第六話 束の間の平和
いつも通りしょげ返って退出するランベルトに気づかない二人は、食後のお茶の会話で盛り上がっている。
リーザはレオンと椅子をぴったりくっつけてご機嫌だ。
「レオン様、そろそろ講義の時間でございます。ただ少々......」
「何か問題でもあるの?」
「各地に情報収集に出していた者たちが帰還し始めた事で、大陸の情勢がある程度判明いたしました。本日は急遽そちらの話をしたいとマチアス卿がおっしゃられてまして」
「マルセルが講義をするの?」
「はい、まぁ講義というよりは報告会のようなものですけれども。それに少々リーザ様にはお辛い話もあるかと存じますので、本日はどういたしましょうか」
「お義姉ちゃんどうする?」
「いえ、大丈夫ですよ。是非参加させてくださいませ」
「辛かったら言ってね」
「レオン、ありがとう存じます。でも大丈夫ですよ」
「ん、わかった。じゃあ行こうお義姉ちゃん」
「ええ、行きましょうレオン」
手をつないで自室に向かうレオンの手を握るリーザはやはり少し緊張しているようだ。
「お義姉ちゃん、今日はずっと手を握っていようね」
「もうレオンったら。わたくしなら大丈夫ですよ」
部屋の前には初老の男が側近を引き連れ跪いていた。
いつの間にかマルセルの側にいたクララがリーザに紹介する。
講義のお役目自体は公式のものだが、礼節なんかは適当で良いというランベルトの方針に沿って割と緩く行われてきた。
だが流石に講師役として従三品以上の
王族の講師として生活区に入る必要がある以上、
ましてやマルセルは従一品で丞相という官僚制度の中で最高位に位置する重臣である。
勿論爵位としては伯爵位ではあるので、貴族社会の中で言えばカールと同格ではあるが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
貴族の位階と役職としての官位は複雑だ。
身分の上下の基本は貴族としての爵位が優先される。
つまり同じ伯爵位のマルセルとカールは同格だ。
無論領地の大きさや歴史や格式などで同じ伯爵位でも上下は存在するのだが。
社交の場では爵位を基にして対応が取られる。
皇帝、王の敬称は陛下、王族は殿下、基本的に王族の連枝にあたる公爵の敬称は閣下と定められている。
侯爵以下の貴族には敬称として
国内の政治制度である
王の意向と朝議によって提案されたものを基に法案を作成する
行政機関としての
王直属の組織としては、宮中の職務や使役に従事し王族の生活を管理する、女官のみで構成される
内侍省の直下に王族の食膳の調理、毒味を司る
過去には王族の衣食住を管理する
あとは、国史や歴史書等を管理、作成し、過去の書籍を研究する
王及び王族を守護する親衛府は王直属の親衛部隊とされ、戦時には王の守護及び伝令等を担当し、平時には親衛隊から選抜された護衛隊士が常に王族に侍り、護衛を担当する。
また親衛隊は卓越した技量を持つ貴族の子弟のみで構成され、精鋭部隊としての側面もある。
王都内と都市の外郭に設置された東西南北の門を巡察・警備する
王城の宮門を守護する
そしてそれぞれの役職に応じた官僚の階級(品階)が一から三品までを正・従の二階に、四から九品までを正・従・上・下の四階に分けた三十階が存在する。
正一品から従三品までが
また、王都内での二頭立ての馬車の使用や、都市の外郭の東西南北に設けられた門を通過する際に行われる客車内の荷物の検査を免除されたりと様々な権利を有する特権階級である。
正四品上から従五品下までは
現在は空席ではあるが、長官たる
公卿である
非常設の丞相は正一品もしくは従一品があてられ各部門の長官職を統括する。
常設の三省の長官には正二品もしくは従二品、六部の長官には正三品もしくは従三品があてられ、長官を補佐する副官、担当官には正四品上から従五品下が与えられる。
つまり朝議とは基本的には王と丞相と各部署の長の会議であり、副官や担当官は王や丞相、長官の下問に答える補佐的な立場なのである。
貴族でない者でも官僚として功を上げれば高級官僚への道も開けるが、極官として正四品までしか出世はできない。
