第338話

 ギルドマスターは吐き捨てるように言う。


「そうだよ! 悪いか! 俺だって払いたくねえさ。だが、拒否した次の日、うちにいた唯一のBランク冒険者が殺されたんだ」

「殺されたって、穏やかじゃないわね」

「いくら何でも殺人は罰せられるのだわ」

「代官だって動かざるを得ないと思うのじゃ」


 ルカ、ユリーナ、ヴィヴィの言うとおりだ。

 殺人が放置されているのなら、無法地帯にもほどがある。


「もちろん、公的には事故死だよ。冒険者がクエスト途中に魔物に襲われて死んだんだ。事件性なんて皆無だろうさ」

「あんたには、自称魔王がやったっていう確信があるってことか」

 俺の言葉に、ギルドマスターにはうなずいた。


「その通りだ。去り際に自称魔王の使いは、明日不幸なことが起こらないといいなと、臭わせて帰っていったからな」


 そして次の日、いままで街の近くで見かけられなかった魔物に冒険者が襲われたのだという。

 ギルドマスターはつぶやくように言った。


「……あとはFランクのひよっこどもしかいない。あいつらを殺されるわけにはいかないんだ」


 ギルドマスターの新人を守りたいという気持ちはわかる。

 上納金を払ってしまうギルドマスターを責められない。

 俺がギルドマスターの立場だったとしても上納金を払うだろう。


「事情は分かった。そういうことなら、ますます自称魔王を放置は出来ないな」

「そうね、行きましょうか」

「おい、待て待て。俺の話を聞いてなかったのか?」

「聞いてたわよ」

「聞いてたなら……」


 遮るように、ユリーナがギルドマスターの前に自分の冒険者カードを出す。


「あのね。ルカだけじゃなく、私もいるから大丈夫なのだわ」

「……聖女ユリーナ・リンミア卿でしたか」

「それに、こいつはアルフレッドだし」

「あなたが、かの大魔導士……」


 そして、はっとした表情になる。


「アルフレッド・リント卿はひざを痛めて引退したのでは?」

「……まあ、それは間違ってはいないが、だいぶ戦えるようになったんだ」

「そうだったのですね」


 ギルドマスターは、全員の顔をきょろきょろ見る。


「あの、勇者様は?」

「クルスは王都でお留守番」

「……そうでしたか」


 あからさまにがっかりしている。


「クルスがいなくても大丈夫よ。偽の魔王ぐらい」

「もし、俺たちが帰ってくるまでに何かあったらトムの宿屋にいるティミショアラってのを尋ねるといい」

「トムの宿屋?」

 俺はギルドマスターにトムの宿屋の場所を教えておいた。


「ティミはとても強いからな。魔物に襲われてもトムの宿屋にさえ逃げこめれば助かるだろう」

「わかりました」

 半信半疑と言った表情で、ギルドマスターはうなずいた。


「まあ、終わったら報告に来るわね」


 そして、俺たちは冒険者ギルドを後にした。

 そのまま、まっすぐ魔王城に向かう。


 ヴィヴィはモーフィの背に乗りながら言う。


「うーむ。これは許せぬ所業なのじゃ」

「そうだな」

「りゃっりゃ!」


 シギショアラも怒っていた。

 その様子を見ながら、レアが思いつめた表情になる。


「あのっ! 私の兄のことですが!」

「どうした?」

「……もし、兄が悪事を働いているのなら、私に気を使わないでください」


 気を使わず、倒してくれ。そう言っているのだ。

 エルケーの街で多くに人が被害にあっている。

 だから、そんなことを言うのだろう。


「まあ、無理だと判断すれば、やめてくれとお願いされてもそうするさ」


 余裕がないのに、余計なことを考えれば全滅する。

 全力でつぶすしかない。


 だが、余裕があるのなら、レアの兄に限らず殺す必要はない。

 それだけのことだ。


「でも、余裕あるかしらね」

「自称魔王は魔人王クラスの可能性もあるのだわ」


 レアにかけられていた精神支配系の魔法。

 それを考えたら、相当に強い可能性がある。


「ティミを呼んだ方がいいかしらね?」

「まあ、大丈夫だろう」


 いざとなれば、魔法で拡大して大声で叫べばいい。


「もっも!」

「アルがいれば大丈夫なのじゃ」

「そうなのだわ」


 そんなことを話しているうちに、魔王城に到着する。

 自称魔王の手下らしきものたちが、門の横に衛兵のように二人立っていた。

 二人とも顔をすっぽり覆う黒い頭巾をかぶっている。服も真っ黒だ。


「さて、行くか」

「魔王城。懐かしいわね」


 俺は衛兵を無視して、中へと歩を進める。

 両横から、同時に無言で肩をつかまれた。


「もっもー」

 ――ドゴォ


 モーフィの頭突きが炸裂した。

 右側に立っていた、黒ずくめの男が吹き飛んだ。


「も?」

 吹き飛ばした後、モーフィは首を傾げた。


「モーフィ、どうしたんだ?」

「もっもー」

 ――ドゴォ


 モーフィは左側に立っていた男も吹きとばす。

「も?」

 そして、また首を傾げた。


「モーフィ、どうしたのじゃ?」

『ゾンビ』

「え?」

『ゾンビだった』


 モーフィは頭突きの感触でゾンビだと気づいたようだ。


「本当なの?」

 そういいながら、ルカは倒れている男に近づいて頭巾をめくる。

 途端に、軽く腐臭が漂ってきた。


「なんと……」

「本当にゾンビなのだわ」


 ユリーナが顔をしかめた。

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