第四章 あなたと共に今を生きる
第1話 平和な二学期
カレンダーの今日の日付、九月三日に印をつけて、俺はカバンを手に取った。
夏休みボケがいまだに治らない夏の終わり、二学期の始めである。
「いってきます」
出迎えにのそのそと歩いてきたソノさんに声をかけて、俺は家を出た。
夏休みには器物損壊の疑いで丑の刻参りの女を捕まえはしたものの、バンガローや管理小屋が燃えることのない平和なキャンプ場バイトがあった。
海空姉さんが『ラビット』を拡散していないので放火事件を起こした大塚さんがこの世界線は一般人だから、放火事件そのものが起きなかったのだ。
「平和だなぁ」
朝だというのに張り切って地球に熱視線を送る太陽を見上げる。暑いけど、熱いよりましだ。
それにしてもこの世界線は実に平和だ。フラグっぽいけど。
今日も今日とて、俺を含めた高校生が吸い込まれていく門をくぐり、校舎へと入る。
人の倍くらい通っている二年の教室はすでに同級生の大半が集まっていた。
「白杉、おはよー」
「おはよう」
この世界線でもテニス大会で俺と笹篠ペアに下された番匠が声をかけてくる。
軽く挨拶を返して席に着くと、隣に座っていた笹篠が読んでいた文庫本を閉じた。
「おはよう、白杉。これ、生徒会からの手紙よ」
「は? 生徒会?」
俺とは縁もゆかりもない単語に思わず聞き返す。
前の世界線では生徒会なんて関わってこなかったんだけど。これがいわゆるバタフライエフェクトか。
笹篠もこの展開は覚えがないらしく、興味津々で手紙が入った封筒を教室の明かりに透かす。
「なにかしらね?」
「心当たりはないね。とりあえず、見てみないことには判断できないよ」
笹篠から封筒を受け取って、中身を取り出す。
事務的で簡素な白い便箋に時候の挨拶が書いてある。凄く丁寧だな。
内容は、二学期に行われる文化祭について相談があるとのことで、お昼に生徒会室に来て欲しいというものだった。
マジで前回の世界線ではなかった展開だ。というか、実行委員でもない俺に文化祭の相談って言われても、さっぱりわからん。
「……文化祭っていつだっけ?」
問いかけると、俺よりも文化祭の経験が豊富だと思う笹篠はすぐに答えてくれた。
「十月二十四日ね。手紙は文化祭についての話?」
「読んでいいよ」
手紙を渡すと、ざっと目を通した笹篠も興味深そうな顔をする。
「初めての展開ね。どこでフラグを立てたのかしら?」
「さぁ? 生徒会長の顔もろくに覚えてないよ」
三年生の男子だったのは覚えてる。副会長や会計ともなると名前も分からない。
「影薄いよなぁ」
「白杉、それ本人たちの前で言ったらだめよ?」
「言わないよ」
手紙を封筒に入れ直して鞄の中へ。
「この手紙を持ってきた人は何か言ってた?」
「白杉に渡して、とだけ言われたわ。大野さん、文化祭実行委員よね。白杉が生徒会に呼ばれているんだけど、何か知ってるかしら?」
声をかけられた大野さんが不思議そうな顔でこちらに歩いてくる。
「知らないよ。実行委員会も動き出してはいるけど、まだ本格的じゃないし。白杉、何かやらかした?」
「定番のジョークだけど、何をやらかしたら生徒会に呼ばれるんだ?」
「教師にお礼参りして恐れられて、生徒会に仲裁に入ってもらう場合とか?」
「お礼参りなんてしてないよ?」
丑の刻参りの女を捕まえたりはしたけど。
大野さんは少し考えた後、何かを思い出したらしく「あっ」と小さく声を上げた。
「そういえば、いまの生徒会長の公約が文化祭の規模拡大だったはず」
「一気に厄介ごとの雰囲気が漂ってきたな」
どんな方向で拡大するのかは分からないけど、生徒会長が文化祭に思い入れがあるのは分かった。
なんだかんだで地元の名士である松瀬家の親戚の俺に声をかけてくるってことは、地域を巻き込んで何かをしたいのか。
