第2話 宇宙とは教科書
メルトとツクシの邂逅から2年。メルトは12歳になった。
一日たりとて銀河魔術の鍛錬をメルトが欠かした日は無かった。
メルトの授業に夏休みも冬休みも無かったし、銀河魔術を極めるのは勿論簡単なことでもなかった。
でも楽しかったから。
でも嬉しかったから。
メルトはたった2年で銀河魔術の基本を習得していた。
毎日が順風満帆という訳にもいかない。
挫折しかけた事だってあった。
その度隣にツクシという教師がいた。
まるでメルトの人生が自分の人生と言わんばかりに、励まし、立ち直らせてきた。
「ギャウ!?」
迫った狼の魔物を、圧縮させて消し去った。
銀河属性“重力”の応用。
狼の周りの重力を急速に書き換え、全方向からの超重量を持って押しつぶしたのだ。
「もう“重力”は完璧だね。僕も超えられちゃったかな」
「何言ってるんだよツクシ先生。ツクシ先生にかかればあの魔物、粉微塵だろ?」
「それはちょっと盛ってないかい!?」
そうツクシに褒められたメルトだが、勿論今日も鍛錬を欠かす気はない。
寧ろ最近は、メルト自身が銀河魔術を考案するようになり始めた。勿論これもツクシが望んだ方向に成長した結果だ。基礎をこの2年間でしっかり練り込み、自身で応用を利かせ始める。
ツクシはメルトに努力や挑戦の仕方も、ヒントを与えながら導いてきたのだ。
銀河魔術を扱う魔力は、10歳時点まで勉強してきた概念とは完全に外れていた。
他属性の魔力のように、生まれながらの素養で決まらない。
正しい努力をどれだけしたかによって、術師の実力が決まる。
勿論努力の仕方については個体差がある。
厳密には銀河魔術の中で“銀河属性”という5つの種類に分かれている。
人により得手不得手が出てくるが、それぞれの属性にハズレは無い。一つ極めたら、銀河魔術の使い手としては十分すぎる程だ。
「それに、凄いのは君だよ。よくぞ今日までついてきた。全ての銀河魔術の属性を、十二分にマスターした」
「えっ、もしかして俺、卒業?」
「マスターしたと言っただけで、極めたとはいかない。まだまだ粗が見え見えだ」
「はいはい……まだ認められてないって事ね」
「いや、二年でこんなに習得できる人なんていなかった……君の向上心には呆れるばかりだよ」
ツクシから言われても、まだ実感がわかない。
全ての銀河属性――宇宙を司る、5つの要素をまさか自分が極めたなんて。
物体の重さを決定する“重力”の属性。
粒子単位から物体の存在確率を決定する“粒子”属性。
物体が存在する場を決定する“空間”属性。
時の流れを決定する“時間”属性。
宇宙という物質の土台である“暗黒”属性。
どれも、メルトにとっては井の中の常識から解き放たれた物ばかりだった。
銀河魔術の魔力たる、根源を聞いた時には思わず笑ったくらいだ。
“まさか人の中に、宇宙が存在するなんて”。
当たり前だ。銀河魔術とは、この壮大な宇宙の中から生まれたものなのだから。
一つの星の価値観に収まるわけがない。
故に、まだ本当の意味で基礎すら極めたとは言えない。
まだ、満天の星空に瞬く星の数だけ分からない事がある。
「でもねメルト、覚えておいて。あの星々の数だけ、宇宙の法則……即ち、銀河属性の魔力が動いている。天文学的な確率を生き抜いて、宇宙という自然の奇跡が生み出したもの。それが星だ」
「星……俺達が今いる、この星もだよね」
「うん。その上で生きる僕達も、この広大な奇跡で生まれたんだ」
「……銀河魔術を学んできたから言えるけど、こんな底知れない物の腹から生まれたんだな」
メルトは右手に小さな宇宙を生み出して、若干見つけた事を後悔するように呟いた。
そんなメルトの肩を、ツクシは優しく叩く。
「そんな感想が出るって事は、まだまだ宇宙を理解していないって事だね」
「そうだな。まだ分からない事だけだ」
「分からない事は恥じゃない。君はその真理を探そうと四六時中四苦八苦している。僕にも宇宙の全ては分からない……君が出した宇宙が“暗黒”と呼ばれる所以はね。結局宇宙の事、宇宙にいる生命の誰も分かってないって事なんだ」