ただしライフアイゼン王国では、慣例として平民が従五品下に相当する役職に就く場合は一代限りの士爵を叙爵され、そこから更に出世をすれば准男爵、そして世襲が許される男爵に
故にライフアイゼン王国では優秀な文官が集まる要因となっている。
また文官には二年に一度、科挙と呼ばれる選抜試験が行われる。
科挙合格者は、成績によって従六品から従八品までの品階を与えられるが、首席合格者を
ただし
同じように武官にも科挙の開催されない年に武科挙と呼ばれる武術試験が行われ、
ただし貴族のみで構成される親衛府のみは特別で、例年の
しかし王族の守護という役目の関係上、思想調査が行われ、更に三代前までの戸籍が改められるなどの身元調査が行われるため、極めて狭き門となっている。
また貴族としての爵位であるが、ライフアイゼン王国では、下位から士爵、准男爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵が制定されている。
士爵、准男爵は領地も与えられず、名誉貴族という扱いな上、一代限りで世襲は許されない。
爵位に対しての手当ても無く、収入は役職に応じて与えられる役料のみの為、貴族としての義務である納税、賦役は免除されている。
男爵以上は世襲が許された、いわゆる世襲貴族である。
爵位に応じて領地が与えられ、その領地の規模によって納税額や賦役に供出する人数が定められている。
また、領地を持つ豪族や土地持ちの有力者が王国に帰順した場合は、その規模に応じて叙爵される。
貴族にも特権は存在し、爵位を得ていれば王都内での騎乗が許され、また男爵以上であれば馬車の使用も許される。
ただし爵位に応じての格式があり、客車の大きさや装飾、色などが細かく定められ、王の連枝である公爵以外は一頭立ての馬車しか許されない。
領地の規模は、大まかではあるが、男爵で百戸前後の村規模、子爵で五百戸前後の大きな村から小さな街、伯爵で千戸前後の街、侯爵で五千戸前後の都市、公爵は王の連枝のみが叙爵され、万戸を超える一地方を領有し公国の呼称が許される。
また、爵位は複数所持することができ、上位の爵位を与えられても下位の爵位が消滅することはない。
例えば、クララの父、バルナバス・グナイゼナウは伯爵位であるが、子爵と男爵の爵位も持つため、長女クララが子爵、長男テオバルトが男爵を継承している。
だが領地が無い為に儀礼称号とされ、貴族の義務は発生しない。
士爵や准男爵と事実上同じ名誉貴族ではあるが、伯爵位を持つ親に爵位を借りているという立場である為、それなりの格式を持つ。
また、領地を戦争や災害で失った貴族に関しては補償などが無い為に、没落していく例が殆どである。
領地が減る、または無くなると、納税額や賦役規模が調整されるが、貴族の格式を維持するため困窮し没落していくのだ。
また、災害などで支配地域の人口が減少した場合は、下位貴族と同規模の領地になる例も存在する。
例を挙げると、カール・リヒターは、ルードルフ・リヒター伯を父に持つ領主家であったが、先の大戦で全ての領地を失った没落貴族だ。
伯爵位を継いだとは言え、領地が無い為に、儀礼称号を持つ貴族とほぼ同じ扱いである。
リーザも父の爵位を受け継ぎ、未成年の為に儀礼称号扱いではあるが、ローゼ公の称号を持つ公爵である。
レオンも嫡子として形式上ルーヴェンブルク公の称号を持つ公爵だ。
ただしレオンもリーザも王族としての立場の方が上なので、敬称は閣下ではなく殿下である。
また爵位を継ぐためには王の特許状が必要であり、基本的には直系男子しか認められない。
直系男子が子を成さずに早世したり、直系の嫡子が死亡し、血縁が居ない場合は、第二婦人の子や養子、女性等が継承を認められる場合があるが、一代のみであったり、領地が削られたりとある程度の制限があり、その為有力商人の子弟など血縁の無い養子を取って爵位を継承する売官行為は不可能である。
ライフアイゼン王国は、南山関より北に領地を持つ公爵、侯爵、伯爵が全ていなくなったため、南山関より南に領地を持つ領地持ちの伯爵が十指に足りないという状況だ。
