第274話

 事務局長は動かない。完全に気を失っていた。

 心優しいステフは不安そうにする。


「だ、大丈夫なのです?」

「大丈夫だよー」


 クルスは笑顔で返事をした。

 遠目からでも事務局長が息をしているのはわかる。外傷もない。

 だから、戦闘慣れしたクルスには気を失っているだけだとわかるのだ。


 クルスは会長に向かって、改めて言う。

「会長。今度こそ、ステフちゃんの勝利でいいですか?」

「……そのようですね」


 しぶしぶといった表情で、会長は敗北を認めた。


「ステフちゃん、おめでとー」

「あ、ありがとうなのです」

 クルスがステフのもとに駆け寄っていく。


 俺は念のために事務局長のもとに駆け寄る。脈や呼吸を調べた。

 ヴィヴィもついてきてくれる。


「どうなのじゃ?」

「気絶しているだけだな」

「そうか。まるで断末魔のような悲鳴だったのじゃ。肝が冷えたのじゃぞ」

「こんな奴でも死んだら寝覚めが悪いからな」

「うむうむ。そうなのじゃ」


 俺は事務局長の顔に、魔法で冷たい水をかけた。


「ふわあ…………、あああああああ」


 気絶から立ち直ると、すぐに変な声を出した。

 そして、俺とヴィヴィをみてまた変な声を出して後ずさる。

 目覚めたばかりのところに、狼と牛の被り物が目に入ったのだ。

 化け物に見えたのかもしれない。


「元気そうで何よりだな」

 皮肉を言って、俺はクルスたちの元へ戻った。


 クルスは会長に笑顔で話しかけていた。


「あまりにも勝負にならなかったですね。まだ試合しますか?」

「そうですね……」


 会長はあまり乗り気ではないようだ。

 だが、見物していたギルドの魔導士の一人が叫ぶ。


「事務局長は偉大な魔導士だったが、現役を退いて、数年経っておられるのだ」


 事務局長は魔導士としての能力は未だ衰えていないと、会長が言っていた。

 ただの負け惜しみだろう。


「どうりで。弱すぎると思ったぞ」

 だから俺は煽る。途端に、その魔導士は顔を真っ赤にする。


「我が兄弟子たる事務局長を侮辱するのはやめていただきたい」

「先に俺たちの仲間を侮辱したのはそっちだろうが」

「獣人が出来損ないなのは事実だ! 侮辱ではない!」

「……その獣人の魔導士に負けた魔導士は、どれだけ出来損ないなんだろうな?」

「事務局長は油断しただけだ! 詠唱途中で攻撃を仕掛けるなど」

「ははは。実戦でも、そんな言い訳をするのか? 随分とぬるい環境で戦ってきたんだな」


 俺の言葉で、魔導士はいきり立つ。


「俺と戦え獣人!」


 ステフは困ったような表情で俺の方を見た。俺は頷き返す。


「わかったのです。お相手するのです」

「よくぞ、試合を受けたものよ。卑怯な奇襲は、二度と通用しないと知れ!」


 そして、次の試合が始まった。

 奇襲は通じない。そう宣言した魔導士の対策は魔法障壁を張ることだった。


「これで、お前の攻撃は俺に通じない!」


 魔導士はどや顔だが、魔法障壁が薄い。普通に撃てば壊せるだろう。

 それに小さい。軌道を変えれば、難なく当てることができるだろう。

 

 それを見て、ステフは困惑する。

 罠かもしれないと警戒しているのだ。


 ヴィヴィも困ったような顔でこちらを見る。


「アル、アル。あれは、なんの冗談じゃ?」


 だが、魔導士ギルドの魔導士たちの感想は違うらしい。


「さすが! 隙の無い作戦だ」

 などと言っている。


 軍務卿が会長に尋ねた。

「彼は優秀な魔導士なのですか?」

「もちろんです。若手でもトップクラスに優秀な魔導士ですよ」

「トップクラスですか? それはすごい」

「王宮の宮廷魔導士に近々推薦しようと考えています。その際はよろしくお願いいたします」


 王宮の宮廷魔導士になるには魔導士ギルドの推薦が必要だ。

 大貴族のお抱え魔導士などもそうだ。


 一応、王宮の方でも審査することにはなっている。

 王宮側の審査の中心は魔法の専門家である宮廷魔導士たちだ。


 だが、魔導士ギルドの会長や副会長、専務理事は、歴代の宮廷魔導士長などばかり。

 その魔導士ギルドから推薦された人材を、現役の宮廷魔導士が拒否することはまずない。

 現役の宮廷魔導士たちにとって、魔導士ギルドの幹部は先輩なのだ。

 そして、魔導士ギルドは定年後の就職先でもある。


「優秀な魔導士が宮廷魔導士になってくださるのは、国家のためになります。歓迎ですよ」

「ありがとうございます」


 軍務卿と会長が話していると、ステフが尋ねる。

「もう、はじめてもいいのです?」

「ふん、手も足もでまい」


 ――ドガガガ……

「ぎゃああああああああああああああ」


 ステフは軌道を変えて、障壁を避ける方法を選んだようだ。

 障壁を避けた火炎弾が、魔導士を襲った。

 魔導士は全身火だるまになって絶叫する。


「あー、あれは痛いんだ」

 ステフを馬鹿にした魔導士でないのなら、同情していたところだ。


「熱いのではなく、痛いのじゃな?」

「もちろん熱いが、熱い以上に痛いぞ」

 俺も火炎魔法で火傷したことがある。とても痛かった。


「そうなのじゃな」

 ヴィヴィがうんうんと頷いていた。


 そんなことを話している間に、魔導士は気絶していた。

 それを見てクルスが会長に言う。


「今回もこっちの勝ちでいいですよね?」

「……そうですね」


 二連敗したことが、受け入れられないのだろう。

 観客の魔導士から、ヤジが飛んでくる。


「最強の魔導士を出したんだろう、卑怯だぞ!」

「なにが、最強だ! 獣人は魔導士として出来損ないといったのはお前らだろうが!」


 俺が怒鳴りつけると、大人しくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る