&α luna.
「うまくいったね」
「町をひとつ沈めようとしたんだ。犯罪者として名を残されるより、無理心中で死んだことにするぐらいがちょうどいい」
「そうだね。わるい奴だったし」
「わるい奴、か」
「どうしたの?」
「俺が、わるい奴だったら。お前は、どうする?」
「アルファは、いい人よ」
「質問を変えよう。ベータ」
「うん?」
「あのとき。なぜ自分のこめかみに銃を当てた。車に向かって、何を話していた」
「それより、あなたが答えるのが先よ」
「なにを」
「なんで、車の外にいたの。私を、殺しに来てくれてたの?」
「なんの話だ」
「こたえて。重要な、ことだから」
「無線は車じゃなくてもできる。俺の携帯端末には、無線の機能がある」
「うそ」
「右の胸ポケット」
「あった」
「サイドボタンを5回」
無線の呼び出し音。
「ほんとだ」
「次は俺の」
「まだ。なんで、車の外で、無線をしたの。答えを聞いてない」
「お前が、撃ったから」
「それは」
「俺が撃つはずのものを、お前が撃った。それが気になって、無線で連絡を取るのを第一にした」
「それだけ?」
「それだけだ。他には何もない」
「そっか」
「俺の番だ」
「自分のこめかみに、銃を当てたのは、死ぬため。車の中に囁いたのは、あなたへの愛の言葉」
「なぜ」
「組織が崩壊して、三年が経った。私が、用済みになったから」
「なぜ、用済みだと思う」
「組織を裏切ったから」
「裏切っていたのか」
「うん。組織が襲われてるって聞いてから、すぐに。裏切った」
「知らなかったな」
「あれ。おかしいな。裏切りを知ってて、三年経ったら私を殺すんだと、思ってた。あのとき、あなたは組織にいなかったし」
「いや。いたんだ。あの場所に」
「組織が襲われたときに?」
「ああ」
「あなたはどこにもいなかった。最初に確認したから。それはうそ」
「組織を襲ったのは、俺だからな。見つかるはずがない」
「うそ」
「本当だ。殺した。わるくない奴も。みんな。殺した。俺は、わるい奴だよ」
「なんで」
「お前を、人質に取られたから。お前が、いや。違うな。それだといい奴みたいな感じに」
「アルファ。あなたはいい人よ」
「俺は。殺したんだよ。組織のすべて。いい奴もわるい奴もみんな。殺した。そのときはじめて、俺は、自分がわるい奴だって知った」
「なんで、三年間も任務を続けたの。組織を壊したのがあなたなら」
「お前に会うのが、こわくなった。わるい奴が。殺して。奪って。消すような。わるい奴が。お前に会うのが。怖い。怖かった」
「そんな、くだらない」
「くだらない?」
「くだらないわ。そんな、くだらない理由で、私と、三年も。会ってくれなかったの」
「俺は、ベータの前では、いい奴で、いたかったんだ」
「くだらない」
「さっきから」
「くだらないわ。ハードボイルドの職業が無職かどうかと同じぐらい、くだらない」
「なにを」
「ハードボイルドに、そんな感傷は、いらないの。あなたは、いい人なの。何人殺しても、どんなわるいことをしても。あなたは」
「歴史もののハードボイルドだって」
「読んだわ。知ってる。全部。知ってるの」
「そうか。知らないのは俺だけか」
「私たちも、組織がないんだから。無職よ。同じ」
「ハードボイルドじゃあ、ないな」
「そんなことはないわ」
「仕事はあるが、無職だ」
「あるわ。仕事なら。私を抱いて」
「撃たれた肩が痛むんだが」
「掠っただけよ。なによ。私が下手だって言うの?」
「下手だろ。俺はちゃんと銃に当てたのに」
「私も人差し指が痛くなってきた」
「うそつけ。ちゃんと銃は左に弾けただろうが」
「なんでそんなに上手いのよ」
「致命的なぐらい才能があるからな」
「じゃあ、なんで。それだけの才能があって、なんで私に、会ってくれないのよ。三年よ。あなたに殺されるのを夢見て。三年も。ここまで。来たのに」
「すまなかった」
「抱きなさいよ。その腕で。私を」
「これでいいか」
「びっくりすること、言ってあげようか?」
「いや、いい」
「聞きなさい」
「わかったよ」
「あなたが殺したと思ってる、わるくない人たち、生きてるわよ」
「うそをつくな。全員確かに」
「最後のひとり、通信担当にいたるまで。生かしました。私の組織への裏切りは、それです」
「なぜ」
「こうやって、あなたに抱かれるため」
「意味がわからん」
「あなたの腕に抱かれるときに、綺麗な身体でいるため」
「あの二人を撃ったのは」
「綺麗な銃で、私を撃ってもらいたいから」
「そこまでして、なぜ」
「あなたが、私にとって、すべてなの。あなたが殺してくれるなら、私はよろこんで死ぬ。そのための三年だった」
「俺は」
「そう。あなたは、私を三年放置した。意味の判らない罪悪感で。それが、あなたの犯した罪よ」
「どうやって償えばいい」
「無職なあなたに、仕事を与えます」
「仕事か」
「私を毎日抱きなさい」
「こうやってか?」
「そう。毎日。これからずっと。死ぬまで」
「大変だな」
「抱かれる度に、私が、あなたの罪を数えてあげる」
「お前の仕事が、それか」
「いいえ」
「お前は無職なのか」
「いいえ。私は、あなたに抱かれるために、身体を、綺麗にし続けるわ。それが私の、仕事だから。アルファ」
「なんだ、ベータ」
「キスして」
キス。慣れていて、それでいてどこか、物足りない感じがした。何か、欠けている。
三年前も、こんなキスだっただろうか。
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