第17話 肝試しの正解

 鏡に映った自分の顔を前に、俺は肝試しの前日に戻ってきたことを確信し、ため息を一つ。

 肝試しの参加は絶対条件。流れに身を任せれば勝手に話が進んで肝試しに参加できるはずだ。


 問題があるとすれば、迅堂が一人で行動しようとするのをどう抑えるかだ。

 犯人の情報を得たい迅堂は安全よりも情報を取ろうとしている。その目的意識を覆すようなメリットを提示するか、乗らざるを得ない流れを作らないと飛び出していきかねない。


 まぁ、走って追いかけるのは可能だと思うが、その場合、追いついた場所から神社までの間に陸奥さんと合流しないと陸奥さんが犯人と接触してしまう可能性がある。

 迅堂はかなり足が速い方だ。なにしろ、テニスで俺と笹篠のペアに楽々張り合えるほど運動神経が良く、バイト漬けで体力もある。陸奥さんを置き去りにしないと追いつくのは難しい。

 追いついたうえで、羽交い絞めにするしかないか。そこを犯人に襲われたら二人揃ってお陀仏な気がする。


「うーん」


 割と詰んでいるのでは?

 悩んでいると、後ろから声をかけられた。


「先輩、鏡を見つめながらなに唸ってるんですか? ナルシストでしたっけ?」

「ちがうわい。ちなみに、俺の自己評価は雰囲気イケメンだ」

「大丈夫です。先輩は割とイケメンですよ。百点満点中七十四点くらいの!」


 それ、雰囲気イケメンでは?