その為、一気に中央集権化を図り、諸侯兵に頼らない軍の常備化を進めている最中だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「姫殿下、こちら丞相を務めておられます、マルセル・マチアス伯爵でございます」
「姫殿下、お初にお目にかかります。マルセル・マチアスでございます。以後、お見知り置きを」
「マチアス卿、お初にお目にかかります。リーザ・ローゼ・ライフアイゼンと申します。以後、よろしくお願いいたします」
「本来ならばご避難された時にご挨拶させて頂きたかったのですが、大変遅くなりまして失礼を致しました」
「いいえ、こちらこそ大変な時期にご迷惑をおかけして恐縮しております。また、暖かく迎えてくだって感謝の念に堪えません」
「はっ」
「ではマルセル、いやマルセル先生、部屋に入りましょう」
「殿下、いつものようにマルセルとお呼びください。姫殿下も是非マルセルとお呼びください」
「じゃあ非公式でやろう、マルセルもいつものようにレオンで良いし、お義姉ちゃんの事はリーザでいいから」
「そうですね、わたくしもその方が気軽に講義を受けられますし」
「かしこまりました。ではレオン様、リーザ様、早速始めましょう」
◇
「先の大戦で勝利した第二皇子派ですが予断を許さない状態です。盟主であったファルコ王国は軍の中枢たる将兵を多数失い軍事行動が事実上取れない状態の中、逆に主力を温存したエグル王国は勢力を急速に伸ばしています。ヴァーグ、ガビーノも必死で勢力範囲を広げようとしてますが、エグル王国含めて三国間での小競り合いが発生しています。帝国はそれを統制する力も無く、未だ第二皇子は帝位にすらついていない状況です」
レオンはリーザを見ると、そっと手をつなぐ。
それに勇気づけられたのか、重そうに口を開いた。
「マルセル、ローゼ領についてはどうなっていますか?」
「現在ヴァーグ、エグル両国で争いが続いていますが、ローゼ領はヴァーグ王国が、フランチェン領など周辺諸侯の領地はエグル王国が抑えているようです」
「シェレンブルクの状況はわかりますか?」
「ヴァーグ王国によって占領された後は厳しい統制が引かれています。陥落直後の混乱時に逃れたわずかな領民の話によれば領主一族の生存の確率は低いと思われます」
レオンがリーザの手を強く握るとリーザも強く握り返した。
「ただ、これは未確認情報なのですが......」
「なんでしょう、是非教えてくださいませ」
「領主一族が自裁された場合に備えて、あらかじめどこかにそのご遺体を隠ぺいする指示を受けていた者がいたという話があります」
「お墓があるってこと?」
「はい、リーザ様はそのようなお話を聞かれたことはございますか?」
「......いえ、特には」
「リーザ様には酷なお話になりますが、有力諸侯の亡骸にも利用価値は存在します。政治利用されないよう、領主一族が自裁したあと、残された家臣が家屋敷を焼却するのが通常の方法なのですが、炎上した領主の屋敷跡を調査をしても領主一族の装飾品どころか痕跡が一切見当たらなかったという情報も入ってます。これも未確認情報なのではっきりとは言えないのですがどこかに埋葬されているのではというのが私個人の考えなのです」
「お母様......」
「現在シェレンブルクは都市封鎖が行われています。国境付近もエグル王国との争いで人の出入りが厳しく制限され、情報がほとんど入ってきておりません。それでも可能な限り情報収集を行っておりますので、何かあればリーザ様にもご報告させていただきます」
「ありがとう存じます、マルセル」
「いえ、ご心中お察し申し上げます」
「マルセルちょっとごめん」
レオンはうつむいたままのリーザを正面から抱き上げるとリーザを横座り状態にして自分の膝の上に乗せた。
えっえっと声を出してわたわたと動くリーザだがレオンは気にしない。
大丈夫大丈夫と言いながら頭と背中を優しく撫でてあげてると、耳を真っ赤にしながら、リーザはレオンの背中に手を回しぎゅっと抱きしめると、胸に頭を埋め一切の抵抗をやめた。
マルセルは優しい顔で二人を見守っている。
「マルセルおまたせ」
「いえ、こちらこそ気が回らず申し訳ありません」
