第87話 先送りじゃなくて放棄
「夢幻世界に来る資格…?」
そんなの、寝た時に低確率で……って、何か条件があるのかもしれないのか。
だったらその条件って何? 僕にあって、エニグマやアズマ、その他大勢のプレイヤーには無いもの。或いはその逆に、皆にはあるのに僕にはないもの。
「そうだよー。称号にあるでしょ? 『
「いや、無いですけど」
「あれぇー?」
やはり称号か。それをどうやって取得するのかは分からないけど、無くても現に来れているのだから条件ではないのかもしれない。来れる確率が上がるとか、そんな感じの効果なのかも。
と、ヒュプノスさんと話しているとまた景色が変わる。
今度は現実に似た夜の街中、それも都会だ。十字の交差点の上に、蜘蛛の巣のようにあちこちへと伸びている歩道橋に立っている。車なんかは通ってないように見えるが信号は動いていて、青や赤、矢印がチカチカと表示されている。稼働はしているけど正常ではない。ビルの上の方を見上げるとこの交差点を上から見た映像が流れている。
人は居ない。夢の世界とはいえここまで人が居ない事ってあるのかな。
「電車の音…」
少し離れた場所から、プシューという空気を吹き出す音と、電車が動く音が聞こえる。
「本当に無いねー」
僕に抱きついたまま、メニューを開いて何かを操作していたヒュプノスさんがそれを閉じ、話を続ける。
「なんでだろうね」
「さあ…?」
口振りからてっきり、ヒュプノスさんが知っていると思っていたのだが、ヒュプノスさんが知らないなら僕だって知らない。
「まあいいや。ようこそ、夢の世界へ」
こういうのって、抱きつかれながら言われるセリフではないと思うんだよね。いい加減そろそろ離して欲しいんだけど…いつも通り硬くて振り解けない。
……。
あれ、喋らなくなった。続くかと思ってたけどようこそだけ言って終わりなのか。どっちも喋らないからなんか気まずいし、聞きたい事聞いてみよう。
「そういえばヒュプノスさん、いつもより喋り方がしっかりしてますね。少しだけ」
「夢の中なら眠くないからねー」
いつもの間延びした喋り方、眠いのが理由だったのか。とはいえ完全に無くなった訳でなく、まだ少し間延びした声が残っている。癖なのかな。
夢の世界についても多少は知ってそうだし、さっきの餅から貰ったスーパーボールみたいなのも知ってたりしないだろうか。メニューを操作して取り出し、ヒュプノスさんに見せてみる。
「これ、何だか知ってますか?」
「知らないねー」
ですよね。
まあ薄々分かってはいた、ヒュプノスさんは興味がないだろうし聞いてもどうせ知らないとしか返ってこないって。前もこんなことあったな。
「えー、じゃあヒュプノスさんってこの世界によく来るんですか? 何で名前が『夢幻世界』って知ってるんですか?」
「『
ヒュプノスさんがヒュプノス? 何を言ってるんだ。『
『
仮にそうだとしても、何故そのような称号をヒュプノスさんが持っているのか。称号の名前とプレイヤーネームが偶然一致したからとか、そういうのではないと思うが。
「そのヒュプノス…って何ですか?」
「称号だね。『眠りの神』って書いて、ルビが『ヒュプノス』なんだー」
また景色が変わる。都会の歩道橋から、丘の上に立っている1本の木の影に移動したようだ。木以外には何も無く、遠くを見渡してみても草の生えた、緑の地面がずっと続いているだけだ。
その木陰で、ヒュプノスさんに抱えられて座っている。肩から手を回され、僕のお腹の辺りで手を合わせてガッチリと抑えられているため立ち上がれないし振り解けない。
「えっ力強っ…」
これも夢の世界だから?
