第61話 転移者と決戦の下準備
「これから、どうするつもりですか」
琴海の質問に大和たちはうつむいた。
この状況を解決するための手が必要だ。しかし大和と純連の表情は、まったく芳しくなかった。
「俺たちも色々話したんだけど、何も思いつかないんだ……」
「…………」
「七夕さんは、どうすればいいと思う?」
丸投げ気味な質問だが、大和たちだけでは、もう何も思い付かないのだ。
琴海は考え込み、この危機を乗り切るための方法を考えたあとに提案してくれた。
「かけられた魔法を、打ち消すことはできないのですか?」
「それは……多分、無理だと思う」
手に刻まれた模様を撫でながら、否定した。
大和では分からないが、魔法を扱える純連が首を横に振っていたため、不可能だろう。
ゲーム上の演出で言うなら『そんなことができるならやっていた』というのが答えになる。仮にもラスボスのかけた魔法だ。対抗できる要素がない。
「純連。念のために、見せてもらっても構いませんか」
「もちろんです!」
琴海は一言ことわってから、純連の手を見た。
まるで医者の診察のように目を細めた後、かざした手から、水色の魔力を送り込んだ。そして表情を難しくしかめる。
「確かに、かすかに魔法の力を感じます」
「シリウスの魔法で外せないのか?」
「残念ですがこちらから干渉できないようです。わたしでは、手出しができません」
「ことちゃんでも難しいのですね……」
琴海に魔法を試してもらったが、大和の目から見ても、模様に全く変化はない。純連はがっくりうなだれた。
話は振り出しに戻ってしまう。
どうすればこの状況を乗り切れるのだろう。
全員が真剣に考えている中、大和は恐る恐る、琴海に尋ねた。
「なあ、聞いてもいいか?」
「何ですか」
だが自分から話を振っておいて、言い淀む。
琴海がすんなり受け入れてくれたのが不安だった。もう話はついたのだ。ほじくり返す必要はないはずだが、聞いてしまう。
「信じてくれるのは、すごく嬉しい。でも……」
「…………」
「この世界がゲームだったなんて、そんな話を簡単に信じるのか?」
この世界に来てから、ずっと抱えていた。
きっと信じがたい話だ。もし大和が同じことを言われたら、絶対に受け入れられないだろう。
「全く信じていません」
即答で、断じられた。
その矛盾に、大和はぽかんと口を開けた。
「え、でも、それじゃあ……」
「認めたのは、あなたたちが危険な状況に置かれているということだけです」
「……ああ、そうだよな」
納得した。
否定されたはずなのに、むしろ大和は安心していた。
確かにゲーム云々の話を信じてもらう必要はないのだ。どんな風に思われているのか、反応が怖かったのだが、嘘だと思ってくれるならありがたい。
(ゲームみたいな世界っていうのは間違いないけど……実際、どうしてこんな世界があるんだろうな)
考えてみれば、とても奇妙な世界だと思う。
魔物が出てくるというのはまだいい。しかし、おかしな点が多すぎる。
全く同じドロップアイテムを落として、決まった数の素材で進化することができるなんて。架空の世界じみている。
(……いや、待て)
大和は、何かに気付いて顔を上げた。
ひらめきが浮かんできた。
何か引っかかる。
深く考えながら、過去の自分の言葉を追った。
(この世界はゲームと同じ仕組みだ……そうか、もしかして!)