「シュトラス領は?」
「こちらもエグル王国とガビーノ王国が争っています」
「ファルコ王国の影響力が減退した上に元々担ぎ上げられた第二皇子に何の力も無く、各国が勝手に領地を広げまくってるって事か」
「御意、よってとりあえずの所は我が国に対して軍事行動を起こす勢力は存在していません。領地が接しているヴァーグ王国も、こちらに兵を向けた途端エグル王国に背後を突かれますのでな」
「マルセルは今後どうなると予測してる?」
「現在手元にある情報だけですと難しいですが、私はしばらくこの状況が続くと思います。少なくともファルコ王国が立ち直る数年、もしくは現在争っている三国の争いが収まるまでは続くでしょう。今一番恐れるのは、争っている三国が停戦し、手を結ぶ事です。一気に大陸の半分近くを持つ大勢力となります。そうなるとファルコ王国でも対抗は難しいでしょう。勿論我が国でもです」
「気になったんだけど」
「なんでしょう?」
「第二皇子の外戚のファルコ王国はともかく、他の国の帝国への忠誠っていうのはどうなのかな。例えばエグルが帝都セントラルガーランドを手に入れたら情勢は一気にエグル王国一強に傾くんじゃないかな」
「......なるほど、慧眼ですな。帝位簒奪をやろうと思えば可能性としてはそれほど悪くない状況ではあります」
「どの国も遠からず帝国とは血縁関係があるけど、エグルは割と新興国家でそのあたりの縁が薄かったんじゃなかったっけ」
「ですな。ただし現状セントラルガーランドに兵を向けた途端、本拠であるエグル王国首都トンバーが狙われる可能性が高い。セントラルガーランドを手に入れても本拠を失えば意味は無いですし。ヴァーグもガビーノも、そのあたりを考慮に入れれば、エグルと下手に停戦協定を結んで帝位簒奪などされたら立場が無いでしょう。やはりエグル王国がヴァーグとガビーノ相手に二正面作戦を強いられている現状維持の方が可能性は高いかと思います」
「なるほどね」
「ただし帝位簒奪の可能性を考慮に入れて、今後の戦略会議を進めたいと思います」
「うちの国はどうなの? 今エグルにかかりっきりのヴァーグの後背を衝くとか」
「各将の働きにより、軍の中枢である将官、将校等はそれほど被害を受けませんでした。それでも兵力は半減しましたし、再編途中ではあるのですが、現状での侵攻は厳しいでしょう」
「兵が足りないって事?」
「それもありますが、現状ヴァーグ王国が抑えてるローゼ領を奪還すること自体は可能だと思います。ただしローゼ領は我が国の北、帝都の南、ヴァーグ王国の東、旧シュトラス王国の西に位置する交通の要衝、攻め易く守り難い地です。我が国が旧ローゼ領に兵を向けた途端、エグルと停戦しこちらへ全力を向ける可能性が高い。その場合でも奪還は可能と推察しますが、エグル、ヴァーグ、ガビーノと国境を接することになり戦況は泥沼化するでしょう。我が国は東西は山脈に守られ、南は小数部族連合国家と友好関係を結び、攻難守易の地となっています。気候は温暖で安定し、土地は豊饒、鉱山の産出量も豊富、ローゼ領ほか他領の避難民の入植も進み、時が経てば経つほどこちらは有利になります。ただしファルコ王国に立ち直る時を与える事にもなりますので、どこまで国力増強に力を尽くすかは各国の状況次第ではありますが」
「兵書に言う、<先ず勝つべからざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ>だね」
「レオン様は良く学んでおられますな。その通り、先ずは足元を固めてから敵の疲弊を待つ。ひとまずはこの方針で考えています。さて、そろそろお開きにいたしましょう。リーザ様もその体勢では大変でしょうし」
「うんありがとうマルセル」
顔を真っ赤にしたままリーザはレオンの膝から飛び降りると
「マルセル、本日は不調法でご迷惑をおかけいたしました」
「お気になさらず、今日はリーザ様にとってお辛い話だったと思います。次の機会にはリーザ様に喜んで頂ける様な楽しいお話をさせていただきます」
「ふふふっ、ありがとう存じます。楽しみにしておりますね」
「はっ、ではレオン様、リーザ様、本日はこれにて失礼させていただきます」
