第130話 夢の眷属
「考えて……? 何を?」
「リンを手に入れる方法に決まってるでしょー」
倫理観どうなってるんだこの人。エニグマはカニバリストだし、アズマは人を助けるけど行動理念が頭おかしい支配欲求だし、ヒュプノスさんは倫理観が壊れてるし。僕は変な人間に好かれやすい特性でも持ってるんだろうか。
ヒュプノスさんは腕だけでなく足も絡めてくる。抵抗するだけ無駄だと分かっているので抵抗するつもりはないが、より振り払いにくくなってしまった。
そして顔を肩に乗せてくる。何をするのかと思えば耳に息を吹きかけてきた。
「ひゃあっ……!」
くすぐったい。背筋がゾワッとするくすぐったさだ。
しかも1回で終わりではなく、数秒毎に吹きかけてくる。その度に変な声が出てしまって恥ずかしい。
「ちょっと、やあっ……やめてくださいっ」
「あはぁー、面白いねぇ」
「あっ、んっ……何なんですかっ」
「怒られそうだからまた後でにしよぉーっと。リンは可愛いねー」
ようやくヒュプノスさんが息を吹きかけるのを止め、くすぐったさから解放された。
ぐったりしながら乱れた息を整えていると、急に目の前に透明な球体が現れた。いや、正確にはヒュプノスさんが取り出してきた。
「これ上げるー。すぐ取得してねー」
球体を受け取って手に持ってみると水晶玉のような見た目に反してゴムのような感触がある。重量も水晶玉にしては軽い。
この球体は記憶が正しければ前にも1度手にしている。前回も夢幻世界で手に入れたが、称号オーブというのがあったはずだ。スキルオーブに似ているけど少し違う、スーパーボールみたいなアイテム。称号オーブはこの球体と一致する部分は多い。
「早くー」
ヒュプノスさんに急かされたので球体を力を込めて握る。スキルオーブを使用した時と同じようにバラバラに砕け、光になりながら僕の胸の中に入っていった。
《称号:『
「モルペウス……?」
眷属という言葉からしてあまり良い物である印象は受けないが、夢が入っている辺り以前話していた『
「いい子いい子ー」
───
『
夢を管理する
睡眠状態に入った場合、自由に夢幻世界デイドリームへ移動可能。
睡眠属性の蓄積値が1.5倍に、睡眠属性への耐性が2倍へ上昇する。
───
称号の説明を開いてみたが、中々良さそうな効果を持っているんじゃないだろうか。
特に好きに夢幻世界に移動できるというのは良い。
睡眠属性の効果が1.5倍になるのも、弓のアビリティに『スリープアロー』があるから十分使える。
「これでリンと一緒に寝られるねー」
なんでそうなる。
「だって称号上げたでしょー? しかも『
「強制力あるんですか?」
「恩義かなぁー」
つまり称号自体に強制する力はないけど、称号を与えられた側として恩を返すべきだという義理を利用しているということになる。
確かに『
恩義を利用される場合、貰った物が優秀であればあるほど面倒である。
しかし貰うだけ貰ってあとは知りません、なんてのはできない。多分そういう性格だから。
称号である以上、他のアイテムと違って返却もできないし、ある意味詰んでいる。となれば、なるべく拘束時間が少なくするように説得を試みるのが最善策なのだろう。
「……忙しい時は無理ですよ。夜なら基本的には可能だと思いますけど」
「リンならそう言うと思ったよぉー」
考えてきた、とは言っていたが僕の回答まで予想されてたのか。こうなってしまった以上どうにもできないけど、なんか悔しい。
まあそれは諦めるしかないか、と区切りを付けてメニューから時間を確認する。
現在時刻は17時14分。眠ってしまったのが昼過ぎくらいだったから何時間か経過しているが、今回は前と違って時間が流れるのが早いとかはない。分が変わってから60秒で1分が経過したので、時間加速設定は等倍のようだ。
「前来た時って時間加速設定が4分の1とかだったと思うんですけど、イベントのせいで等倍なんですか?」
「『
知ってたらラッキー程度に聞いてみたが、聞いた相手が原因だった。
凄いんだな、『
「なるほど。ところでこれいつまで続くんですか? もしかしてここから何時間も抱えられたままですか、僕」
「気が済むまでー」
嫌な予感というのはよく当たるな。
「ヒュプノスー」
「……」
「ヒュプノスぅー」
「……」
数十分、または数時間か。長い間ヒュプノスさんに抱えられたままである。
時々耳元で囁いてきたり、耳に息を吹きかけてきたり、後頭部に頬ずりしてきたりと謎の行動を繰り返していた。今はさん付けをやめて欲しいらしく自分の名前を連呼している。ただ、呼ぶとどうしてもさんが付いてしまうので僕は黙っているのだ。
