第90話 空は飛べるけど自由ではない


 エニグマとアズマが帰ってから、部屋を片付けてから昼ご飯を食べ、少し休憩してからFFにログインした。


 心配してた兄さんや真白にあれやこれや言われる事だが、特に何も言われなくて一安心。



『Fictive Faerieへようこそ』


 ログインし、クランハウスのベッドで横向きに倒れている状態で目が覚める。


 何故か横にヒュプノスさんが居るが、それは触れないでおこう。世の中には知らない方がいいこともある。




 メニューを開き、フレンド欄を確認するとアズマはオンラインだが、エニグマはまだオフラインだ。


 2人の家は僕の家から大して距離も変わらないため、エニグマは寄り道をしてるか家に帰ってから何かしてるかだろう。



「よし、おいでうさ丸」


「キュイッ!」


 テーブルの上に居たうさ丸がこちらへ向かって跳躍してくるのを手でキャッチし、掌で持ち上げるようにすると更に飛び上がって頭の上に乗ってくる。


 なんか、前より身軽になったな。重さは変わってないけど動きが変わったというか。

 これも『テイム』スキルで契約を行った影響だろうか。ステータスは変更されてない、ということは僕の手の上でジャンプしても良いという信頼によるものかもしれない。


 うさ丸が変化した点に関しては今すぐ調べる必要はあまり無いと思う。どうせ、今後嫌でも分かる時が来るだろうし少しずつ調べておけば問題は無い。




 して、エニグマと約束した空を飛ぶ実験とやらなのだが、その本人が居ない事には何も出来ない。

 概要を聞かされた訳でもないし、かと言って空を飛べる方法は思い付かない。


 だから暇な時間で、まだ見ぬクランハウスの施設へ行ってみようと考えた。


 具体的には、前に購入していた『迷路』とか、あといつの間にか増えていた施設とか。


 迷路は僕が購入するまで誰も見たことがなかったという話を聞いたので、おそらく称号の『迷い人』が条件になっている。

 天性の方向音痴が条件の迷路なら、迷わない筈はない。出口に辿り着くまで永遠に出られないというのは考えにくく、予想が正しければリタイアのシステムがあるだろう。




「一体どういう意図の施設なんだ…」


 さっそく迷路に転移して、サスティクのダンジョンの10階までのような、絵に描いたような迷宮を宛もなく歩き回っているわけだが、ここで気になったのはこの施設の存在理由。



 施設の購入条件はスキルや称号。錬金術を持っていれば錬金術のラボを買えるようになるし、鍛冶を持っているなら鍛冶工房を購入出来る。

 このように、それぞれの需要に合った施設が買えるようになる。


 では何故『迷い人』の称号を持っている人が迷路という施設を買えるのか?


 僕の場合はリタイアシステムが存在すると踏んで、好奇心によりこの施設へ転移してきた。

 が、普通の人は自分が「救いようのない方向音痴」だと理解していれば、その特性を十二分に発揮してしまう迷路なんて来ないだろう。


 確かに迷路が好きな人は居るかもしれないが、『迷い人』を持っている人がそうとは考えにくい。そしてそれは需要に合わない。


 考えられる可能性は設定ミス、或いは方向音痴の克服。



「方向音痴って克服出来るものなのかな…?」


 それが無理だから『迷い人』の称号を持っているのだが。その程度で直せるなら喜んでやる……いや、特殊マップに50%で侵入する能力は捨て難い。


 …仮に克服出来るとしても、1回や2回で直るような物でもない筈だ。なら少しくらいは平気だろうと、戸惑いで止めた足を再び動かす。




 途中から、「迷路は片方の壁に沿って進み続ければ出れる」みたいなのを前にエニグマから聞いたのを思い出し、左側の壁を伝って進んでいる。


 この方法が正しいのなら、時間はかかるが攻略は確実に出来る。


「…本当に?」


 左側の壁に沿って歩いているけど、ゴールが壁から離れた…例えばこのマップの中心にあるとかだったらずっと外周を歩き続ける事になるのでは…?