その瞬間。
大和の中で、何かがつながった。
かつてのゲーム攻略の知識が鮮明に蘇る。
これならいけるかもしれない。顔を上げて二人を見る。
「できることがあった。それだけで、勝てるわけじゃないけど……」
「本当ですかっ!?」
隣に座っていた純連が、思わずと言った風に立ち上がった。
しかしもう時間がない。大和は焦ったように、琴海に尋ねる。
「今、何時だっ!?」
「午後十時を過ぎた頃です」
「ああ、くそっ……駄目だ。思いつくのが遅かった……!」
大和が頭を掻き毟るのを見て、純連は不安そうにした。
「何を思いついたのですか……?」
「研究所だ。あそこに行けば、何とかなるかもしれない」
「庵ちゃんのところですか?」
「ああ……でも、この時間じゃ、もう誰もいないから無理か。うううっ」
「いえ。今からでも十分間に合うでしょう」
「……何だって?」
思わず尋ね返す。
こんな時間に公務員が働いているはずがない。消灯しているはずだ。
しかし琴海は、真剣に言っていた。
「鍵とか持っているのか?」
「いいえ。あの子を呼び出します」
「呼び出すって……そんな深夜に働いてるのか?」
「ええ」
大和は唖然とした。
研究員が、しかも現役中学生が、こんな時間に労働をしているということだ。
ありえないブラック労働……いや。
(今は、そんなこと考えている場合じゃない!)
今は一刻を争う場合だ。どうだっていい、そんなことを考えている暇はない。
間に合うのなら急がないと。
焦る気持ちを隠せないまま、大和は頼み込んだ。
「頼むっ! あそこに行けば、生き残れるかもしれないんだ!」
「……いいでしょう。少し待ってください」
立ち上がった琴海はスマートフォンを取り出した。
誰かと電話しているようだ。
すると何やら驚いたような、勘高くて幼い声が、スピーカー越しに聞こえてくる。
特徴的な声。たぶん、相手は庵だ。
二、三。言葉を交わしたあと、琴海は通話を切った。
「まだ帰宅していないようだったので、待機してもらいました」
「庵ちゃん、中学生なのに、こんな時間まで夜更かしなんているんですか……?」
「今はいいっ。とにかく急いで向かおう!」
「行って何をするつもりなんですか……?」
純連の問いかけに答えようとした。
だが今は、事情を話すことさえもどかしい。今この瞬間にも、転移してしまうかもしれないのだ。そうなったら終わりだ。
「説明は道中でする。今はやれることをやるんだ!」
「ははっ、はいっ! 何かできることがあれば教えてください、何でもしますから!」
まだ体調は万全とは言えなかったが、動くのに支障はない。
今は一刻を争う時。
疲れなんて、言っていられない。
(あれに賭けるしかない……!)
大和の策は、勝利を確信できるようなものではない。
しかし現状で、それが最も勝率を上げることができる方法だ。
大和はゲームの知識を持っている。
自分が何とかしなければいけない。その責任と焦燥が、死の恐怖の中で動けた、最大の理由だった。
研究所について早々、中学生研究者・魔法少女の庵に出迎えられる。
今は地下通路を歩いている。危険マークの書かれた扉が点在するその場所は、何度来ても不気味だ。
「急に連絡してきて、地下に案内してくれって。どういうことなのかボクにも説明してくれるかな!?」
いつの間にか変身を済ませたシリウスに詰め寄ってくる。庵は律儀に案内してくれたが、その道中で強く抗議してきた。
そしてもう一人、ついていた女性の研究員がいたが、いい顔はしていなかった。
「シリウスさん。本当なら庵ちゃんを帰さないといけない時間だったのですが……」
「申し訳ありません。今は非常事態ですので、許してください」
目上の研究員の言葉に謝りつつも、淡々とした態度を崩さない。
本来この研究所は、何のアポも取らずに入れるような場所ではない。
いくら時間感覚の狂った研究者といっても、庵はまだ中学生。そもそも残っていること自体問題だが……急な、しかも深夜の訪問に、機嫌がよくないのは当たり前だった。
「シリウスちゃんは何をしに来たの?」
研究員も、聞きたかったのはそこよ! と、庵に感謝の視線を送った。
