トイレの中で妹の友達と二人きり 6

「とりあえず、そこから出てきてくれる、お兄ちゃん? それと、ようちゃん大丈夫? なにもされてない?」


 俺は何もしてないし、こいつにも何もされてない。そして、なにもしてないっ!

 いや、パンツを見せられた。

 そして、その下を見せられかけた。


「あやちゃん……! 助けてください! お兄さんに襲われそうです!」


 やりやがった、この女。

 いや、言いやがった。

 友達のピンチに、妹はトイレのドアを開けようとして、ガチャガチャする。

 幸い、鍵が閉まってて、開く気配はない。

 て、そんなことを考えてる場合ではない。


「お兄ちゃん、今すぐこのドアの鍵を開けて。そうしないと、警察に通報する」


「お兄さん、やめてください! そんなに、そこをせめられたら……っ!」


「俺は何もしてないっ!」


 とりあえず、鍵を開けようと手を伸ばす。

 しかし、その手を止めるように、旭川あさひかわさんの手が伸びてきた。


「ちょっ……なんでっ……!?」


「お兄ちゃん、私は本気だからね? 本気で警察に通報するからね?」


 このままではまずい。そう思って、旭川あさひかわさんのてを思いっきり振り解き、なんとかして、トイレのドアの鍵を開けることに成功する。

 けど、今度は旭川あさひかわさんが俺に抱きついてくる。


「ちょっ……! 旭川あさひかわさん抱きつくのを──」


 やめてと言おうとして、ドアが開いた。


「ようちゃん、もう大丈夫だからね!」


 ✻


「それで、お兄ちゃん。何であんなことになってたのか、もちろん説明してもらえるんだよね? 内容によっては警察に通報するつもりだから」


 俺と旭川さんは、妹を前に正座していた。


 あのあと、トイレから出た俺と旭川さんは妹に手を繋がれながら、リビングに連れて行かれた。

 そして、俺がなにかを話し出す前に、妹はこう言った。


「大体はようちゃんが悪いのはわかってるから」


 そんなわけで、妹に誤解一つされてなかったのは不幸中の幸いだ。

 なんで、わかってるのかはよくわからないが、たぶん、それだけ気の置けない友人なんだと思う。

 それでも、正直俺としてはこの状況はめちゃくちゃ辛い。辛いというのに、旭川あさひかわさんはなぜか楽しそうにしている。


「なんか楽しそうにしてるけど、ようちゃんにもちゃんと説明してもらうからね」


 はぁー、そう一つため息をつくと、妹に一から説明することにした。


 ✻


「──そういうわけなんだ。これで、納得してくれるか?」


「まあ、わかった。それで、ようちゃん。内容は今お兄ちゃんが説明してくれた内容で間違いない?」


「ええ、大方間違いはないですよ。ただ……」


 ただ、なんなんだろうか? 言うか迷っているような感じはない。

 と、そこで、旭川あさひかわさんは俺の方を一瞥いちべつする。

 俺はそこで、とても嫌な予感がした。

 このあと、なにか俺にとって問題になりそうなことを旭川あさひかわさんは言おうとしてる気がする。

 それも、結構な爆弾を投下していきそう気がする。

 これは、危ないやつだ。


「ただ、なに?」


「あさひか──」


「あやちゃんのお兄さんは、満更でもなさそうでしたよ? 実際、今も時々、私の胸の方に視線を送ってるようですし……」


 ああ、予想通り……いや、旭川あいつ、俺の予想の斜め上のことを言いやがった。

 てか、なぜ胸をチラチラ見ていたのがバレてたんだ。全くわからない。


「へぇー。お兄ちゃん、この状況でよくそんなことをする勇気があったね。それじゃ、私は警察に通報しなくちゃいけな──」


「すいませんでしたっ!」


 迷わず土下座した。

 そんな俺のことをクスクス笑いながら旭川あさひかわさんは見てる。

 なんてやつだ。いや、俺が悪いのだけども。俺が悪いんだけどもっ!


「それじゃ、お兄ちゃんは認めるってことなんだね? さっきようちゃんが言ったことを」


「えっ……? あっ……」


 そう言われて、始めて気づいた。

 さっきだって、俺の話を聞いてすぐに妹は決めつけなかった。

 ちゃんと、内容が本当かどうかを旭川あさひかわさんにも確かめてから、それが事実であるとしていた。

 今、俺が謝ったということは、さっき旭川あさひかわさんが言ってたことが本当であるからだ。

 てか、それならなぜ、あんなことを言うんだよ。

 いや、そもそもそのことに心当たりが一つも無ければ、あの状況でもノータイムで否定できた。

 なのに、俺はノータイムで謝った。


「ねえ、お兄ちゃん。黙ってたらわからないよ? ちゃんと、話してくれなきゃ。で、ようちゃんが言ってたことを認めるってことでいいんだよね?」


「それは……」


「それは?」


「み、認め、ます」


 こんなの、もはや言い逃れなんてできるような状況じゃない。

 どうしたって、こんなの認める意外ない。

 それなら、見苦しい言い訳をするぐらいなら、認めてしまった方がいい。


「はあ。まあ、今回は特に変なことはおきなかったようだし、通報はしないけど、次は許さないから。二人とも、わかった?」


 俺の潔さがよかったのか、なんか許された。

 そこで、俺は時計の針を盗み見る。

 すると、俺が帰ってきてから大体、一時間は経とうとしていた。


「それじゃ、ようちゃんこれ、忘れもの」


「あっ、はい。ありがとうございます」


 旭川あさひかわさんは忘れものそれを受け取ると、帰る準備を始めた。


「それじゃ、私は夜ごはんの準備をするから、お兄ちゃんはようちゃんを送ってきて」


「えっ、俺が? まだそんな時間でもないだろ」


「お兄ちゃん、今なんか言った?」


 有無を言わせる気がないことがひしひしと伝わってくる満面の笑みに、俺は恐怖を覚えた。

 とりあえず、ここは妹に従っておくことにしよう。

 正直、旭川あさひかわさんは苦手なんだがな〜。


「そんなわけだから、旭川あさひかわさん。家まで送ってくよ」


「ありがとうございます~」


 ✻


 旭川あさひかわさんについて行くように、住宅街を歩いていた。


「なあ、スカート短くしてて冬とかって寒くないのか?」


 とりあえず、話す話題もないので、なんとなく疑問に思ってたことを聞いてみることにする。


「もちろん、寒いですよ」


「それなら、なんで?」


「それは、簡単な話です。女の子にとってお洒落というのは命のようなものですから」


 なるほど、それは確かにそうなのかもしれない。

 実際、妹の彩華あやかもよくお洒落をしてる。

 私服はどうなのか知らないが、妹は俺が昔あげた髪留めを未だに使って学校に行っている。


「お兄さんは、あやちゃんのことをどう思ってるんですか?」


 唐突なその質問に、俺は少したじろぐ。

 今まで、そんなことは考えたことはなかった。

 でも、答えはこれ一つだろう。


「そりゃ、妹だけど」


「そうではありません。あやちゃんのことが好きですか?」


「えっ、好きっ!? まあ、妹なのにすごく頼りになるし、嫌いじゃないと思うけど……」


 自分にとってもよくわからないことだけに、煮え切らない言葉しか出てこなかった。

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