 …まあ、メニューにリタイアがあるし平気かな。嫌になったりエニグマがログインしたらリタイアして戻ろう。




 それから数分、ずっと壁に沿って歩いている。

 当然と言えば当然だが、数分程度ではゴールには辿り着かない。しかし問題はゴールに着かない事ではなく、割と暇だという事。



 空間把握能力に長けている人なんかは進んだ道を頭の中でマップにして現在位置が何処かを理解していたりするのかもしれないけど、僕には到底出来ない。

 マッピングに使う分の思考を一切使用しないので、考えることもなく暇だと感じてしまうのだ。

 


《『エニグマ』からフレンドメッセージが届いています》

【エニグマ:今何処だ?】


 あ、来た。

 ここまでの進捗を放棄するのは勿体ない気がするけど、優先順位はエニグマの方が先なのでメニューからリタイアを選択し、クランハウスまで戻る。


【リン:クランハウスのホール】



 メッセージを送ってすぐにエニグマがクランハウスの入口からやってくる。


「帰ってからログインするまで遅かったね」


「風呂入ってた。先に連絡しといた方が良かったな」


「ご飯食べた?」


「ん? …あー、あぁ。食った」


 絶対嘘じゃん。


「絶対嘘じゃん」


「暑すぎて食欲湧かねぇんだよ」


 やっぱり嘘なのか。

 暑いとお腹空いててもあんまり何かを食べる気にはならないけど、そうだとしてもちゃんと食べた方が良いというのに。健康的に。


「それは今は置いとこうな。準備は出来てるから行くぞ」


「うん。そういえばさっき実験とか言ってなかった?」


「言ったな。9割5分死ぬ」


 死ぬんだ…。

 1回死ぬだけで空を飛べるなら特に文句はないが、一体どういう方法なんだ。死ぬけど飛べる方法って?


「よし、じゃあさっさと行くぞ」


 そう言って歩き出したエニグマの横に並んで一緒に歩く。




 何事もなく門から街の外へ出て、少し離れた所、何も無い草原へとやってきた。


「まずはセッティングからだな」


 エニグマはロープが結び付けられた、黒い棒のような物を取り出す。

 その棒は、形状やロープと繋がっているという点は前に何回か見た槍や、ジップラインに似ている。


 だがそれよりも目立つ、確実に違うと分かる点。その見た目だ。


 黒いと形容したが、それだと何かが違う。

 見た目を表すのであれば黒という色ではなく、影や闇と表現するのが適切な程に、その棒は明度が低い。輪郭すら曖昧になるほど、突起した部分があってとしても横から見たら無いように思えるほど。


「なにそれ」


「槍だ。これを繋げてっと…」


 武器種を聞きたかった訳ではない。しかもそれくらいなら見れば分かる。


 しかしそう訴える視線に気付いてないのか、気付いた上で無視しているのかエニグマは準備を続ける。

 槍を地面に突き刺し、その槍に繋がったロープの反対側を、僕の腰に括り付けて結んだ。


 …まさかその槍を投げてロープに繋げた僕を飛ばそうとでも言うのか。



 悲しい事に、僕の予想は当たってしまったようだ。

 エニグマは幾つかのアイテムを渡してきた。それは防御力を上げる消費アイテムや装備品。


「準備は良いか?」


「うん」


 本当は心の準備は出来てないけど、そんな事言ってたらずっとそれを繰り返してしまう。安全のためにうさ丸を地面に置き、頭を一撫でする。


 斜め前に立ってろと言われたので、移動して深呼吸。

 エニグマが僕に魔法を掛けて防御力を上げ、更にアイテムを使ってまた防御力を上げる。


「行くぞ! 『狂化バーサーク』!」


 僕の腰に結ばれたロープと繋がっている漆黒の槍を地面から抜き、一周するんじゃないかってくらいまで腰を捻り、その次に片足を大きく前に踏み出して腕だけじゃなく背筋も十分に使って槍を投げ飛ばす。


「快適な空の旅を楽しめ!」


 直後、衝撃と痛みが腹部を襲い、足が地面から離れる。

 その後も引っ張られ続けているためお腹の痛みは継続するが、それでも景色は後ろから前へどんどん流れていく。


【エニグマ:この度は『エニグマエアフライト』をご利用頂き、誠にありがとうございます】

【エニグマ:当機では、死を対価として空の旅をお楽しみ頂けます】


 エニグマからメッセージが届いるが、読める状況ではない。

 引っ張られる力が強いからか、体はくの字のようになっているし風も強いため髪が凄い邪魔。


 眼下を流れていく景色は草原や森、何処かの街や村なんかもある。

 上空から見る景色というのも悪くはない。この状況でなければ、だが。



 というか、妙に冷静だ。普通なら慌てる場面なのに、こんなふうに考えていられる。


 原因が死ぬのが分かっているという諦めからなのか、それとも慌てすぎて一周まわって落ち着いたのかは不明だが、冷静に考えられるのであればより多くの情報を集め、この状況を楽しむ術を見つけるべきだろう。



