第19話 カウントダウン

 応接間の大型モニターは、巨大な水槽のようにK2-18 bの海中を映している。その様子を、同居人となった梨乃とマイが、ソファーに並んで食い入るように見つめていた。

 画面の中では、兄が水の精霊ディーネと共に、ガラス細工のような私室でテーブルに着いている。その仲睦まじい様子に、梨乃はぷく~っと頬を膨ませた。


 やがてディーネは、ホログラムのような技術で妹式アプリに接続した。

『おかえりなさいませ、ディーネさま、お兄さま。とつぜんですが、おふたりにはこれから婚前旅行を楽しんでいただきます』

 ティノーは、いつものアイドルっぽいAI音声でとんでもないことを告げた。

 その提案を受けるやいなや、ディーネは晴れやかな表情となって直木の腕へするりと巻き付く。

「異論はございませんわ」

(うわ、やっぱり積極的!)

 兄の好みがことごとく裏切られる現実に、マイはもはや呆れるしかなかった。なにしろこのディーネという少女は、デートプランをフライングしてまで地球に来ようとした、超行動派なのだ。


 マイはモニターを睨みつけ、冷静にティノーを問い詰めた。

「婚前旅行って、どこへ行かせる気? まさかとは思うけど、お兄ちゃんを地球に連れ戻したら戦争になって人類が滅亡するんじゃなかった?」


 ティノーは待ってましたとばかりに答えた。

『ですから、タイミングの問題ですよ。婚約パレードという公式行事が終わった今なら、お兄さまが一時的に地球へ戻られても、外交問題には発展しません。それに、権蔵さんも帰られたので、サバイバルナイフで刺される心配もなくなりました』


 それを聞いたマイは、片方だけ眉をゆるめた。

「ふ、ふ~ん。じゃあ問題はなさそうかな?」


 だがその時、隣に座る梨乃が、ぐっと感情をこらえて抗議した。

「……できれば、直木さんだけ帰してください」


 その切実な気持ちは、マイにも痛いほど伝わってくる。

 けれど――彼女の頭は、それとは別に冷徹な計算を始めていた。


(お兄ちゃんだけ地球に戻したら、ティノちゃんが言っていた戦争の引き金になりかねないし、かといって、あのゼリーみたいなディーネちゃんを外で自由に歩かせるわけにもいかないよね。絶対大騒ぎになるし……)


 では、婚前旅行で地球にやってきたディーネは、どこにいれば安全なのか?

 マイは、ティノーが導き出したであろう、その恐れ知らずな結論に思い至った。


「ねえ、ティノちゃん。もしかして、ディーネちゃんと梨乃ちゃん、どっちもうちに住まわせるつもり?」


『はい。お部屋はたくさんありますし、フェアな条件でお兄さまを奪い合っていただくほうが、地球に優しいと判断しました』


(このAI、サイコパスなの?)

 育ての親でありながら、マイは本気でドン引きした。


「ぜったいケンカするでしょ!」

『否定はしません』

 あっさり認められてしまった。マイは頭を抱える。もう地球はダメかもしれない。

(……いや、でもケンカだけで済むなら、まだマシなのかな?)


「ティノちゃん、確認するけど、地球は滅亡しないのよね?」


 ティノーの返答は、どこまでも冷静で、そして絶望的だった。

『はい。外交問題による地球滅亡は回避されましたが、じつのところ、ディーネさまの愛のゆくえによる地球滅亡は回避しきれていません。今回の婚前旅行は、その計算時間を稼ぐためのプランです』


「時間を稼ぐって……どれくらい?」

『最大で、十日です』

「みじかっ!」

 マイは叫んだ。だが、育ての親としての勘が、ティノーの言い回しに、さらなる不吉な何かを嗅ぎつける。

「待って。その十日間、わたしたち……ううん、この騒動に関わった人たちは、全員無事でいられるの?」


『……いいえ』

 ティノーの声から、感情が消えた。

『誰かが死なない平和な時間は、長くても三日と少々です』


「うわー、デスゲームの始まりだぁ~」


 マイは、ただ戦慄するしかなかった。

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