分からない事は、恥じゃない。
知ろうとする事こそが、前に進む事。
この宇宙で生きていく上で大事な言葉として日常的に呟く、ツクシの口癖だった。
「改めて考えてみて……この星の数だけ、別々の銀河魔術が自然に働いたんだ……その数だけ、メカニズムがある」
「天の光は全て教室……って事?」
「良い事言うね。そう。この宇宙は全て教科書。天の光の数だけ、奇跡の教室があるって事」
「果てしない数だよな」
「だって宇宙の果てには、光の速さでも百億年かかると言われているからね」
「百億……!」
仰いでいるだけでは想像もつかない、無限の純黒。それが宇宙。
この宇宙では、蛍のように儚い一つ一つの星に、果てしない歴史が詰まっている。
銀河魔術について学ぶ度、この星の外も含めた世界という物に、メルトは度肝を抜かれる。
「色んな星がある。空気だけの星。圧倒的質量の星。灼熱の星。絶対零度の星。こことは比べ物にならない程命がある星。命を喰いきってしまった、飢えた星」
「先生は、色んな星に行ったの?」
「僕も行った星はここで四つ目だ。そんな何個も行けるもんじゃないさ」
ふっ、と小さく笑いながら隣に座るツクシが答えた。
もう一度輝く銀河を見る。
「先生。勉強って楽しいね。どこまで行ってもゴールがないのがいい」
「それも宇宙と同じだね」
「じゃあ今度は、この星の勉強をしようか」
そうツクシが言うと、メルトは鞄から本を取り出した。
「これ、今日学校から貰った教科書」
「へぇ。中々応用が利いている」
「先生分かる?」
「よし、じゃあ一緒に考えようか」
ツクシの教育方針は、銀河魔術を覚えるならこの星の教育も疎かにしてはいけない、だった。
実際、ツクシはメルトよりもこの星の基本属性である地水火風の魔術については知らない。
しかし一ヶ月でこの世界の文字を理解し、その先一ヶ月で魔力の理を悟ると、それをツクシに分かるように教えてくれた。
分からない事は、一緒に学ぶ。
それがツクシの教育方針だった。
教壇を挟んで一方的に威圧してくる魔術学院のエリート教師よりも、隣で一緒に学習しようとする素人教師に教えられてから、基本属性の魔術の成績も伸び始めた。
「やっと人並みの魔術が放てるようになったよ」
「おっ、周りに追いついてきたじゃん」
「駄目だよ。家族もクラスメイトも皆上級魔術を使える、一流中の一流だ」
「でも僕はすごいと思う。君には基本属性の魔術で勝てない。僕は先生なのにこれだけの魔術しか放てない」
ツクシが右手から放った火属性魔術は、小さな火の粉程度だった。
星の様に瞬いて、周りを一瞬だけ照らして、閉じていく。
「でも僕はこの世界の魔術も面白いから、沢山これから勉強する。君にも、その周りの人間にも負けない」
「先生なのに生徒に負けないなんて豪語するのおかしいよ」
「教師だって日々勉強する生き物だからね」
でもそんなツクシが面白くて、何故かかっこよく見えた。
だから明日も、魔術を、勉強を、宇宙の紐解きを頑張ろうと思えた。
未来のどこかで、自分もこんな世界を描いているだろうか。
そう見上げる少年の想いは、いつか流れ星のように綺麗な夢へと変わった。
「じゃあ、俺もそんな先生になる」
「えっ?」
「俺も、ツクシ先生みたいな教師になる。それが俺の、夢だ――」
少年は、一番いい笑顔になっていた。
呼応するように、教師も最高の笑顔になりつつあった。
いつか宇宙人が世界を滅ぼしに来ると分かっていても、この不思議な教室はいつまでも続く。
そう錯覚さえしていたメルトは、卒業という二文字さえ念頭に置かれていなかった。
星だって最後は命を使い切り、重力の渦へと変わり果てるのに。
もしかしたらそれは、今日かもしれない。そんな可能性すら無視して。
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