第15話 親族会議

 海空姉さんと二人でスゴロクゲームをオンライン対戦で遊んでいると、部屋の外からお呼びがかかった。


「お嬢様、巴様、そろそろ親族会議の支度をお願いいたします」

「分かりました。……海空姉さん、そろそろ」

「せっかく億万長者になったのに」


 所持金トップ、不動産多数で独走状態の海空姉さんはチャット欄にリタイアする旨を伝えて、ゲームを辞める。


 俺も海空姉さんにならってリタイアした。

 株を買い上げまくって恒常的に利益を上げつつ一部地域の不動産を総なめしていた俺までいなくなり、ゲームマップ上にとてつもない数の空き不動産が誕生。これから、名も知らぬ画面の向こうのプレイヤーたちが飢えたサメのごとく食らいあう群雄割拠のありさまとなるのだろう。


「海空姉さん、親族会議の議題って何? 誰か結婚でもするの?」

「見合い話は出ていたね。それよりもメインは経営の話さ。融資するともなれば、白杉家にもかかわってくるから、出ておいて損はないよ」


 とはいっても、白杉を仕切っているのは父さんだから、俺に発言権はないだろ。

 何度か親族会議には出ているから、今さら物怖じはしないけどさ。


 本家には親族会議を行えるように広い客間がある。十人が机を囲んでもなお余裕のあるその客間には松瀬の親族が九人、揃っていた。

 父の姿を見つけて目で頷きあう。バイト先の店長である宮納さんもいた。


 松瀬の現当主である海空姉さんが上座に座ると、俺は少し離れた位置に用意された座布団に正座する。海空姉さんが当主となって以来、親族会議に出る時にはここが定位置なのだ。


「白杉のせがれ、デカくなったな。高校に入ってから一気に身長が伸びたろう。ちょっと前までお嬢様を見上げていたあの小僧がなぁ」


 太い腕を組んで俺を眺めながらニヤニヤ笑ってそう言うのは、俺から見ると大叔父に当たる竹池さんだ。親族会議や年末年始くらいでしか顔を合わせないから、身長の話は会うたびに言われる。


「竹池のおじさんはシワが増えましたね。渋くなりましたか」

「苦労してんだよ」


 苦笑した竹池のおじさんは海空姉さんに鋭い視線を向ける。

 視線を受けた海空姉さんは静かに頷いた。


「始めようか。まずは、竹池から出ている旅館の話をしよう」


 視線の理由はこれか。


「旅館への資金援助を求めているが、何か意見のある者は?」


 海空姉さんが問いかけると同時に、竹池のおじさんが会議の面々を見回す。

 発言許可を求めたのは白杉家の現当主、つまりは俺の父だった。


「端的に言って反対だ」

「理由は?」

「金だけあってもどうにかできる状態じゃない。数年前からたびたび議題に上がっているが、あの旅館の赤字は恒常的なものだ。資金援助をしただけじゃあ、問題の先送りにしかならん」


 竹池のおじさんが発言を求める。


「確かに赤字は続いてる。だが、常連さんはいるし、最近は団体客がちらほら入っても来ている」


 資金援助を決定する根拠としては弱いなぁ。

 常連が居ても、団体客が居ても、赤字を垂れ流し続けているのなら問題の本質は変わらない。

 却下だろうな、と思っていると案の定、海空姉さんが採決する。


「資金援助の申し込みは却下だよ。具体的な経営再建の計画もなく、客入りが増える見込みもない。資金を出すには値しない。せめて、再建計画の提出をなさい。今時、ネット予約もできないのでは話にならない」


 あ、それは話にならないわ。

 竹池のおじさんがため息をつく。


「では、計画書の提出をしたら再検討を願いたい」

「計画書次第さ。神社の方から苦情も来ている。境内でバーベキューをする宿泊客がいたと。そのあたりの対策も練っておきなさい」

「……初耳だ」

「五日前だよ。中学校で話題に上ってしまっている。斎田の娘に聞きなさい」

「うちか!?」


 斎田のおじさんが流れ弾に驚いていた。

 思わず口を突いて出てしまったのだろう、斎田のおじさんは恥ずかしそうに首を振る。

 海空姉さんが次の議題に進んだ。


「斎田のキャンプ場の話だね。夏休みに人手が欲しいとのことだけど、いまいち要領を得ない。どんな目的で、何人かな? 求人募集ではダメな理由は? 今からなら十分に募集で間に合うと思うけどね」

「泊まり込みでお願いしたい日がいくつかあるんです。これがかなりネックで、昨年は募集しても集まらず、私がどうにか回しました。ですが、今年は娘の部活動の関係でキャンプ場に泊まり込めない日がありまして」