「またふぅ〜ってやっちゃおっかなぁー」
「やめてくださいヒュプノスさん」
「ヒュープーノースぅー」
「ヒュプノス……さん」
「敬語もやめよー? 眷属なんだからさぁー」
「称号では眷属ですけども……」
アリスさんにさん付けをしなくてもいい、みたいな似たような事を言われたことがあるけどその時はどうにか誤魔化した。だがヒュプノスさんにはそれができないようで、執念深くさん付けをやめるように要求してくる。
「しかも眷属だからってさん付けと敬語をやめる理由にはならなくないですか?」
「主の命令には絶対服従ー」
「え、こわ……」
「呼んでくれないと怒るよー」
困った。
何をされるか分からないので怒られたくはない。でもさん付けで呼ぶのはもう癖みたいなものだし、呼び捨てにすると違和感が凄い。あと少し気恥しい。
「ほらせーのー」
「ヒュプノス……」
危うくさんを付けそうになる。慣れるのは時間がかかりそうだ。
****
なんやかんやで翌日、夢幻世界じゃないし夜でもないのに離れてくれないヒュプノスを引き摺ってクランハウス内を歩いているとエニグマと会った。
昨日の話、主に『
「で、そんなべったりなのか」
「そう」
「……まあなんでもいいが」
「ところでお願いなんだけど」
「なんだ」
「ヒュプノスを引き剥がしてくれない?」
ヒュプノスに抱きつかれている時に自分で振りほどけないのはヒュプノスのステータスによるものかと思っていたが、現在の僕のステータスも減少しているのも理由の1つだろう。原因は考えるまでもなくヒュプノスだが。
現状では自分で振りほどけないけど、抱きつかれたまま歩くくらいならできるので他人の助けを求めるためにクランハウス内を歩き回っていたのである。
「おらよ」
エニグマは僕を掴んで固定していたヒュプノスの腕を離し、引き剥がしてくれた。
「ありがと」
「どうすんだよこいつ」
「部屋で寝かせてあげよう」
ヒュプノスの部屋に運ぶつもりだったけど何故だか僕の部屋で寝かせ、ホールまで戻ってくる。
椅子に座って落ち着いたところでなんで僕の部屋に運んだのか聞くと、女子の部屋の管理をしてるのがエアリスさんだからエニグマは部屋を知らないらしい。特にヒュプノスとニアさん以降に加入した人のは。
クランマスターの権限で部屋を確認できる機能とかないのか、とも思ったけどエニグマが知らないと言っているのだからきっと無いんだろう。
会う度にやっているが、今回も例に漏れず適当な報告を兼ねた雑談をする。
「昨日はナスと一緒にイベントを進めてたんだが、やっぱやべぇよあの人」
ナス……? 急に何の話をし始めるんだと一瞬困惑した。よくよく考えたら兄さんのプレイヤーネームだった。やっぱり急にナスって言われると混乱するし、名前だけで面白い。
「やばいって何が?」
「プレイヤースキルとかレベルとか。俺の出番全然無かったしな」
「エニグマでも? それは凄いね。兄さんが戦ってる所見たことない……というかゲーム内で数回しか会ってないけど、どういう戦い方してるの?」
たまに様子を見に来たりするけど、会うのは毎回街中やクランハウスだ。戦闘が発生するような場所での兄さんは見たことがない。
「基本的に剣を使ってるな。形態が幾つかあるのかもしれんが、片手剣、片手剣2本、両手剣、両手剣2本は確認した」
「両手剣2本……?」
両手剣って両手で持つから両手剣なんじゃないっけ。
2本って事は1本を足とかで持ってない限りは、片手で1本持ってるという事になる。両手で持つ必要がある理由が多分重量なのだけど、それをカバーできるくらいにはSTRがあるんだろうか。
STRで言えば極度に重い素材─例えば前にエニグマに飛ばされた時に使った合金の槍とか─じゃなければエニグマでも両手剣を片手で持つのもできなくはなさそうだけど。
「憶測ではあるが、あの人STR極振りかもな」
両手剣の意味を再確認していたらエニグマがそう言い出した。
極振り。もしエニグマの言った事が正しいとしたら、これまでに会った極振りをしているプレイヤーは兄さんを含めて3人になる。ブラン、兄さん、ニアさんだ。
3人のうちの2人が近縁者、しかも妹と兄ってどうなんだろうか。流石兄妹と言うべきなのか、兄妹の中で僕だけが間違っているのか。
「確かにやばいねそれは」
あれ、やっぱ僕の周り変人ばっかだな。
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