第323話

 俺とフェムはネグリ一家のアジトに戻るビルたちの後をつける。

 歩きながら、幹部が言う。


「門に刻まれた血文字と言い、訳が分からねーことばかり起きるな……」

「……そうだな」

「どうしたんだ? ビル。顔色が悪いぞ」

「いや、大丈夫だ」


 ビルはだいぶ怯えていそうだ。

 いい調子である。このまま諦めてくれればいい。


 ネグリ一家のアジトの前に着くと、幹部がビルに言う。


「ビル、もう今日は帰れ」

「だが……」

「そんな顔色じゃ、脅したり因縁つけるどころじゃねーだろ」

「そうか……すまねえ」

「ああ、お前らも帰っていいぞ」

「すみません」


 びしょぬれになって、青い顔をしているチンピラたちも帰宅を許されたようだ。

 確かにずぶぬれの状態で因縁をつけても迫力がない。


『どうするのだ?』

『一応、ビルの後をつけてみるか』

『わかったのだ』


 ビルはきょろきょろしながら歩いていく。怯えているようでよかった。

 自宅にまっすぐ帰っていく。


 ビルが自宅に入って、間もなく。


「うわあああああああ」

 悲鳴を上げて、飛び出してきた。


『熊の首を見たに違いないのだ』

『おそらくそうだな』


 走って飛び出した、ビルは家の前で子供を捕まえる。


「俺の家に誰か入って行くのを見たか?」

「い、痛いよ」

「いいから答えろ!」

「狼が入って行くのを見た」

「……なんだと」


 呆然としたビルの手から逃れて子供は距離をとる。

 ビルはとぼとぼと歩き出した。


『また、アジトに戻るのだな?』

『アジトで眠るんじゃないか? ベッド汚しておいたし』


 そして、ビルはネグリ一家のアジトに戻って行った。


『どうするのだ? そろそろクルスたちと合流するのだな?』

『そうだな。そうしようか』


 俺とフェムがクルスたちのいる小屋に戻ろうとしたとき、チンピラたちが帰ってきた。

 人数は十人ほど。先程アジトから走っていったチンピラたちだ。

 チンピラたちは、慌てた様子でアジトの中へと駆けこんだ。


『随分と慌てていたのだ』

『少し気になるな』


 俺はアジトの建物に近づく。そして聴力強化の魔法をかけて中の会話を聞いてみる。


「小屋は取り戻せたのか?」

「とんでもねえ! 絶対無理ってもんだ」

「はあ、十人もいて、小さな小屋一軒も取りもどせねーのか」

「化け物がいたんですよ!」

「化け物?」

「獅子頭の化け物と、牛が……」

「そいつら恐ろしい強さで……」


 チンピラたちはクルスとモーフィの恐ろしさを語っている。

 幹部はチンピラの戯言だと思ったのだろう。チンピラを怒鳴りつけていた。


『幹部はビル以外、俺たちの恐ろしさをわかっていないようだな』

 このままだと、幹部が別のチンピラに命じて嫌がらせをするかもしれない。


『今のうちにネグリ一家自体に釘をさすか』

『どうするのだ?』

『こうするんだ』


 俺は姿隠しの魔法を解除してネグリ一家の建物に向けて、堂々と歩いていく。

 フェムもついてきてくれる。


「おい、なんだお前は」

 チンピラに呼び止められたが無視をする。そのまま扉を開いて中に入る。


「おい、てめえ!」


 後ろから肩を掴まれた。その手を掴んでねじ伏せる。

 チンピラたちがどんどん集まってくる。とりあえず無視して奥へと入って行く。

 俺に殴り掛かってきた奴は、体表面すぐ近くに張った障壁で防ぐ。

 まるで鋼を殴ったような感触だろう。

 俺に掴みかかった奴は全部ねじ伏せる。

 刃物で襲われるが、それも障壁で弾いておく。


 チンピラに囲まれながら、最奥に行くと老人がいた。

 老人は俺とフェムを睨みつける。


「なんだ、てめえは」

「親分すみません! こいつ止まらなくて!」

 チンピラが叫んだ。


 どうやら親分らしい。

 俺は周囲にいるチンピラ十人をとりあえずなぎ倒した。

 そうしておいて、親分の前の椅子に座る。

 偉そうに見えるように足を机に投げ出しておいた。

 親分の後ろの方には、ビルが顔を青ざめさせて立っている。


「さて、邪魔な奴には大人しくなってもらったところで、お話を聞かせてもらおうか?」

「こんなことしておいて……」


 何かを言っているが俺は無視をする。


『フェム。元の大きさに戻っていいぞ』

『わかったのだ』


 フェムが一気に巨大になる。

 チンピラたちから悲鳴が上がった。


「はぁ? てめえ何者だよ!」

 さすがは親分である。フェムに怯えながらも、虚勢を張る。


「随分と俺の友達のトリル・トルフをいじめてくれたそうじゃないか」

 親分は後ろにいるビルを見る。そして、俺たちに向き直る。


「ただの取引だ。いじめてはいない」

「そうか。俺もそのただの取引ってやつをしたい。魔王領を差配しているとかいうネグリ一家の幹部について教えてくれ」

「なぜお前なんかに……」


 親分が何か言いかけたので、足を引っ込めて、親分の右手を掴んで机に乗せる。

 そして、手のひらをチンピラの持っていたナイフで机に縫い付けた。


「ぐがああああああ」

「よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」


 それでも、親分はまだ粘る。

 手のひらから血を流しながらも、にらみつけてくる。


「こんなことをして……」

 俺はナイフを引き抜くと同時に、俺と親分の間の机を天井まで蹴りあげる。

 砕けた机の破片が周囲に散らばった。


「よく聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」

「てめえ……」


 幹部の一人が、俺の肩に手を置いた。

 瞬間、フェムが幹部の腕をあまがみして振り回す。幹部は壁に激突して気絶した。

 俺は、親分の左手を掴んで床に置く。


「俺は耳が悪いんだ。もっと、はっきり、言ってくれ」

 一語一語区切るようにして言う。そして俺はナイフを構える。


「ま、まて!」

 親分はビルに言う。


「おい! あれを持ってこい」

「いいんですか?」

「良いも悪いもあるか! いいから持ってこい」


 何か秘密兵器でも持ってくるのだろうか。

 楽しみにして待っていたのに、ビルが持ってきたのは書類だった。


「これに俺たちの知っていることは全部書いてある」

「さすが親分、話がわかりますね」

「抜かせ。俺たちにはもう手を出すな」

「いや、それは出来ない。これから旧魔王領の幹部とやらに挨拶に行くからな」

「……王都の俺たちには手を出すな」

「今回の件に限っては、必要がない限り手を出さないでおいてやる」

「……わかった。それでいい」

「小屋はもらっておくぞ」

「好きにしろ」


 目的は果たした。帰り際、念を押す。


「いいか? 約束を破ったり、トルフ商会に手を出すようなことがあれば、いつでも何度でも来るからな?」

「……わかった」

「狼はいつも見ているぞ」


 意味深に告げて、俺とフェムはネグリ一家のアジトを後にした。

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