第340話

 男は魔王の玉座に座っていた。

 俺は男を睨みつけて言う。


「お前の方こそ、ずいぶんと好き勝手やってくれたみたいじゃないか」

「俺の城で、俺の街で、俺がどうしようが俺の勝手だ」


 男はそういうと、右手をあげて下に振りおろした。

 同時に十体ほどのゾンビが襲い掛かってきた。


 ユリーナが杖をふるい、こぶしで殴る。

 ヴィヴィの魔法が炸裂する。モーフィの頭突きも強力だ。

 あっという間にゾンビは駆逐された。


 俺は男の表情を見る。

 一瞬で手持ちのゾンビを倒されたというのに、特に焦っている様子はない。

 それだけ自身の力量に自信があるのだろう。

 

「ここはお前の街じゃないだろう」

「王国はそういうだろうな」


 実質的に、魔王城とエルケーの街の支配者だと主張している。

 そして、それは正しいようだ。


 とはいえ、それを俺は認めるわけにはいかない。

 王国貴族だから認められないのではない。

 子供を不幸にしているから認められないのだ。


 そもそもだ。

「魔王の名乗りは誰に許可をもらってやってんだ?」

 自分のことを魔王だと誇るつもりはない。

 だが、勝手に名乗られるのは心外だ。

 それも、このような民をどうとも思っていないようなものに名乗られたくはない。


 だが、男は俺の問いには答えなかった。


「……情けない男だ。露払いは全て女子供に任せやがって」

「子供じゃないのだわ」

「そうじゃそうじゃ!」

「もっもっ!」


 ユリーナ、ヴィヴィ、モーフィが抗議の声を上げる。


「しかも、女子供に運ばれて、恥ずかしくないのか?」

「…………」

「もっ!」


 俺は沈黙し、モーフィはびくっとした。

 返す言葉もない。痛いところを突かれてしまった。

 俺は、いまだにルカの小脇に抱えられていたままだった。


「……よいしょ」


 空気を読んだルカが、俺を床にそっと降ろす。

 俺はしっかりと自分の足で、床の上に立った。


「で、誰に許可をもらって、魔王なんて名乗ってんだ?」

 俺は何事もなかったかのように、言い直す。


「俺は魔王の正統後継者だ」

「先代の子どもか何かか?」

「誰が、お前に直答じきとうする許可を与えたか!」

 同時に強力な火炎弾が飛んできた。


「えぇ……」

 少し呆れてしまった。

 さっきまで普通に話していたのに。

 自称とはいえ、仮にも王をなのるなら短慮はやめて欲しい。


 俺は右手で火炎弾をはじきとばした。


「ヴィヴィ、あいつ、先代の魔王の後継者らしいけど、見覚えはあるか?」

「知らないおじさんなのじゃ」

「そうか。知らないか」


 魔王軍四天王だったヴィヴィも知らないらしい。

 もともと大した幹部ではないのだろう。


「王を舐めるな! おい」


 自称魔王が呼びかけると、二人、いやもしくは二匹が現れた。

 一匹は確実に魔人だ。魔人はとても強力な魔物である。


 魔人の中でも、大きな部類だろう。身長は人の二倍弱、横幅もかなりある。

 長い牙に、長く鋭そうな爪。

 それにいびつな角が額から一本はえていた。


 人の姿からかけ離れるほど強いのが魔人という種である。

 強力な魔人の中でも、かなり強い部類だろう。


 もう一人は仮面をかぶっている。角があるので魔族かもしれない。

 もしくは、人の姿に近い魔人、つまり弱い魔人かもしれない。


「あれはゾンビか? わかるか? モーフィ」

「もぅ……?」


 モーフィの鼻をもってしてもわからないらしい。

 倒してから調べればいいだろう。


「魔人がいるから、調子に乗っていたのか?」

「今ごろ後悔しても遅い。王の前である。頭が高いわ!」


 そう言って、また自称魔王が右手を振り上げた。

 その仕草が好きなのだろう。

 同時に魔人が大量の魔法の槍を放ってくる。


「頭が高いのはお前らの方だ」

 俺は左手でヴィヴィたちに魔法障壁を張る。

 同時に、右手で自称魔王たちに重力魔法を叩きつけた。


「うぐあ……?」

「ぐご……」

「ぐぐぐ」


 自称魔王と魔人、仮面の者はひざをつく。

 自称魔王は何が起こったのかわからない。そんな顔をしていた。


 ヴィヴィたちに向かった魔法の槍は魔法障壁に当たって砕け散る。

 ルカやユリーナは魔法の槍を剣と杖ではじいている。


「これって、魔法の槍だけじゃないわね」

「ただの槍も混ざっているから、注意しないといけないのだわ」


 ルカとユリーナは、そんなことを話しながら、飛んできた槍を手でつかみ取る。


「な、なにをした」

 俺は自称魔王の問いには答えず、ゆっくりと近づいていく。


「魔王なんだろう? 仮にも魔王を名乗るなら、このぐらい跳ね除けてみろよ」


 俺は重力魔法を徐々に強くしていく。

 室内だ。重力魔法の及ぶ範囲を限定させなければならない。

 天井まで範囲にいれれば崩落してしまうからだ。


「……ぐうううう」

「がっがっがが」

「……ううう」


 自称魔王たちは両ひざをつき、次に両手をついた。

 魔人は背中から、さらに二本の腕をはやしはじめた。

 まだ変形を残していたらしい。

 だが、新たに生えた腕も重力に負け、まるで地面に縫い付けられているようだ。


「魔王さま、随分と頭が低いじゃないか。まるで俺にひざまずいているみたいだぞ」

「貴様ぁ……」


 さらに近づきながら、重力魔法を強化する。

 自称魔王たちはまるで土下座しているかのような体勢になった。

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