「そういうこと……。斎田はご隠居のこともあるものね」


 海空姉さんが俺にちらりと目を向ける。

 困った時の人手要員。猫の手よりは役に立つ。白杉巴です。


「正直、巴を出したくないのだけれど……」

「巴君、頼む」


 斎田さんが拝んでくる。


「別にいいですよ。ただ、募集は別にかけておいてくださいね。そっちで集まらなかった時の保険ってことで」

「ありがとう! 巴君、男前に育ってオジサン嬉しいよ。どんどん頼っちゃう」

「うちの愚息がご迷惑をおかけしないといいんですが」


 我が父よ、あなたの息子は今喫茶店バイトをしたりトラックに命を狙われたりしながら日々を生きています。

 褒めてください。先立つ親不孝はしておりませぬ。褒めてくだされ。


「次の議題は――」


 俺に関係しそうな議題は特になく、親族の見合い話やらちょっとした報告やらが話し合われていく。

 午後九時には議題を全て処理し、海空姉さんは疲れた顔一つせず淡々と告げる。


「以上、他に何かある? ……ないようだね。では、これにてお開きとしよう」


 すっと音もなく立ち上がった海空姉さんに続いて、俺も客間を出る。


 父さんと目が合ったけれど、速攻で逸らされた。父さんはそのまま斎田のおじさんに声をかけ、釣りに誘っている。

 日付は聞いた。母さんに密告だ。

 密告しておくと、父さんの釣果に関わらずその日の夕食が刺身盛り合わせになるからな! 父さんの財布にダメージが入るおまけつきだ。

 愚息の策略に財布のひもを緩めるがよい。


 廊下を歩いて海空姉さんの部屋に向かう。


「話に出てきた旅館って隣町の神社近くにある奴?」


 小学生の頃に、父さんの仕事でついていったことがある。季節の花が咲き誇る見事な庭があったはずだ。

 海空姉さんは部屋の扉を開けながら答えた。


「その旅館だよ。神社からの苦情もあって、地域からちょっと白い目で見られていてね。経営再建もそうだけど、イメージの回復策も考えないとジリ貧になる」


 境内でバーベキューは心証最悪だよなぁ。

 いくら旅館そのものの悪事ではないといっても、監督責任的なものを問われてしまう。


「回復策か……。神社に迷惑料代わりにいくらか収めるとして、神社の祭りへの参加と後は?」

「地域への具体的な経済貢献策だね。町の商店街でだけ使える商品券があったはずだから、それを定期的に買い上げて、宿泊客に配ったりとか。ただ、そこまでして経営を維持して見返りがあるかというと……」


 ないのね。

 海空姉さんはクッションに座って肩をすくめる。

 俺は部屋の小型冷蔵庫から麦茶を取り出して自分と海空姉さんの分を用意する。


「なんで、竹池のおじさんはそんな旅館を?」


 麦茶の入ったコップを渡しながら聞くと、海空姉さんは両手でコップを受け取り、一口飲んでから答えた。


「竹池家の事業はあの旅館から始まったんだよ。竹池庸介は養子に入ったからなおのこと、一族の支持を得るにはあの旅館の存続が重要になると思ってるんだろうね。先の会議でも竹池庸介と交流のある者は軒並み支援に賛成派なんだけど……なんだか、妙でね」

「妙? ……確かに、採算の取れない事業へ無条件に賛成するようなメンツじゃないね。宮納さんも賛成派?」


 確か、俺と迅堂がバイトに出た時にテニスクラブを貸し切ったことを竹池さんから聞いて知っていた。割と交流があるのだろう。

 海空姉さんが頷く。


「不思議なことにね。ボクの虎の子、巴をバイトに送ったというのに、ひどい話さ。巴、何か失敗でもしたかい?」

「記憶にないね」


 迅堂が良く働くから、俺の働きぶりが目立ってない気もするけど。


「巴は何でもそつなくこなすものね。どちらかといえば頭脳労働向きだし、今週末くらいに旅館の方の視察にでも行ってもらおうかな。なに、写真を撮って、資料を確認するだけの簡単なお使いだよ」


 いや、ウインクされましても。


「俺を送り出すって、資料を隠される可能性を疑ってない? 別に、竹池のおじさんが再建計画を出してくるときに資料として要求できるでしょう?」


 わざわざ直接旅館に行って資料を閲覧するなんて、隠されるか、改竄されるかを予想していないとやらない処置だ。

 俺のツッコミを無視して、海空姉さんは麦茶を飲みながら考えをまとめ始めた。


「名目は――そうだ、球技大会のお疲れ会ということで笹篠さんを連れて行くといい。カモフラージュになる」

「ほら、やっぱり疑ってるんだ」

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