 とは言うものの、答えは既に分かっている。『思考加速』のスキルを使えば、制限時間はあれど流れていく景色は2分の1の速さになる。

 これを使えばもう少し集中して景色を見ることが出来るだろう。




 実際に『思考加速』を発動してみたが、2分の1でもかなりの速さで景色が流れていく。


 エニグマにどちらの方角に投げるのかを聞いておけば良かった。

 投げた場所がサスティクである事から、東西と北へは全く知らない地形、南ならルグレやバジトラが見える筈だ。



 と、予想を立てようとした瞬間に、答えが分かる。北だ。

 答えが分かった理由は簡単、眼下に見える景色の、地面の色が白に変わったから。


 つまり、雪が積もっている地域まで来たのだ。それに伴い温度も低くなっていて、上空かつかなりの風を受けているというのもあって凍り付いてしまいそうなほど寒い。


 積雪の、よく白銀と形容される大地。しかし全てが白いかと言われるとそうでもなく、1つ見えた街では建物に使われている石材の色がしっかりと見えた。

 人が居るなら雪は邪魔だろうし、雪掻きでもしてるんだろう。




 地面に雪が積もった地域へと入ってからしばらくすると、次第に速度が落ち、高度も下がり始めてくる。


 それでもロープで引っ張れる感覚は変わらず残る。

 死が迫っているのを理解したが、ここで何故か、昨日入手した『もちもちアサルト』というスキルが頭に浮かんできた。


 昨日、暇で餅を弄りながら防御にも使えるかもしれないと考えていたのが理由かもしれない。兎に角どうせ死ぬんだからやってみようと、『もちもちアサルト』を発動して餅を召喚し、背面に広げる。



「ぐべっ」


 ドゴォンと、重く大きい音を鳴らし、地面に突き刺さりながら周りの雪を巻き上げた槍の横で、ロープに繋がれた僕も地面に突き刺さる。


 餅の衝撃吸収能力と、深く積もっていた雪のお陰でギリギリ生きたまま着地出来たようだ。このままでは死ぬが。



 『もちもちアサルト』を解除すると、雪の中で餅があった部分のスペースが空いて少し動けるようになる。

 なんとか逆さの状態から正常な姿勢まで戻り、雪の中に埋まっていると同然なくらいではあるが立つことが出来た。


「ふぅ。それにしても使えるな、餅」


 あの高さからあの速さで落ちても生存出来るというのは、かなりの衝撃吸収能力だ。上手く噛み合って偶然、というのも考えられるけど、だとしてもだろう。




 さて、死ぬつもりが思わず生きてしまった。

 兎に角動けるのだから行動しようと、腰に巻かれたロープを辿って槍の近くまで行く。


「解いて持って帰ろうか。……あれ」


 腰に手を回して結び目を触るが、異様に固く微動打にしない。



 数分間頑張ってみたが、やはり無理だった。仕方ないのでロープは諦め、斧を使って切断する。

 それでもロープ自体が異様に硬いため、ノコギリのようにギコギコしながらなんとか切る。


 ついでに腰に巻かれたロープも、短剣を潜り込ませるように、自分を傷付けないようにしながら切ると、窮屈さから解放された。


「うぅー寒い寒い…」


 アイテム欄から、軍服ワンピースと一緒に貰ったけど殆ど使ってなかった上着を取り出して着ておく。


 ロープを辿って槍の位置を把握すると、周りの雪を吹き飛ばすほどの衝撃で地面に突き刺さっていた。ロープが地面から生えているように見える。



 巻き上がって降ってきた雪を退かし、土を掘って槍の1部を露出させてからその1部を触れつつ、インベントリにしまうように念じると地面に刺さっていた槍がスっと消える。


「で、ここ何処よ…」


 周りの探索から始めてみようか。

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