るか。


 こうして俺たちは野営地を片付けたあと、『ましらの穴倉』を後にした。



 王都に戻ってきたのは丁度昼時だった。


 なので頑張っていたみんなを労うために少し高価な飲食店に入り昼食をとることにする。

 野営している時は簡素な食事ばかりだったためか、俺を含めた全員は黙々と食べ続けていた。


 その結果、一週間分の食材を買った時よりもお金が飛んで行ったが、まあ、良し。

 だからリヴィ、そんな申し訳なさそうな目を向けなくても大丈夫だぞ。

 反応すらしない他の三人を見習うんだ。


 昼食を食べ終えた俺たちはまっすぐ冒険者シーカーギルドへと向かう。


 受付嬢に『ましらの穴倉』でドロップした洞窟大猩々ケーブコングの魔石と洞窟猿ケーブモンキーの素材を全て渡すと目を白黒させていた。

 何かブツブツ言っていたが聞こえないふりをし、査定が終わるまで近くにある椅子に座って待つことにする。


 因みにだが洞窟猿ケーブモンキーの素材は全て渡したが、魔石は一切渡していない。


 何故か。

 俺が欲しいからだ。


「ちょっといいか?」


 全員が俺を見る。


「ケーブモンキーの魔石全部、俺が買っていいか?」

「ワシは構わんぞ」

「良いッスよ」

「……大丈夫です。」

「構わないのである」


 よし。

 少し色を付けて買わせてもらおう。


「じゃが、そんな大量の魔石を何に使うんじゃ?」

「アタシも気になるッス」


 ゼムは目を細め、訝し気に俺を見てくる。

 ミャオとリヴィはキョトンとしており、ヘススは相変わらずの無表情だが俺を見ていた。


 そこへ俺は爆弾を投下する。


「家」

「はあ!?」


 ゼムは驚きの声を上げ、ミャオとリヴィとヘススは驚きの表情で俺の顔を見てくる。


「ワシの家をどうするつもりじゃ!」

「何でゼムの家?」

「ワシ以外、家を持ってないじゃろ!」


 ゼムが青筋を立てながら真っ赤な顔を近づけてくる。

 大事なことを言い忘れていた事に俺は気付いた。


「あー、俺が家を買うからそこに使うんだよ。照明とかキッチンとか色々」

「「「「……」」」」


 ポカンとしてどうした。

 家がないと不便だろ。

 常識的に考えろよな。


「みんなが宿を借りてるって言ってただろ? だから家を買おうと思ったんだが」

「その言い方だとアタシらも住むって風に聞こえるんッスけど」

「そうだが? 嫌なら無理強いはしないけど」

「嫌じゃないッスけど……良いんッスか?」 


 ミャオの言葉にリヴィとヘススも小さく頷く。

 

「もちろん」


 固定パーティを組んでいるんだ。

 どうせ毎日顔合わせるなら一緒に住んだ方が色々と都合がいい。

 パーティ内の仲の良さは強さに直結する。

 経験談だ。


「じゃあ、お前さんは商人ギルドに行くのか?」

「そのつもり。だからここで一時解散だな」

「それならワシの家に寄っていけ。紹介状を渡すわい」

「お、ありがと。助かるわ」


 そうこう話していると丁度いいタイミングで受付嬢が五等分に分けたお金を袋に入れて持ってきてくれたので、洞窟猿ケーブモンキーの魔石分のお金を渡そうとすると全員断固として拒否してきた。


 家まで用意して貰って受け取れない、との事だ。

 ゼム、お前は受け取れよ。


「じゃ、俺たちは行くから。明日は休みにするからゆっくり休んでくれ。明後日の朝、ゼムの店で集合という事で」

「何でワシの店なんじゃ」

「家買っても場所わかんねーだろ」


 俺はゼムと一緒に席を立ち、冒険者ギルドを後にする。

 そして商人マーチャントギルドに向かう前にゼムの店へと寄り、紹介状を貰ってそのまま別れた。


 そういや、久しぶりの一人行動だな。

 なんというか……少し寂しい。


 とぼとぼと俺は商人マーチャントギルドへと向かい十数分歩いていると、レンガ造りで貨幣の描かれた看板が掲げられた建物が見えてくる。

 昼時だが入口の横にはたくさんの馬車が止まり賑わっていた。


 中に入ると木製の仕切り板のある窓口が正面奥にあり、その窓口に商人たちが並び順番を待っている。

 窓口ごとに天井から看板が吊り下げられており、受け付けている内容が複数書かれていた。


 俺は住宅と書かれた窓口に並ぶ。

 少し待ち先頭まで来ると、しっかりと整えられた髪に白いシャツ、黒ベスト姿の若い男性職員が貼り付けたような笑顔で座っていた。


 俺はゼムに貰った紹介状を職員の前のカウンターに置きながら椅子に腰掛ける。


「商人ギルドへようこそ。本日はどういったご用件でしょうか?」

「家を購入したい」

「ご購入ですね。失礼ですがご予算はどのくらいをお考えでしょうか?」

「予算は気にしなくていい。条件が合えばそこを買う」

「かしこまりました。それではこちらをどうぞ」


 職員の男は王都の地図と間取り図の書かれた紙束をカウンターに置く。


 俺は紙束を一枚一枚捲り、条件に合った家を探していくと一件だけ俺の思っていた通りのものを見つけた。


 うん。

 これ以外は有り得ない。


「ここを実際に見せてもらうことは出来るか?」


 そう言って一枚の紙を職員に渡す。

 紙を受け取った職員の貼り付けたような笑顔が一瞬歪む。


 理由はただ一つ。

 俺の渡した紙に書かれた一言だ。



 <備考>……曰く付き。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る