第43話 乱入者

 バンガローに駆けつけてみると、小火すら起きていなかった。


「あれ?」

「大塚さん、後で火をつけるつもりだったのか」


 確実に殺すつもりなら現場に張り込んでおいた方がいい。俺が花火を持ち出したことで小品田さんに十分な量の睡眠薬を飲ませた自信がなかったのかもしれない。

 ともかく、小品田さんを起こしてしまおう。


「迅堂、単独行動はするなよ?」

「いまさら単独行動はしないですけど、大塚さんが丑の刻参りをしてたんですかね? イメージが湧かないんですけど」


 あ、そういう勘違いをするか。

 犯人は丑の刻参りをしているって情報しかなかったもんな。

 今はキャンプ場の人間全員の安全確保を優先するべきだと判断して、誤解は放置する。


「小品田さん、起きてください。小品田さん!」


 何度も呼びかけると小品田さんがだるそうな顔でバンガローの扉を開けた。


「なんだよ、こんな夜更けに」

「管理小屋が火事なので、人手を集めています」

「は? 火事!?」


 火事が起きることに慣れてしまっている俺や迅堂とは違い、心底驚いた様子の小品田さんを連れて、与原さん、難羽さんの女性グループを起こしに行く。

 女性陣のバンガローに駆けつけると、与原さんと難羽さんはすでに起きていた。

 管理小屋の方角を指さして何か話している。目を向けてみると、夜空に黒い煙が上がっていた。

 火事に気付いて自分たちから起き出してきたらしい。


 俺たちを見つけた与原さんがほっとしたような顔で手を振ってくる。


「ちょっと、あの煙どうしたの?」

「火事です。人手を集めたいので、一緒に来てください」


 用件だけ伝えると与原さんと難羽さんは顔色を変えて一も二もなく頷いた。

 来た道を引き返して家狩さんのテントを目指す。体力的に余裕がある俺と迅堂は小品田さんたちを五メートルほど引き離してテントに到着した。


「家狩さん、起きてください!」


 声をかけるとテントが開いて頭痛をこらえるような顔で家狩さんが顔を出す。


「うー、酒が残って……」

「火事です」

「――火事? 消防署への連絡は……しているみたいだね」


 遠くから聞こえてくるサイレンに気付いて、家狩さんはテントから出てくるとテーブルの上にあったコップの水を一気飲みして口元を拭う。


「初期消火活動かな? 手伝おう。全員そろっているのかい?」


 無理しているのだとは思うが、それでも先ほどよりもすっきりした顔で家狩さんが俺たちを見回す。

 その時、小品田さんが不安そうにあたりを見回した。


「大塚の姿がないんだが、知らないか?」


 大塚さんは犯人なので現場で寝てます。

 流石に言えるわけがないので上手く煙に巻こうと口を開きかけた時、小品田さんの表情が明るくなった。


「あ、あいつあんなとこに居やがった。おーい、大塚! 火事だから消火活動を手伝え!」


 ――は?

 チェシャ猫の効果で一時間は昏倒しているはずの大塚さんがもう起きたのか?

 すぐさま管理小屋の方角を見るが、人影はない。

 小品田さんに視線を移す。

 あろうことか、森に向かって手を振っていた。

 血の気が引く。


 森に視線を転ずると、そこには二つの火の玉が浮かび上がっていた。ゆらゆらと揺れるその火の玉はちょうど人の頭の高さに蝋燭を二本掲げたように見える。


 時刻は午前一時過ぎ。丑の刻参りの女が通りかかるには早すぎる時間のはず。

 ……サイレンを聞いて、見つかる前に儀式場へ急いだのか。

 声をかけられた火の玉が止まり、こちらに目を向けた気がした。

 やばい、やばい、やばい、やばい――見られた!


「先輩、あれって!」

「大塚さんじゃない。懐中電灯を持ってないからな!」


 大塚さんが管理小屋の横で倒れているという情報は伏せつつ、大塚さんではない根拠を思いついて叫ぶ。

 俺の言葉ではっとした小品田さんたちが一気に警戒の色を強めた瞬間、火の玉の主が猛烈な勢いでこちらに向かってきた。

 なんか大塚さんを倒して後は流れでみたいに思ってたけど、ここにきてラスボス出てきたんだけど!


「――ひっ」


 森を抜けてきた丑の刻参りの女の形相を見て、与原さんが短く悲鳴を上げる。

 小品田さんが与原さんと難羽さんを守るように前に出る。

 外国人の家狩さんは丑の刻参りを知らないのだろう、妙な服装の女としか認識できずにきょとんとしたまま棒立ちだ。


「ジャパニーズヤマンバ?」


 似てるけど違う。

 丑の刻参りの女の方も予想以上にこちらの数が多いことに気付いて怯んだような表情を見せた。


 俺も迅堂も懐中電灯を持っていないし、慌てて全員を揃えたから照明器具は家狩さんのテントに掲げられている電気式のランタンだけだ。

 こちらの数を把握できずに口封じしようとしたものの、人数が多すぎて無理だと悟ったらしい。

 丑の刻参りの女が悔しそうに歯噛みし、頭に蝋燭を固定していた白い布をつかみ取って地面に投げつける。


「――なんなのよ! なんでうまくいかないのよ!」


 憎悪に濁った眼でこちらを睨んだ女がポケットから折りたたみ式のナイフを取り出した。

 なんでそんなものを持っているのかと思ったが、儀式に使う護り刀の代わりか何かだろう。

 あのナイフは牽制や脅しではない。この女は人を殺せる女だと未来人の俺は知っている。

 だから――


「させるかよ!」


 家狩さんに悪いとは思いつつテーブルの上にあった酒瓶を手に取り、手加減抜きで女に投げつける。

 直撃はしなかったが、女の横の木の幹に直撃して鈍く重々しい音を立てた。


 反撃されるとは思っていなかったか、女がぎょっとした顔で地面に落ちた酒瓶を見下ろして後退った直後、燃え残りの焚き木を拾い上げて追撃に投げつける。

 俺が物を投げてくるのを予想していたのか、女は慌てて屈んで焚き木の直撃を避けた。


「先輩、どいて!」

「おう」


 迅堂に声をかけられて、俺は横にずれる。家狩さんの持ち物だろう小麦粉を迅堂が女目掛けて投げつけた。

 小麦粉が盛大に飛び散り、女が咳き込む。

 その隙に、俺は迅堂と共にテーブルクロスを引き抜いて女へと駆ける。


「せーの!」


 声を合わせて、迅堂と一緒にテーブルクロスを女に被せ、力任せ蹴り飛ばして地面に倒す。

 迅堂と目配せし合い、地面に倒した女の左右半身を手分けして押さえつけて拘束。


「ロープか何か、縛るもの!」

「この布を使おう!」


 女が蝋燭を頭に固定するのに使っていた白い布で女の両手を背中側で縛り付ける。

 なおも暴れようとしていた女もナイフを取り上げられた挙句に縛られては抵抗も無駄だと察したらしく、すすり泣きを始めた。


「何で邪魔するのよ……。あんたたちは関係ないのに……」


 あるんだよ。

 予定とはかなり違った形になったけど、ひとまず犯人を確保。

 流石にもう終わりだと思うんだけど……。

 その時、サイレンを鳴らしながら消防車がキャンプ場に入ってきた。

 どうやら、本当に終わりらしい。

 迅堂と目配せして、同時に安堵のため息をついた。

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