第356話

 ユリーナの父はにこやかに言う。


「ミリアは若いですが、とても優秀です。ご安心ください」

「優秀だなんて、とんでもないです」

「エルケーに派遣するのに、これ以上ない人材と言えるでしょう」

「そんな、過分なお言葉を……」


 ミリアは恐縮している。

 ユリーナの母は、モーフィを撫でる手を止めてミリアの手を取った。


「ミリアちゃん。うちの人はあんなこといってるけど……。大丈夫? エルケーって物騒なのでしょう?」

「はい、ご安心ください。私は大丈夫です」

「でも、私は……。心配だわ……」


 そしてユリーナの母は俺の方を見る。


「あの、アルフレッドさん。ミリアのことお願いいたしますね」

「はい。お任せください」

「モーフィちゃんも、フェムちゃんも……お願いね?」

「もっも!」

「わふ」


 お願いされたモーフィはミリアの匂いを嗅ぎまくっている。

 フェムは尻尾をピンと立てた。頼りになりそうな雰囲気を醸し出している。


「ミリアは頭はいいのだけど……。身体が弱くて、だから心配で……」

 ユリーナの母は、ミリアのことが凄く心配らしい。


「もぅも」

 ユリーナの母が心配するので、モーフィも心配になったようだ。

 ぱくっと、ミリアの手を咥えた。


「わっ」

 ミリアは驚いて声を上げた。

 いきなり牛に手を咥えられたら普通は驚く。


「すいません、うちのモーフィが……」


 俺は謝って、モーフィを離す。

 モーフィは当たり前に人の手を咥えすぎる傾向がある。

 俺やクルスならいいのだが、普通はあまりよくない。


「モーフィ、初対面の人の手をいきなり咥えたら駄目なんだぞ」

「もぅ」


 どうやらモーフィは納得したようだ。

 落ち着いたミリアはユリーナの母に言う。


「お言葉ですが……、私は別に身体は弱くは……」

「無理をしなくていいのよ。ユリーナと同じものを食べてもお腹を壊したし……」

「ユリーナのお腹が丈夫なんだと思う」

 クルスがそんなことを言う。俺もそう思う。


「それだけじゃないのよ。野犬の群に襲われた時も……」


 小さいユリーナは無傷で野犬をなぎ倒して追い返した。

 だが、その場にいた年上のミリアは怪我をしてしまったらしい。

 それも、ユリーナが異常なだけだと俺は思う。


「懐かしいわ。ミリアが私をかばって怪我をしたのだわ」

「いえ、ユリーナに助けられたのは私の方です。ユリーナが野犬を追い払ってくれなければ、私は野犬の餌でした」


 ユリーナとミリアはしみじみと語る。

 二人とも思い出にふけっているようだ。


「それって、ユリーナがいくつの時なんだ?」

「えっと、何歳だったかしら。十年ぐらい前だと思うのだわ」

「そうですね。ユリーナが五歳で私が十歳だった気がします」


 普通の子供は野犬に襲われたらひとたまりもないものだ。

 五歳で野犬の群を撃退するとは、やはりユリーナは只者ではない。


 ここまでの話を聞いて、俺は思った。

 おそらく、ミリアは身体能力的には普通なのだろう。

 ユリーナのせいで、ユリーナの母の普通の基準がおかしくなっているだけだ。


「クルスさん、アルフレッドさん。ミリアをお願いしますね」

 もう一度そういって、ユリーナの母は頭を下げた。


「わかりました。配慮いたします」

「ぼくも気を付けるね!」


 そしてクルスはミリアに笑顔を向ける。


「よろしくね、ミリア」

 クルスが握手を求めると、

「こ、これは勇者さま、よ、よろしくおねがいいたします」

 ミリアはガチガチに緊張した様子で、クルスの手を握っていた。



 それから俺たちは、早速ミリアと一緒にエルケーに向かうことにした。

 出発する前に、ミリアに転移魔法陣について説明する。


「なんと……。そのようなものが……」

「一応、秘密なのだわ」

「そのほうがいいと思います。儲けを出すのはさほど難しくないかもしれません」

 ミリアは真剣な表情だ。転移魔法陣の有用性に気づいたのだろう。


 リンミア商会を出る前にクルスが言う。


「アルさん、折角リンミア商会に来たんですし、資材も買ってからいきますか?」

「そうだなー。それもいいかも」

 俺たちがそんなことを話していると、慌てた様子でミリアが言う。


「お待ちください。何がどのくらい必要かはわかっているのでしょうか?」

「暖房のための薪が足りないのと、食糧が不足気味なのは確かだよー」

「なるほど。……それならば、折角転移魔法陣があるのですし、資材を仕入れる前に細かい事情を調べたいのですが……」

「一度エルケーに行ってみたほうがいいのだわ。

ミリアの見る目は鋭いから、ミリアに市場調査をしてもらってから、買った方が無駄がないのだわ」

「そんな、鋭くなんてないです……」


 ミリアは謙遜している。だが、ユリーナからの信頼は厚いようだ。

 俺たちは全員商売の素人だ。

 ミリアに見てもらってからの方がいいのは確かである。


「そうしてもらったほうがいいかもな。クルスはどう思う?」

「はい。ぼくもそう思います!」


 資金を出すクルス伯爵の同意が得られた。

 とりあえず、エルケーの街に先に行くことにした。


「とりあえず、ぼくの家に行くよー」

「はい」


 クルスの屋敷に移動して、そのままエルケーのトムの宿屋へ向かうことにした。

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