マルセルが退出した途端リーザがレオンに抱き着く。
レオンは優しく背中を撫でる。
「よく頑張ったねお義姉ちゃん」
リーザはレオンの胸に顔を埋めたままこくこくと頷く。
「誰かお茶の用意を」
と言ったところでフリーデリーケがお茶と少しのお菓子を台車で運んで来る。
「ありがとうフリーデリーケ。さぁお義姉ちゃんお茶にしよう」
レオンに促されると、リーザはレオンの手を握り席に座る。
「レープクーヘンですね、フリーデリーケが作ってくれたのですか?」
「はい姫様。もう夜ですので軽いものにしました。甘味も抑えていますのでよろしければ是非お召し上がりください」
「ありがとう存じます。レオン頂きましょう」
「うん、お義姉ちゃん」
「あぁほっとします。フリーデリーケの作るお菓子は大陸一ですわね」
「姫様。ありがとう存じます」
「たしかにほんのりと甘くて優しい味がする。すごく美味しいよフリーデリーケ」
「ありがとう存じます。わたくしの作るお菓子は地味なものが多くてお恥ずかしいのですが」
「そんなことないよ、見た目も素朴で落ち着くし、何よりこういったものは気取って食べたって美味しくないじゃないか」
「ふふふっ、レオンったらもうすっかりフリーデリーケのお菓子に夢中なのですね」
「お義姉ちゃんの好きなものは全部好きだよ」
「あら、でしたら次は人参をちゃんと食べなければいけませんね」
「うん、頑張って食べるよ。ところでお義姉ちゃん、ひとつお願いがあるんだけど」
「なんでしょうか、レオンのお願い事ならわたくしに出来ることなら何でもよろしいですよ」
「今日はお義姉ちゃんと眠くなるまでお話したいなって」
「っ!」
「駄目かな?」
「し、仕方がないですね、可愛い義弟がどうしてもというならお義姉ちゃんとしては断れませんから」
「ではレオン、わたくし部屋に戻って着替えますので一緒に来てくださいませ」
「えっちょっと待って」
「待ちません。さぁ行きますよ!」
レオンの手握るリーザはいつものようにずんずんと部屋に向かうのだった。
◇
「で、どうだった?」
ランベルトは執務室で講義を終えたばかりのマルセルの報告を聞いていた。
この場に居るのはランベルトの専属侍女のアレクサンドラのみだ。
「殿下は良く学んでおられます。帝国簒奪の可能性を指摘されました。それもエグルの血縁の薄さを根拠にです」
「ほう、という事はこの混乱が長く続かない可能性も理解しているわけか」
「御意、一応可能性としては低いと申し上げておきましたが、実際の所かなりの可能性があると思われます。更にヴァーグは、南山関の北に拠点を設営し始めたようです」
「こちらからの侵攻に備えてか、それとも逆か」
「すでに手の者を潜入させていますが、あまり拠点設営には積極的ではないようです。こちらを刺激することを恐れていると判断しますが」
「であればまだしばらくは時が稼げるか、で、例の件はどうなっている?」
「内偵は進めています。が、まだ時が必要です」
「ならば先に軍政改革か」
「しかしいきなり親衛府の解体とは早急すぎませんかな」
「軍としての体裁はなんとか維持できているが、より効率的に動かすには部隊指揮官たる将校の数が必要だ。現状は兵の数も足りんが、今以上に兵を増やすならば将校の絶対的に足りん。親衛隊ならば将官教育を受けているから即戦力になるし、領地を失った貴族の子弟が多い。名誉職より実のある実戦部隊への転属は彼らにとっても渡りに船だろう。平時ならともかくこのご時世だからな。将校は危険も多いが武勲を立てる機会が山ほどある。それに元々定員を大きく割って再編が必要だったのだ、なら一度更地にした方が早い」
「それで代わりに女性武官のみで構成する
「実際持て余してる女性武官の配属先としては申し分無いだろう、無論身辺調査は必要だがな。城内での護衛をする程度の数なら、とりあえずは信頼できる者だけでも問題無く揃うだろう。女性武官の数が集まれば衛門府や兵衛府へも配属し、各府の男性兵は軍へ編入する」
「兵の有効活用という事ですな」
「このご時世、遊ばせておくわけにはいかん、むしろ例の件もある。城内の武官は一度整理したほうが良い」
