第373話

 一応治安の悪いエリアに行くのでトムとケィ、タントはお留守番だ。

 トムは恐らく連れて行っても問題ないだろう。しっかりしているし、かなり大人だ。

 だが、ケィとタントを連れていくのは少しためらわれた。


 ヴィヴィが少し考えてから言う。


「子供たちだけで留守番させるのは不安なのじゃ。わらわが残ろうではないかや」

「やったー、してんのー遊んでくれるの?」

 ケィが嬉しそうにヴィヴィに抱き着いた。


「む? まあ、遊んでやらぬこともないのじゃ!」

 ヴィヴィが機嫌よく言う。タントも嬉しそうだ。

 だが、トムは申し訳なさそうにする。


「心配してくれるのはありがたいけど、おいらたちだけで大丈夫だよ?」

「まあ、一応念のためにな」


 恐らくトムの宿屋に手を出す愚か者はいないだろう。

 それぐらい狼商会の名は売っておいた。

 だが、代官が赴任し治安が完全に回復するまでは油断できない。


「ヴィヴィ、留守番を頼む」

「わかっておるのじゃ。気楽に待っているとするのじゃ」


 そう言ったヴィヴィの腕にしがみついたままケィが言う。


「してんのー。まほうじんおしえてー」

「魔法陣かや? 難しいから無理だと思うのじゃ」

「えー」

「仕方ないのじゃ。代わりに簡単な魔法を教えてやるのじゃ」


 ケィは魔法に興味があるようだ。

 タントもケィの隣で目を輝かせている。魔法へのあこがれがあるのだろう。


 俺とクルス、フェム、モーフィ、そしてシギショアラと一緒にトムの宿屋を出た。

 クルスは相変わらず獅子の被り物をかぶっている。

 その上、今日のクルスはモーフィの背中に乗っている。とても目立つ。


「ふんふーん」

「もぅ、もっもー」


 クルスとモーフィはご機嫌だ。それをエルケーの人々は少し怯え気味に見つめていた。

 モーフィは可愛いので怯えさせる要素がない。やはり獅子の被り物が怖いのだろう。


 しばらく歩いて、治安の悪いエリアについた。


「ひっ」

 歩いていたチンピラがクルスを見て息をのむ。


「あの、ちょっと……」


 クルスはにこやかに語りかけた。

 だが、チンピラは気付かないふりをして、足早に走り去っていった。


「聞こえなかったのかな?」

「もぉ?」

「モーフィ、追いかけよっか?」


 クルスが追いかけようとする。一応止めたほうがいいだろう。

 過剰に怯えさせてもあまりよくない。


「まあ、クルス待ちなさい。聞こえたけど、忙しかったのかもしれないぞ」

「確かに、アルさんの言う通りかもですね。トイレを我慢してたのかな。そんな顔してたし」

「……そうだな」


 さらに少し歩くと、遠くにダミアンの姿が見えた。

 ちなみにクルスはダミアンとは面識がない。


「あっ」

 俺たちに気付いてダミアンは慌てて走り去ろうとする。


「フェム頼む」

『任せるのだ!』


 フェムが矢のような速さで駆けだした。すぐにダミアンに追いつく。

 ダミアンの背中の服を咥えて足を止めさせる。特に転ばそうとはしていない。

 だが、慌てすぎたせいで、ダミアンは勝手に転んだ。


「がう」

「なにも! なにも! 悪いことしないから、ほんとにしてないから!」


 怯えたダミアンが手足をバタバタさせている。

 俺たちもすぐに追いつく。


「ダミアン、久しぶりだな」

「へ、へい。今日は何の御用で? あ、誓って最近は悪いことしてませんよ!」

「じゃあ、なんで逃げたんだ?」

「獅子が怖くて……つい」

「なるほど」


 気持ちはわからなくもない。

 怯えるダミアンにクルスが顔を近づけて言う。


「君がトムいじめで有名なダミアンだね。顔は覚えた! これからよろしくね!」

 クルスは露骨に脅している。トムをいじめたということに腹が立っていたのだろう。


「ひぃ、ごめんなさい、ごめんなさい」

「怯えなくていいよ―。トムをいじめたりとか、悪いことしなければ特に何もしないよー」

「はい、二度といたしませんから!」


 俺は怯えるダミアンの肩に手を乗せる。


「ダミアン。この辺りに来たのは、聞きたいことがあってだな」

「へ、へい! な、何でも聞いてください」

「この辺りに孤児が住んでたりするのか?」

「へ? 住んでると思いますが、俺は特に何もしてませんよ?」


 それを聞いてクルスがにこやかに言う。

「それはなによりだよ。悪いことしてたら、ただじゃすまなかったよー」


 明白な脅しだ。ダミアンは顔を引きつらせた。

 怯えるダミアンに俺は優しく尋ねる。


「で、孤児たちがどのあたりに住んでるとか知らないか?」

「俺も完全に知っているわけではないんですが……」


 そう言いつつもダミアンは色々教えてくれた。

 最近、孤児たちが残飯を集めている場所や寝床などだ。


「そうか。今度孤児にあったら、優しくしてやれ」

「へ、へい! 肝に銘じます」

「もし孤児たちを見かけたら、お菓子をあげるからトムの宿屋に来るように伝えてくれ」

「わ、わかりました」

「子分たちにも、しっかり言い含めておけよ?」


 ダミアンは何度もうなずいた。

 これで、もし俺たちが孤児を見つけられなかったとしても大丈夫だ。

 ダミアンやその子分たちが伝言してくれるはずだ。


 それから俺たちはダミアンから教えてもらった場所へと向かった。

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