※
お昼の約束の時間、俺は昼食も食べずに生徒会室へと向かった。
校舎の一階の端に位置する生徒会室へと歩いていくと、見慣れた後姿が前を歩いていた。
「あれ? 迅堂?」
声をかけると、迅堂が肩越しに振り返り、俺を見て満面の笑みを浮かべた。
「先輩じゃないですか! どうかしたんですか?」
「朝に手紙で生徒会に呼び出されたんだ。迅堂も?」
この廊下は生徒会か風紀委員に用事がなければ来ないはずだ。
迅堂は驚いたように頷いて、俺も持っている封筒をポケットから取り出した。
「これです。文化祭について相談したいってあるんですけど詳細は書かれてなくて……。先輩は何か知ってます?」
「俺も知らない。用事が同じなら、一緒に行くか」
「ですね! しかし、先輩がここにいるってことは、教室で笹篠先輩は一人寂しくお昼を食べてるんですね。笑い者にしたいです!」
「普通に友達と机を囲んでるよ」
「なんだ、つまらないですね。なら、先輩、生徒会の用事が片付いたら二人でカフェテリアに行きましょうよ」
「今日は弁当なしだったから、ちょうどいいな。二人で行くか。少し混んでそうだけど」
生徒会の話が長引いたらお昼抜きだな。
生徒会室の扉をノックすると、すぐに返事があった。
「どうぞ」
「お邪魔します」
遠慮なく中に入ると、爽やかイケメンが椅子から立ち上がって歓迎してくれた。襟にある学年を表すラインは三年生の物。
この人が生徒会長かな。お隣にはいかにも有能そうな眼鏡の三年女子生徒が立っている。
「朝、呼び出しの手紙をもらった二年の白杉です」
「同じく、一年の迅堂です」
「来てくれてありがとう。生徒会長の伊勢松だ。こっちは副会長の梁玉。どうぞ、そこに座って。二人とも、お昼はまだかな? 手短に済ませるよ」
さくさく話を進め、企画書らしきプリントの束を俺たちに配って、生徒会長こと伊勢松先輩は俺と迅堂にソファを勧めてくれた。
ソファに座って、渡された企画書を手に取る。
「商店街との文化祭共催、ですか?」
タイトルを読み上げて、俺は迅堂と顔を見合わせる。
なんで俺たちが呼ばれたのか、何となく察しがついた。
伊勢松先輩はにこやかに頷く。
「白杉君は商店街や商工会にも顔が利く松瀬家の親戚だろう? だから声をかけさせてもらったんだ。協力してほしくてね」
「やっぱりそういう事ですか」
この場では結論が出せない。俺には松瀬家を動かすような権力はないのだ。
「本家に相談することはできますが、協力を確約するのは無理ですよ」
「分かってるとも。これはあくまでも根回しの一環なんだ。教師陣の了解は取ってあるから、学校側だけで商工会に声をかけることもできるんだけどね」
「重大な仕事ってわけでもないようなので、お受けします」
俺の肩に文化祭の開催可否がかかっているとかだったらお断りしてた。そんな責任は持てない。
俺は迅堂を見る。
迅堂は別に、地元の名士の家というわけではない。だが、商店街に顔が利く歴戦のバイト戦士だ。
学校側もバイトの届け出を受けてるから、迅堂のバイト三昧の生活をある程度把握しているはず。
伊勢松先輩が迅堂に目を向ける。
「迅堂さんに声をかけたのは顔が広いからだ。商店街との仲介をお願いしたくて呼ばせてもらった」
「納得です。白杉先輩が参加するなら、私も参加しますね」
「ありがとう。明後日の文化祭実行委員会で色々と決まると思うから、良ければ参加してほしい。参加できなくても、後で議事録をまとめたものをクラスに届けよう」
となると、明後日までには松瀬家の参加可否は決めた方がよさそうだな。
今日の夜にでも、海空姉さんに連絡を取るとしよう。
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