第二話
少し古い民家のインターホンを鳴らすと、薄化粧の女性が顔を出した。この人が、第一発見者隆くんの母親、吉田美久さんだ。
一家の家は、現場の屋敷がある山から少し離れたところにあった。あの日、一家は羽を伸ばしに遠くへ出かけよう、ということであの山に行ったらしい。とんだ休日になってしまって気の毒だ。
美久さんは不安げな顔でこちらを見ている。警察に対してこういう表情を見せる人は多い。我々は、市民にとっては非日常の象徴のようなもの。我々がいるということは、よくないことが起きたということなのだから。やましいことがない人でも、諸手を挙げて歓迎するようなことはまずない。
「こんにちは。お話を伺いに来ました。隆くんはいますか?」
「はい、おりますが……。捜査の参考にはならないと思いますよ。どうもふざけてるみたいで。おかしな話ばかりするんです」
「おかしな話でもいいんです。大事なのは、隆くんがなにを見て、なにを思ったかですから」
居間に通されて椅子を勧められ、コーヒーと茶菓子を出される。美久さんは席を外して隆くんを呼びに行った。
「またコーヒーかぁ……」
「センパイ、出されたもの残しちゃダメですよ。失礼ですから」
「わかってるけどさぁ……。いい加減飽きたよ」
一口すする。田島のコーヒーより格段に香りがいい。いい豆を使ってるみたいだ。
「今、俺のコーヒーよりうまいって思ったでしょ」
「さあ、どうだろうね」
なんでこういう時だけ鋭いんだ。どうやってごまかそうか考えていると、ちょどよくドアが開いて美久さんと隆くんが入って来た。助かった。
「隆? 刑事さんたちにはちゃんと嘘つかずに話すんだよ?」
「嘘なんかついてない!」
「もう……。ごめんなさいね」
苦笑いする美久さんを、隆くんは心外そうにプンスコ怒りながら見上げている。
だいたい小学校一、二年生くらいだろうか。子供としては平均的な体格をしている。これなら、資料にあった小窓から簡単に出入りできそうだ。
「隆くん、お話を聞かせてくれますか?」
「やだよ。どうせ僕のこと嘘つきだって言うんでしょ」
「言いませんよ。僕は、隆くんがなにを見たのか知りたいだけです。それが本当のことかどうかは、結構どうでもいい。問題は、君の目にどう映ったかです。君の話には、必ず本当のことにたどり着くヒントがある」
「ふーん。じゃあいいよ。話してあげる」
隆くんは、僕の正面の椅子に座って、つっかえつっかえ、話し始める。
ピクニックでお弁当を食べ終わった後、僕は草むらに虫を探しに行ったんだ。大きいバッタがいたから、それを追いかけて山へ入ったの。すごく大きかったんだよ。
捕まえた時には、元いた場所から結構離れてたと思う。
怒られるかもって思って、急いで戻ろうとしたんだけど、そこで不思議なおばあさんに会ったんだ。
綺麗な着物を着てて、背筋がすごくまっすぐだった。鬼のお面をかぶってた。お面の下の顔は、シワシワだったよ。
「坊や、ちょっとこっちへ来て助けてはくれないかい?」
おばあさんはそう言って、僕に手招きをしたの。お年寄りが困ってたら助けるのはいいことだと思ったから、僕はそっちへ行ったんだ。どうしたの? って聞いたら、おばあさんはすごく困った声で、「こっちへ来ておくれ」って言ったんだ。
おばあさんについていくと、古いお屋敷に着いたの。テレビで見たことある、侍が住んでるような家だった。
こっちこっち、っておばあさんは僕を蔵の前に連れて行った。蔵の中で、ガタッって何かが動いたのがわかった。
「中に何かいるの?」
「喰らい様がおるんじゃ。最近は食べるものが少なくて、腹をすかせておる」
「喰らい様? なにそれ」
「人を食べる怪物だよ。中を見てごらん」
そう言って、おばあさんが窓を指差したの。中を見たら、骨がたくさんあった。あっちにもこっちにも、たくさん、ゴロゴロしてた。それを見て、怪物は本当にいるんだって思った。
怖くなって僕が逃げようとしたら、おばあさんは僕の手を掴んだんだ。
「あの人が困ってるんだ。助けておくれ」
おばあさんが、蔵の奥を指差した。その先には、男の人がいた。骨の中にうずくまって、こっちを見てた。
「ねえ、危ないんじゃないの? 怪物がいるんでしょ? あの人も食べられちゃう!」
僕が聞いても、おばあさんはなにも答えてくれなかった。
「隆! 隆! 出て来なさい!」
お母さんの声が聞こえたら、おばあさんは僕の手を離してどっか行っちゃったんだ。
本当だよ。僕は嘘なんかついてない。おばあさんに会ったのは本当だし、あの蔵には怪物がいるんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます