第24話 一本釣り作戦

 生徒会長の伊勢松先輩にメールを送る。

 内容は単純、商店街側の参加者の名簿が欲しいというものだ。

 こちらも控えてはいるけれど、碁蔵の名前は確認できなかった。伊勢松先輩から送られてきたメールに添付された名簿にも当然ながら碁蔵の名前はない。和菓子屋のバイトの名前は以前聞いた通り、田村となっていた。


「そう単純にはいかないか」


 偽名で潜り込んでいる時点で何かを起こす気満々だと思うが、困ったことにまだ何も起きていない。

 食中毒事件は対策を打ってあるし、ガス爆発事件も海空姉さんたちが現場入りして対応中だ。

 現時点で警察を呼ぶのは時期尚早だろう。

 というわけで――召喚、迅堂!


「先輩、どうかしたんですか? 早くも私が恋しくなっちゃいましたか?」

「なってない。ちょっと相談があってな」


 準文化祭実行委員と化している俺は迅堂と揃って商店街の出店がある公園へ歩き出しながら、相談内容を打ち明ける。


「ガス爆発事件の犯人に心当たりがあるんだ」

「マジですか?」

「大マジ」


 大きく頷きを返し、犯人の名前を口にする。


「碁蔵だ。春の事件で宮納さんの喫茶店を利用したマネーロンダリングをしていた奴。こいつ、証拠不十分で釈放されていたらしい」


 地元新聞の小さな記事を迅堂に見せると、興味深そうにのぞき込んだ迅堂が俺を見た。


「先輩、なんで気付いたんですか?」

「和菓子屋のバイトに見覚えがあったんだ。あれが碁蔵だった。さっき、名簿を確認したけど田村って名前でこの文化祭に潜り込んでる」


 本当は笹篠に聞かされた確信情報からの後付けなんだけど、情報開示の方法を逆にすればあら不思議、俺が気付いたみたい。

 迅堂は感心したように両手をぱちぱち合わせる。


「先輩、探偵みたいですね! やっぱり頼りになります」

「お、おう」

「なんですか、その反応?」


 いや、ちょっと気まずいだけ。


「それで、碁蔵を排除しないといけないんだけど、その作戦が――悪い、電話が入った」


 作戦説明をする前にスマホが着信を知らせてきたので相手を確認する。


「海空姉さんからだ。ちょっと待ってて」


 話を聞かれるとまずい可能性があるので、一度迅堂と距離を置く。物陰に隠れた俺はスマホを耳に当てた。


「海空姉さん、首尾は?」

『上々さ。ボクは巴の頼れるお姉さんだからね。ガス爆発の阻止は完了したよ。細工した犯人は捜索中。それから、犯人が二度目を画策しないとも限らないから外部からの物資搬入の検査の人員を拡大しておいた。そちらは何か異常はないかい?』


 もう原因のガスボンベを見つけたのかよ。


「犯人の見当がついた。碁蔵だ」

『碁蔵? あぁ、宮納の喫茶店と竹池旅館のあれか。なるほど、松瀬家への逆恨みで今回の文化祭に目を付けたのか。でも、どうして気付いたんだい?』


 迅堂にしたのとまるきり同じ説明をすると、海空姉さんはしばらく吟味するように沈黙した後、ため息交じりに続けた。


『引っかかるところがあるけれど、その説明で納得しておこう。しかし、碁蔵か。顔を知る者がいないのが痛いな。警察を呼ぶという手もあるけれど……』

「碁蔵についてはこちらで処理するよ。いま、下準備中。昼頃に片付ける」

『ふむ、心配だな。しかし、ボクもちょっと今は動けない』

「どうかしたの?」

『商工会のお偉方に見つかってね。商店街との交流も兼ねて、物資搬入の検査現場から動けないと思う。碁蔵のやつが細工したガスボンベを他に用意してないとも限らないからね』


 言われてみれば、細工ボンベが一つとは限らないのか。


「分かった。海空姉さんはそのまま爆発事件の阻止をお願い。それから、身の回りに気を付けて。俺も気を付けておくから」

『ふむ、確かに直接ボク達に危害を加えてくる可能性もあるか。注意しておこう』


 すんなり俺の忠告を聞いてくれた海空姉さんはそのまま通話を切った。

 これで海空姉さんが介入してくることはない。碁蔵の存在を伝えたことで、お互いに刺殺などへの対抗策を講じていてもおかしくない流れに持ち込めた。

 後は迅堂をこの流れに持ち込めば、チェシャ猫を回避できると思う。

 迅堂と再合流し、俺は作戦を伝える。


「迅堂、碁蔵を内々に処理するにあたり、人気のないところにつり出したい。手伝ってほしい」

「もちろん、私が全身全霊で助太刀しますよ。この迅堂春が協力するからには失敗の二文字はありません!」

「それは助かる。じゃあさ、商店街にこれから行くだろ?」

「責任者みたいなものですから、行きますね。それがどうかしたんですか?」

「商店街のみんなの前で、俺が大事な話があるから体育館裏へ昼に来て欲しいって迅堂を誘うから、オッケーしてくれ」

「……え?」


 脳が処理落ちすると人はこういう顔をするのか。


「そ、それって、告白する流れのあれですよね?」

「そう誤解させるつもりではあるけど、目的は碁蔵をつり出すことだ」


 俺が三角関係で揉めてるのは学内でも商店街でも周知の事実だから、説得力がある。何ならコスプレツーショット写真という物証付きだ。

 碁蔵の狙いが逆恨みなら、俺が女子に告白するなんてイベントを見逃すことはないだろう。


「ちなみに、この作戦の立案者は笹篠だ」

「なんか、一気に現実に引き戻されました」

「浮ついたら話せって言われてたんだが、効果てきめんだな」


 迅堂は拗ねたような顔をする。


「当たり前ですよ。大好きな先輩が振りとはいえ衆人環視の中で告白する前振りをするなんて一大イベントが恋敵の手の平の上って、テンション下がります」

「冷静になってくれてよかったよ」

「黒幕の笹篠先輩は何をするんですか?」

「黒幕は碁蔵だからな? 笹篠は味方だからな?」


 そこのところ勘違いしないように。


「笹篠は伊勢松先輩と警備員を動かして周囲からの人払いをするそうだ」

「あの二人ってお互いに面識ありましたっけ?」

「ないけど笹篠のカリスマがあれば問題ないだろ」

「悔しいですけど説得力がありますね」


 それに多分、笹篠は未来から戻ってくるときにこの作戦を考えていたはずだ。伊勢松先輩を動かすために弱みを握ってからタイムリープをするくらいはしてのける。

 梁玉先輩との仲とかな。


「それで、協力してくれるか?」

「協力します! 本当に告白してしまっても構わないですよ?」

「はいはい」


 見えてきた商店街側の出店がある公園。そのテントへと俺たちは足を踏み入れた。

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