「では明日の朝議で?」
「調練を考えたら早い方が良いだろう、いつ戦争になるか分からんのだ。それにお前の推薦した二人、丁度良い人材じゃないか。平民で三魁になった者は過去に例が無く、女性では
「現在ヘレーネは士爵として衛門府に配属されておりますが、元平民という事で肩身が狭い思いをしているようです。衛門府も近衛府程では無いですが、王城門を守る栄誉職として貴族の子弟が多いところですからな」
「それにイングリットというのは俺の代わりに矢を受けて負傷したあの女性武官だろ? ローゼ公が俺に遣わした精鋭に選ばれた程だ、リーザとも面識があるようだし、身を挺して王を守った英雄、恰好の人材だ」
「しかし平民二人をいきなり准男爵ですか、越階が過ぎると反発する連中もおりましょうな」
「建前だろうが類稀なる好成績を挙げた場合は准男爵を叙爵する場合もあると規定されている。士爵を叙爵される程の働きをしたあの二人なら問題はなかろう。連中には女性武官を増やすためのお飾りだ、とでも言っておけばいい。それに王族の身辺を警護する近衛府の実質的な弱体化を喜ぶ連中にとっては賛成せざるを得んよ」
「実績、名声は問題ありませんが、平民を副官格として遇した場合、その下に貴族の子弟が転属を希望するでしょうか」
「あくまでも副官候補だ、それに近衛少将は実質部隊長格で、近衛中将、近衛大将は空席のままだ。人数も揃ってない新設部隊ならいくらでも上に行ける機会がある、とでも思ってくれればいいさ。ま、上手く統率できるかは二人の手腕次第だな。二人以上の人材がいればそいつらを近衛中将にでもすれば良い。とりあえずは平民出身の英雄二人を近衛少将にしてレオンとリーザの専属護衛にする」
「御意、たしかに科挙で三魁になれば、平民であろうが従五品下郎中か丞の官位が内定しますし、近衛府ならば正五品下の近衛少将というのは妥当でしょうな」
「では明日、朝議に出す。色々面倒をかけるが頼むぞ」
「かしこまりました。すでに門下省には含め置いておりますので、二日もあれば法案は尚書省に通達されるでしょう。通達され次第、近衛の二人を殿下と姫殿下にお付けいたします。残りの人材についても迅速に手配いたします」
「よし、話は終わりだ。俺はもう部屋に戻る」
「激務が続いてますからな、ご自愛ください」
「いや、リーザからのトントンがあるからな、あまり遅くなってはリーザに申し訳ない」
「? 良くわかりませんが、お休みになることは良い事です。では私はこれで失礼します」
ランベルトが何を言ってるか良くわからないマルセルだったが、敗戦以降激務がずっと続いているので休むのなら別にいいかと放置した。
◇
「姫様、姫様」
「んうぅ、フリーデリーケですか」
フリーデリーケに声を掛けられ目を覚ますリーザ。
「はい、陛下が自室に戻られました」
「いつも教えてくださってありがとう存じます。最近お義父様は早めに自室に戻られているので、少しはお役に立てているのでしょうか?」
「そうですね、姫様にご心配をおかけしないように仕事量を抑えていると尚侍様からお聞きしました」
今朝ランベルトに「姫様はお忙しい陛下の事をいつもご心配されています」と報告した結果、ランベルトが大騒ぎして、もうリーザが心配するから仕事なんか一切やらねえ! とか言い出してアレクサンドラに激怒されていたことは決して言わない。
フリーデリーケは主人に忠実な側近なのだ。
「そうですか! 少しでもお役に立ててうれしいです。では本日も早速参りましょうか」
「かしこまりました」
そういうとリーザは自室を出て、ランベルトの部屋の前まで行き、扉を六回トントンする。
「お義父様、本日もお仕事お疲れ様でした。お休みなさいませ」
と中にいるランベルトにも届くようにいつもの挨拶をする。
<どたんばたん><ひゃっほーうと>などと部屋の中から色々聞こえるが、リーザは
「お義父様、トイレの意味でごめんなさい。一応ちゃんとした挨拶もさせて頂きましたからね」
と、いつものように謝罪の台詞を小さくつぶやくと自室に戻るのだった。
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