第242話

 ティミショアラは雪に覆われた精霊石の像の正面に滞空する。


「りゃありゃあ!」

 少し興奮気味にシギショアラが鳴いた。その目はしっかりと雪像を見つめている。

 ただの雪の像に過ぎない。意思も魂もない。

 それでも、姿かたちはシギショアラの母のものだ。


「ティミ。少し待ってくれ」

「わかったのである」


 それから俺はシギの頭を優しく撫でる。

 シギは母の姿を知らない。

 黙っていればシギには、あれが母の姿によく似ていると気づかないかもしれない。

 だが、俺には黙っていることなんてできない。


 仮に精霊石の像であっても、そっくりなのだ。

 教えてあげたほうがいいだろう。


「シギ。あの像はシギの母上によく似ている」

「りゃあ」


 シギは目を輝かせた。


「ティミ。近くに寄ってくれ」

「良いのか?」

「うむ」


 ティミはふわりと精霊石の像のすぐ近くまで近寄る。

 周囲のジャック・フロストたちからの激烈なる精霊魔法による攻撃に襲われた。


 俺は左手で魔法障壁を展開する。

 展開した場所はティミのさらに下。障壁に精霊魔法がガシガシ当たる。


 それから俺はジャック・フロストの攻撃をしのぎつつ、ティミの頭の上に移動する。

 そして、精霊石の像に右手を触れた。とても冷たい。ただの雪よりはるかに冷たい。

 シギも俺の真似をして精霊石の像に手を触れる。


「これはただの像だ。シギの母上ではない。でも、ものすごく似ている」

「……りゃあ」


 シギは精霊石の像に手を触れながら、鳴いていた。

 シギの気が済むまで触らせてやりたい。

 だから、俺は精霊魔法を障壁で防ぎ続ける。


 しばらくして、シギは精霊石の像から手を放して、こちらを見る。


「遠くからも見てみるか?」

「りゃ」

「ティミ、頼む」

「了解である」


 ティミは、少しだけ像から離れる。

 そして周囲をゆっくりと回った。


「大きいだろう」

「りゃあ」

「シギの母上はとても立派な古代竜だったぞ」

「りゃ」


 しばらくシギは母の像を見つめていた。

 それから、俺の顔をぺちぺち叩いた。


「もういいのか?」

「りゃあ」


 俺は改めてシギに言う。


「シギ、この精霊石の像は壊さないと駄目なんだ」

「りゃあ?」

「シギの母上の魔力の残滓に精霊が集った。そしてこの像になったんだ」

「……りゃ」

「このままだと、ジャック・フロストがあふれて、みんなが困ってしまう」

「……」

「ごめんな」

「りゃっりゃ!」

 俺が謝ると、シギは怒ったように鳴いた。


「アルラよ。シギは理解しておるぞ。この雪像の姿が母のものだと言うことも。この像を壊さなければ皆が困るということも」

「シギは賢いな」

「だからこそ、シギはアルラに謝ってほしくないそうだ」

「そうなのか?」

「りゃ」


 静かに返事をしたシギは綺麗な目をしていた。

 決意を固めた、腹の据わったいい目だ。


 シギの母親の像を壊すことに、覚悟が足りなかったのは俺の方らしい。


「ティミ。そろそろ行くか」

「もうよいのか?」

「ああ」

「シギショアラ。そなたも良いのか?」

「りゃあ」

「そうか」


 それから、ティミは一度、高度を上げた。

 ジャック・フロストからの攻撃が届かなくなる。


「アルラよ。どうする? 我はアルラの指示に従おう」

「そうだな。今回使うのは魔力弾だから、小細工はできない」


 大魔法につきものである詠唱など魔力弾にはない。

 ただ、純粋に魔力をぶつけるのだ。


「距離は近い方がいいのだが……」

 魔力は距離による減衰が大きい。近いに越したことはない。


「だが、あまり近づくと、ジャック・フロストどもの精霊魔法が飛んでくるぞ? 攻撃を防ぎながらとなると不安ではないか?」


 ティミの言うとおりだ。

 魔法障壁を展開しながら、魔力弾を撃つことは容易い。

 だが、今回は、全力で特大の魔力弾を放たねばならない。

 そうなると、魔法障壁すら展開したくない。


「我の体で受け止めても良いぞ?」


 ティミはそんなことを言う。

 たしかにティミは強大なる古代竜だ。

 ジャック・フロストの精霊魔法を食らっても、たやすくおとされることはない。

 それでも、痛くないわけがない。ダメージは入る。


「そうだな……急降下しながら、至近距離で全力の魔力ブレスと魔力弾を撃ち込むか?」

「面白いことを考えるものだ!」

 そう言ってティミは大きな声で愉快そうに笑う。


「だが、理にかなっておるな! さすがアルラだ!」

 急降下すれば、精霊魔法の範囲に入るのは一瞬だ。

 ジャック・フロストが魔法を放とうとしたころには、もうこちらは攻撃を終えている。


「それでいこうぞ!」

 ティミは、旋回しながら、さらに高度を上げた。

 一応、クルスとルカに言う。


「聞いていたと思うけど、急降下からの攻撃するから、落ちないようにな」

「了解です!」

「ほんと、恐ろしいこと考えるわね」


 クルスは楽しそうに、ルカは呆れたように言う。


「シギ。ちゃんと懐に入っておきなさい」

「りゃ!」


 シギは俺の懐に入ると、顔だけ出して、しっかりと前を見る。

 母の像が消える瞬間を見届けようというのだろう。


「ティミのタイミングでいいぞ。こっちはいつでもいい」

「了解である」


 さらに何度か旋回した後、

「アルラ。行くぞ!」

「おう」


 ティミはふわりと一瞬上にあがった後、垂直に近い角度で降下する。

 俺はティミの頭の上に乗ったまま、角を掴んで足を踏ん張る。

 左ひざに力が入って、正直痛い。だがそんなことは言ってられない。


 クルスたちも鱗にしがみついていることだろう。

 クルスとルカたちなら振り落とされることもあるまい。


「りゃああああああ」


 シギが大きな声で叫んでいる。

 ティミは自由落下よりも速い加速で、落ちていく。


「いっけええええええ」

「RYAAAAAAAAAAA!」


 俺とティミは叫びながら、精霊石の像へと魔力弾と魔力ブレスをぶち込んだ。

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