かわいい女の子との帰り道は嫌ですか?

打ち合わせの後は愛合傘

 それから、打ち合わせは始まった。

 と言っても、始まってすぐ紅音あかねは「イラストレーターの方を変えてください!」とか、「この人だけは嫌です!」と黒沢くろさわさんに言っていたのだが、それは叶わぬ夢となってしまった。

 というより、彼女は俺を指名していたらしい。つまり、黒沢さんは彼女の希望通りの仕事をしただけなわけだ。

 だから、黒沢さんの「私は君の言った通りにしただけだ。なんの文句もあるまい」の一言にぐうの音も出なくなった。

 結果、今は何事もなかったかのように仕事の話が進んでいる。このキャラのイメージはこんな感じ、だったり、このキャラはここを意識して欲しい、だったり。

 ただ、普段の紅音を知っている俺としては、とても面白いことになっている。


「──このキャラは大体こんな感じ、になります。よろしく、おねがいします」


 とまあ、さっきからずっとこんな感じで、明らかに変な場所で言葉が途切れたり、どもったりしている。たぶんだが、編集者の前でも自分を偽っているのだろう。

 その結果、俺に対しても敬語を使わなくてはいけないというわけだ。

 ただ、本当にわざとやってるんじゃないかと思うぐらいそんなことをしてくるせいで、俺としても必死に笑いを堪えざるを得ない。

 さすがに、真面目な仕事の話をしてる最中に笑うなんて空気の読めない行動はできない。

 というか、黒沢さんが居る意味があるのか? と思うほど、この場ではなにもしてない。

 というか、さっきからずっとスマホとにらめっこしながら、う~んと唸っている。

 仕事のことなのか、それとも他のことなのかわからんけど。


「あの、ちゃんと私の話を聞いて、ますか?」


 と、そんなことを考えながら聞いていたせいで、ぼけっとしながら聞いていたことがバレた。

 いや、まだ決定的なことを言われたわけじゃないけど、紅音あかねの目がそう言っている。どうせ聞いてないでしょ? と。


「えっと、すいません。今のキャラの部分をもう一回説明していただきたい、です」


 真面目な仕事の話、余計なことを考えてた俺が悪いし、そもそも真面目な仕事の話だとわかってるんだから、ちゃんと聞いてなければいけなかった。

 そんな風に、俺はしっかりと反省し、それからの話は真面目に聞いた。

 ただ、時々黒沢さんがスマホとにらめっこしながら一喜一憂していたのは気になったりしたが。

 ただまあ、そういうところはご愛嬌ということで。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「えっと、大体のイメージはとりあえずこんな感じ、になります。その、よくわからないところなんかはありましたか?」


 紅音あかねはそう言い終えると、どこかドヤ顔っぽい表情を浮かべてた。

 きっと、どう? 私ってすごいでしょ? とでも思ってるのではないだろうか。実際、凄いんだけど。

 とまあ、大体の話も終わり、キャラのイメージなんかはしっかりと掴めたと思う。

 あとは、実際に作品の残りを全部読んでみてといったところだ。

 というか、どうしても黒沢さんにこれだけは直して欲しいのだが、打ち合わせの一時間前にイラストを担当する作品のデータを送ってくるのだけはやめていただきたい。頑張って読んでも、半分しか読めてないんだよ。あの時間で全部読むのとか俺には無理なんだよ。

 そんな、切実な思いが黒沢さんに届けられることはない。なぜなら、既に散々言ったはずなのに、未だにそれをやってくるから。

 そんなわけで、諦めてはいるのだが、ただ少しばかりの抵抗として、心で思っている。

 と、話もまとまり、打ち合わせも終わろうとしていたそのとき、黒沢さんが面白いことを言う。


「どうだ、紅音あかね先生。あれだけ会いたがっていたイラストレーターさんと会えた気持ちは。あれだけyou先生のことをべた褒めしていただろう? 実際に会ってみて、なんかしら思うところがあるだろう?」


 まさか、紅音あかねもそんなことを暴露されると思ってもなかったようで、かぁ~~っと勢いよく、耳まで真赤に染め上げる。まあ、そりゃそうだよな。

 てか、黒沢さんもたまには、本当にたまにはいい仕事するんだよな。

 そんなわけで、今後はこのネタでイジっていこう、なんてどうでもいいことを俺は心のなかで決意した。表面上では愛想笑いを浮かべながら。

 けどまあ、正直なことを言うのであれば、褒められるってこと自体は悪い気はしない。

 というか、自分でエゴサなんかをしていても、誰かに罵倒ばとうされたり、けなされたりしているのを見るよりも、単純に褒められてる方が嬉しい。


「……先生」


 そして、それが目の前にいる人で、それでいて自分の知っている人なんだとしたら、その嬉しさもまた格別なものとなる。

 もちろん、一番はやっぱり家族に褒めてもらえるのがいいんだけど。


「……ou先生」


 だから、目の前にいる紅音あかね、いや赤里あかりが、俺のことを褒めてくれたのだと思うとそれは嬉しい。そうは言っても、少し照れくさい。こう、目の前にいる人にそう思われてると思うと、まあ、むず痒い。


「おい、そこのイラストレーターっ!」


「はい……!」


 自分の世界に入り込んでいたことにより、黒沢さんに呼ばれていたことに俺は全然気づかなかった。

 てか、さっき自分で反省したのに、またやってしまった。今はもうほぼ終わったあととは言え、一応は仕事の話の最中。

 自分のことを優先するのではなく、もっと周りを気にかけるべきだ。

 俺は黒沢さんに怒鳴られるように言われたことでまたもや反省する。そして、それを見てクスクス笑う紅音あかね……。

 ああ、やってしまった……、なんて思う。


「仕事の話も終わったことだし、ここに来てもらった本来の目的、親睦を深めるに移るとしよう」


 そうして、ちょっとした雑談の時間となった。

 正直、俺としては今すぐにでも帰りたい、という気持ちが強かったのだが、黒沢さんがどうしても、どうしてもというので、付き合ってやることにした。てか、黒沢さんは仕事がサボりたいだけだろ。

 そして、紅音あかねはといえば、一瞬、ほんの一瞬だけ、少し嫌そうな顔をした気もするが、すぐに貼り付けたような営業スマイルとともにニコニコとしながら、「もちろんいいですよ」と言っていた。

 本当、こいつのそういうところだけは、尊敬の念を禁じえない。

 いや、紅音あかねのことは普通に尊敬できる存在ではあるんだけどな。

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