眠りの神…神という称号を持っているだけあって、それがこの世界に関係あるのならば夢を好きに操れる、みたいな力を持っていても不思議ではない。パワーバランスは壊れてるけど。
「その『
「どうしようかな。秘密にしておこうかなぁー」
急に意地悪になった。教えたくないなら言わなくても良い、というのを伝えると「ふーん」とだけ呟いて少し黙る。
「やっぱりリンは抱き心地が良いねー。んみぃー…欲しくなるなぁー」
この広い空間でやりたいという事もないし、ヒュプノスさんに抱えられたまま体重を預けて座っていると、ヒュプノスさんが話題を変えて喋り始める。前に偶に抱き枕になればいいみたいな話をアリスさんから聞いたが、それと同じ話題だろうか。
…いや待った、何かおかしい。今、「欲しくなる」って言ってた。
この人は僕を何だと思ってるんだろう。エニグマは僕のこと美味しそうって言ったし、ヒュプノスさんは物扱いしてるっぽいし……。
僕の周り、変な人ばっかだな。
「僕は物じゃないです」
「へぇー…。そうだ、リンが抱き枕になってくれるなら『
何言っても無理そう。
『
祭りで発覚したエニグマのカニバリズムは、VRゲーム内なら食べられても死なないという事である程度は無視出来た。しかしヒュプノスさんの抱き枕になる、というのはそれだけの時間を奪われる事にままならない。
提案を断り、諦めて空を眺める。しばらくしてからメニューが生きてるから餅から貰ったスーパーボールをアイテム欄の説明から調べようと思い付いたのでやろうとしたら視界の端、上の方に何か果実が成っているのが目に入る。木の実にしては大きく、リンゴのような大きさに見えるが、色は深い青だ。
ヒュプノスさんを何とか説得して一旦離してもらったので、リンゴを取ろうと木に登ろうとしたり揺らしてみたりするが、木登りは出来ないし揺らしても落ちてこない。
幸い、アイテムは保持したままなので弓を取り出してリンゴと枝が繋がっている部分を狙って矢を放つと上手く切り離す事に成功し、リンゴが落ちてくる。
「おー…何これ」
リンゴ、離れてた所から見ていたら深い青だったのだが、近くでよく見るとそうじゃない。黒に近い青のグラデーションがあり、表面には星のように点々と光っている模様がある。
近しい物で言えばそう、夜空とか宇宙みたいな。
「それ欲しいの?」
用が終わったと判断したのか、腕を引かれてまた背中から抱えられる形になる。なんで毎回この体勢に戻るんだろうか。
「気になっただけなんですけど…」
インベントリに入れてからアイテム欄を開いて調べると、「
確か普通のリンゴもリンゴじゃなくてラルークって名前だったなと思い出した。何故頑なにリンゴにしないのか。
名前や星空を「そら」と読めるのかという事は置いといて、MPを回復出来るアイテムは初ではないだろうか。これを使って摂取が簡単なMP回復アイテムを作れれば売れそう。
金策に使えるかもしれない。単純にレアなだけでも単体ならそれなりに高く売れるだろうけど、それなら何となく自分で保有しておきたいし、なるべくなら量産したい。
それの問題点となるのはこのリンゴの入手先。今回この夢の世界に来れた理由は不明であるが故に、安定した入手が難しい。
「なんで来れたか分かればなー…」
再現可能性があるなら出来なくはないんだろうけど。
ヒュプノスさん曰く、このリンゴと同じものを幾つか持っているらしいが、かなりレアだろうし貰うのは気が引ける。というか貰ってもどうせ大した量にはならないし、そもそも摂取が楽なMP回復アイテムというのを作れるかも分からない。
「まあいいや」
これは問題の先送りじゃない、思考の放棄だ。多分。
夢の世界限定のアイテムかどうかも分かってないし、MP回復アイテムなら別にもあると思う。特定の称号を持ってるか低確率でしか行けない場所にしかないアイテムの需要が高くなるとは考えにく……くもないけど、MP回復くらいなら別の入手先があるんじゃないかな。
なんだかんだヒュプノスさんに抱えられる体勢に戻ってしまって動けないので、さっき調べようとした餅から貰ったスーパーボールを調べる。
「モチモチ…?」
アイテム名は「『餅のモチモチな気持ち』の称号オーブ」という物。
説明を読む限りではスキルオーブの称号版。称号の所持数は少ないけど、どれも勝手に増えていた物だ。オーブの形式という以上、取捨の選択や他人への譲渡も可能なんだろう。
とはいえこの称号は気になる。特に名前。いや名前以外ないが。
さっと使用して取得。
───
『餅のモチモチな気持ち』
もちもちもっちーん。もっちりした感覚の餅を助けてくれてありがとう!
一定硬度以下のアイテムのドロップ率を上昇。
特殊スキル『もちもちアサルト』を取得。
───
「…なんぞこれ」
夢の世界に来てから、何これ何これとしか言ってない気がする。いやまあ、夢みたいに…というか下手したら夢よりカオスな状況が多いから仕方ないのかもしれない。
読んでみると、称号の名前から説明の内容までモチモチモチモチ…どれだけ餅を主張したいのか。
称号の効果はアイテムのドロップ率の上昇。一定硬度以下、というのがどれくらいの硬さを指し、その対象のドロップ率がどれくらい上がるのかは明記されてないため分からない。
それともう1つ、またモチモチとした名前のスキルを取得する…というか既に取得している。
スキルの方は餅を召喚して戦闘に使える…らしい。その方法が餅で攻撃や防御、自立行動で勝手に攻撃させたり出来るとか。強いのかは使ってみないと分からないけど、餅で戦闘とかいう構図が不安過ぎる。
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