 後ろから声をかけてきた迅堂が俺からタオルを奪おうとするのをひらりと避けて、一緒に脱衣所を出る。


「肉と待ち合わせしてるんだ。髪を乾かしてる場合じゃねぇな」

「デートで女性を待たせないタイプですね」

「迅堂なら待たせても迎えに来るんじゃないか?」

「それはもちろん。過去にだって迎えに行きますよ!」


 前科あるしな。

 我が麗しのお肉がバーベキューグリルの上で俺を待ち焦がれている。


「髪を乾かす時間も惜しんでくるとは、成長期の男の子らしいねぇ」


 髪にタオルを当てながら登場した俺に斎田さんが笑う。


「うちも男の子が欲しかったなぁ」

「頑張ってください。俺も弟分が欲しいので」

「ははっ、頑張るか」

「先輩も頑張りましょうね。少子高齢化に抗ってやりましょう!」

「俺、頑張らない。肉、食う」


 迅堂の冗談を受け流して皿と割り箸を取る。

 すると、斎田さんが思い出したように、俺と迅堂にとっては既知の情報をもたらした。


「先ほど吹奏楽部の顧問の美滋田さんが来てね。肝試しに参加しないかと打診があったんだ。備品の回収もしたいから、参加してくれないかな?」

「いいですよ。迅堂も参加するよな?」

「当然です。一人バンガローで先輩の帰りを待って『お風呂にする? ご飯にする?』をやるのも捨てがたいですけど」

「肝試しに参加しろ」


 有無を言わさず参加を強制して、迅堂を個人プレーの芽を摘む。

 バンガローで待っている振りをして神社に張り込みなんかされたら、俺の手に負えない。



 日付が変わって深夜の二時過ぎ、俺と迅堂は吹奏楽部の面々と共に山の麓に集まっていた。

 流れは変わらない。全体に懐中電灯を配り、顧問の美滋田さんが怪談を聞かせて、五分おきに二人ずつ送り出す。

 やはりくじ引きで余った陸奥さんが不安そうに迅堂に声をかけた。


「……あ、あのさ、春姫、一緒に行かない?」


 すでに怯えまくりの委員長風女子高生、陸奥さんが迅堂の袖を引く。

 迅堂が陸奥さんを見て、俺を指さした。


「土地勘のない先輩を一人で出発させるのも心配なので、先輩と行ってください。大丈夫です。頼りになりますよ、この人」


 予想通り、迅堂は陸奥さんを俺に任せて一人で先行するつもりらしい。

 俺は即座に二人の会話に口を挟んだ。


「陸奥さんは迅堂を頼ってるんだから、俺のことは気にせず二人で行ってこいよ」


 と、言っておけば迅堂は確実に断るだろう。俺を一人で出発させれば俺が死ぬんだから当然だ。

 案の定、迅堂は首を横に振った。


「駄目です。先輩が迷子になったら洒落になりませんから。というわけで――先輩にパス!」

「――おい!?」


 迅堂が陸奥さんを引きはがし、背中を押して俺の方へ送り出す。

 俺が陸奥さんを抱きとめるのを見て、迅堂は身をひるがえして走り出した。

 させるか――


「俺は、迅堂がビビるところを間近で見たい!」


 堂々と声を張り上げる。

 迅堂がたたらを踏んだ。

 陸奥さんが「何言ってんだ、こいつ」という顔で見上げてくる。

 構うものか。多少恥をかいた程度で誰も死なずに済むなら安いものだ。


 陸奥さんをそっと横に押しのけて、迅堂に駆け寄る。バランスを崩していた迅堂が体勢を整える前に腕を掴んで引き寄せた。


「……それだけ強引に一人で出発しようとするってことは、俺が一人で行くと事件が起きると見た。なら、迅堂を一人で行かせるのもまずそうだ」


 陸奥さんには聞こえないように、『シュレーディンガーのチェシャ猫』に引っかからないように言葉を選ぶ。

 迅堂は驚いた顔で俺を見た。


「先輩、そこまで分かってたんですか?」

「迅堂の行動を見ていたらなんとなくな」

「察しがいいですね……。私としては、一人で出発して犯人を先に見つけて先手を打ちたいんですけど」

「駄目だ。犯人がいるならなおのこと、一人では行かせない。ほとんど丸腰だろうが。そもそも、先行している吹奏楽部のメンバーのおかげで犯人とやらも周囲を警戒しているはずだ。やめておけ」


 迅堂は俺の説得に悔しそうな顔をしたが、掴まれた腕を見て諦めたようにため息をついた。


「仕方がないですね。諦めます。せめて、手を繋いでくれません? それくらいの役得は欲しいです」

「自分の命を担保にささやか願いだな。叶えてやるよ」


 苦笑して、迅堂の腕を放し、手を繋ぐ。

 俺は陸奥さんを振り返った。


「そういうわけだから、後から来て」

「え、えぇ……」


 会話が聞き取れなかった陸奥さんからしてみれば、自分を出汁にイチャイチャを見せつけられた気分だろう。

 ただ、恐怖心を拭う程度の効果はあったらしく、陸奥さんは諦めたような半笑いで手を振り、俺たちを送り出した。


「春姫、後で色々聞かせてよ」

「ノロケますよ? めっちゃ、ノロケますよ?」

「楽しみにしておく」


 楽しみにするんだ……。

 首尾よく迅堂と出発した俺は歩く速度を若干落として迅堂に話しかける。


「先行している吹奏楽部のペアが犯人に襲われることはないんだよな?」

「経験上、ありませんね。手口も生きたまま焼き殺すもので先輩が標的だと思いますよ。肝試しに私たちが参加しないと、陸奥さんが犠牲になっちゃいますけど」

「そうか」


 迅堂も肝試し不参加の世界線を経験して戻って来ているのか。


「なら、後ろからくる陸奥さんが追い付けるようにゆっくり歩こう」

「ですね。それにしても、本物の殺人鬼がいる山を二人きりで歩くって下手なお化け屋敷よりよほどホラーですよね」

「スプラッタ系だけどな。あんまり好きじゃない」

「ホラーなら、おすすめの映画があるんですよ。この山にあるレンタル屋さんの自主制作映画なんですけどね」


 うん、知ってる。

 陸奥さんの行方不明で中断してしまったあの映画の感想会を開きたいところだけど、チェシャ猫が発動するから言えないもどかしさ。


 のんびり歩きながら雑談していると、後ろから足音が聞こえてきた。

 かなり速足のその音に気付いて振り返ると、きょろきょろと不安そうに周囲を見回しながら肩を縮こまらせて歩いてくる陸奥さんが見えた。

 迅堂が呟く。


「何の変哲もない、おどろきトキメキ肝試しで終わりそうですね」

「何事もないならそれが一番だ。肝試し中のセリフじゃないかもしれないけど」

「なんなら、事件でも起こします? キスしましょうか?」

「やめなさい。肝試しの趣旨に反する」

「つれないですねー」


 茶化すように笑った迅堂は俺と繋いだ手を掲げて、陸奥さんを呼んだ。


「一緒にゴールしよ。三角関係っぽく見せて、おどろおどろタイムを終えたゴール地点の人たちにドロドロタイムを見せつけようよ!」

「そっちで事件を起こすのかよ」

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