第331話

 ダミアンの家の中は、思いのほかすっきりしていた。

 住居というより事務所といった感じなのだろう。


「てめえ、いったい……」

 途中で出会うチンピラたちは無視をする。

 殴り掛かってきた奴はねじ伏せる。


 ネグリ一家の本部に乗り込んだ時と同じ要領だ。


「おーい、ダミアーン、いるんだろー?」

 呼びかけながら、奥へと歩いて行く。


「ダミアン、早く出てこーい」

 しばらく怒鳴っていると、奥から一人の男がやってきた。


「俺がダミアンだ。お前は何者だ?」

「謎の狼仮面だ」

「はぁ?」


 狼の被り物をかぶっていないが、心は狼仮面である。


「知りたければ、王都の親分に尋ねればいい」

「まあ、いい。で、何の用だ?」


 一応話し合いに応じてくれるようだ。

 傍若無人なふるまいを見て、只者ではないとわかったのだろう。

 獣と同じである。

 自分より強そうだと思わせれば、話し合いにも応じてもらえるのだ。


 俺は途中で見かけた一番豪華そうな部屋に入る。

 そして、堂々と座る。


「まあ、ダミアン、立ち話もなんだ。座ってくれ」


 まるで主人のようにふるまう。

 そして、俺はダミアンに単刀直入に尋ねることにした。


「最近、精霊石の取引に手を出しているらしいじゃないか?」

「なっ?」


 少し驚いたようだ。

 なぜ知っているのか? 知りたそうだ。


「いや、なに。王都にいるネグリ一家の親分に聞いたんだよ」


 ダミアンに一瞬にらみつけられた。

 本当かどうか、疑っているのだろう。


「……それがお前に一体何の関係があるってんだ?」

「さる高貴なお方が、お前の取引相手から迷惑を受けていてな」


 さる高貴なお方とはクルスのことだ。迷惑とは伯爵領の被害のことをさしている。

 もちろん、ダミアンの取引相手が、黒幕だと確定しているわけではない。

 だが、どちらにしろ、ダミアンは悪党だ。

 ビルたちから、ダミアンが非道なことをしているとは聞いている。

 トムの宿屋の件もある。少々強引でもかまうまい。


「精霊石を買いたいと言っている奴について教えて欲しい」

「……いうわけないだろうが」

「それは困った。なあ、困ったな。ダミアン」

「お前が困ろうが、俺には関係ねえ」


 そこで、わざとらしく驚いて見せる。


「いやダミアン。何を言っているんだ? 困ってるのはお前だよ」

「はぁ?」

「どちらにしろ、さるお方がお怒りだ。落とし前をつけさせないとだめだろう?」

「それがどうしたってんだ! 俺には関係ねえ!」

「精霊石を買いたがっているやつを教えてもらえないなら……。お前に落とし前をつけてもらわなきゃいけなくなる」

「どうしてそういう理屈になるんだ! おかしいだろうが!」


 確かにダミアンの言うとおりだ。理屈がおかしい。

 だが、ダミアンが子供であるトムの家を奪おうとしている理屈もおかしいのだ。


 道理を守らない奴は、道理からも守ってもらえなくなる。

 ダミアンは弱肉強食の論理で、好きなようにふるまってきた。

 その報いが来たと思ってもらうしかない。


 俺はダミアンが何を言っているのかわからないといった表情を浮かべる。


「いや? どこもおかしくないだろう? お前が取引相手を隠しているんだから、お前にまず落とし前をつけさせる。当たり前の話だ」

「いやいやいや、それはおかしい。俺の取引相手が、何をしていようが俺には何の関係もねえ!」


 ダミアンの理屈が正しかろうが、俺は気にしない。

 こういう相手にはひいてはダメなのだ。

 相手の理屈をわかってしまってもダメである。


「おいおい、ダミアン。それは無責任がすぎるってものだろう?」

「はあ、知らねえよ」

「そういうことなら、俺も知らない」

「何を知らないってんだ?」

「お前が知ろうが知るまいが、勝手に落とし前をつけさせるだけだ」

「……てめえ。舐めたことを……。俺がネグリ一家の幹部だと知って――」

「親分には話は通してある。さっきも言っただろう?」


 そして、俺は笑顔を浮かべる。


「親分さんは、大変お話の分かる方だな。ダミアンがまことに申し訳ありませんでした。どうぞ落とし前をつけさせてくださいってさ」

「嘘をつくんじゃねえ!」

「嘘かどうか確かめたらどうだ? まあ、王都まで往復で一か月ぐらいかかるだろうが……」

「急いで確認させる。それまで待っていろ!」

「いやだよ、なんで俺が待つ義理があるんだ? 俺は俺で勝手に落とし前をつけさせてもらう。お前はお前で王都に確認しに行けばいいだろう?」

「それじゃあ、意味がないだろうが!」


 この時点で、俺の勝ちである。

 完全に俺がダミアンに落とし前をつけさせることが出来るとことを前提にしている。

 俺は一人だ。それなのに自分たちが負けることを疑ってすらいない。


「で、どうする? どうやって落とし前をつけるつもりだ?」

「金か? いくらだ」

「そうだな……」

 俺はクルス領と侯爵領。その大雪害の被害総額をそのまま告げる。


「は、はあ?」

 あまりの大金にダミアンは顔が真っ青になる。


「お金、随分儲けているらしいじゃないか」

「それでも、そんな額は……」


 俺は立ち上がる。そして、無言で金庫を探す。

 奥の部屋にそれらしいものを見つけた。


「金はここに入っているのか?」

「ち、ちがう」


 ダミアンは否定したが、怪しい。俺は金庫に向かって手を伸ばす。


「てめえ! いい加減にしろ!」

 その瞬間、ダミアンの子分たちが一斉に襲い掛かってきた。

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