「どこに行きたいのか知らないけど、許可がないと、権限がない場所は開かないよ?」
「今回は問題ありません。そうよね」
「前にも見た倉庫に入りたいんだ。片付けられたりしていなければ、大丈夫」
探し物も一度見たことがあるし、目的も決まっている。前回のように、魔物素材の保管庫に入ることはできないが、あそこまで入る必要はない。
しかし研究員二人は、何をするつもりなのか、全くピンときていないみたいだった。
廊下の最奥のドアを開いた。
人の姿を感知したセンサーによって、体育館ほどの広さの倉庫に電気が点る。
ここには魔法の品があるが、使い道が分からないものばかりだ。一体何をするつもりなのだろう。庵も研究員も、訝しげだ。
「純連ちゃん。あれは何をしているの?」
「この中に、必要なものがあるそうですよ」
真っ先に先頭を進んでいったのが大和だ。
場所を思い出しながら、見落とさないようにあたりを探していく。見つけるまでに、時間は掛からなかった。
大和が目をつけたのは、自ら光を放つ本台だ。周囲にはロープが張り巡らされているが、それを無視して乗り越えていく。
二人は、ぎょっとした。
「ちょちょ、ちょっと!? 庵ちゃん、システム切って!」
「わ、分かった!」
女性研究員が、手を伸ばして叫んだ。
庵が慌てて手元の機械を操作して警備システムを切るそばで、大和を止めようとしたが、シリウスに腕で制された。
「シリウスさん、何を……!」
「責任は、わたしがとります」
研究員はシリウスを無視してでも、あの行動を止めるべきか悩んだ。管理が緩いとはいえ、許可がなければ触れてはいけない代物なのだ。
一方で庵は、興味深げに何が起きるのか注目するばかりだ。
大和は自分の"知識"を信じて、ゆっくりと本台に手を伸ばした。
(頼む、うまくいってくれ)
失敗するか、それとも成功するのか。
未来を想像して、ドキドキしながら手をかざした。
「あ……」
思わず、声をこぼした。
大和の様子が変わったことに気がついた、全員の注目が集まる。
唐突に、理解した。
触れた瞬間に、まるで最初から知っていたみたいに、完璧な使い方を理解した。
それは、魔法少女が新たに魔法を覚えた時と同じ感覚だった。
他の人間が生涯感じ得ない。
大和だからこそ、それを理解することができた。
口元を歪めて――大きく叫んだ。
「十連、いけっ!」
それはきっと、純連たちには理解できない言葉だろう。
すると魔法の本台がぱあっと、真っ白な閃光を放つ。
「おおおおッ……!?」
「なっ、これは……!」
純連も、庵と研究員も、信じられないものを見る目を向けた。
シリウスでさえ組んでいた腕を解いた。
ここに置かれている道具は、誰にも使い方がわからなかったものばかり。ガラクタ同然だと思われていたものだ。
しかし大和は引き出した。
ゲームのユーザーでなければ、決して理解できないだろう。
活性化させた魔法によって、周囲に続々と何かが積み上がっていく。
「なな、なななななななななっ……!!」
冷静さを失い、指差して震えたのは、誰だったか。
何もない虚空から、がらがらと落ちてくるのは、一目見て価値があるとわかるような道具だ。金色と銀色。二種類の光に包まれた魔法少女の装備品だ。
剣や盾だけではない。槌や石弓、魔法の杖、さらにはフラスコなどの武器。靴や服、マントやリボンなどの装飾品まで。
さまざまだが、どれも強力な魔法の品であることは、魔力の質から明らかだ。
だが大和は、それを見ても、全く満足していなかった。
「だめだ、SSRがない。もう一回……!」
「ちょ、ちょ! 待ってください!」
純連のストップが入ったが、聞いていなかった。
同じように手をかざすと、さらにもう一度同じ現象が起きて、先に地面に落ちていた武器と衝突を起こし、音を立てた。
最強装備が出るまでやめられない。
もう一回、あと一回。
この世界において、恐ろしいほどに質の高い品をぞんざいに扱って、大和は何度も"ガチャ"を回し続ける。
この信じがたい光景を、四人は茫然と見ていることしかできなかった。
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