第222話

 気絶したステラがぐしゃりと崩れ落ちる。俺は頭を打たないよう駆け寄って支える。

 ステラのローブの下半身はぬれていた。


 だが、それ以上にステラの頭に突如はえた獣の耳が目をひいた。

 ローブの下から結構太めの尻尾も見えている。


「獣人だったのか」

『匂いでわかるのだ』

「人はそこまで鼻がよくないんだよ」

「わふ」


 俺とフェムが話しているとシギショアラがぱたぱた飛んできた。

「りゃ?」

 ステラの胸のあたりにとまって、心配そうに頬を撫でている。


『水を持ってきた方がよいか?』

「うん。頼む」

『わかったのだ。モーフィ、付いてきて欲しいのだ』

「もっも!」


 フェムがモーフィをつれて駆けて行った。

 ティミの咆哮で魔狼たちが怯えているかもしれない。

 だから、フェムは魔狼たちの様子も見たいのだ。


 そして、魔狼たちの様子によっては、フォローしなければならない。

 それゆえ、モーフィを連れて行ったのだろう。


 ティミは巨大な竜の姿のまま、ステラに顔を近づける。


「ふむ。攻撃魔法を撃つまでもなかったであるな」

「そりゃなぁ」

「アルラの姪弟子相手に、我はやりすぎてしまったかのう?」

「いや、ティミと戦いたがったのはステラだしな」

「そうであるか」

「むしろ相手してくれてありがとうな」


 俺がお礼をいうと、ティミの鼻息が荒くなる。

 照れているのかもしれない。

 荒くなったティミの鼻息で、木々がざわめくので騒がしい。


「なんの。だが、シギショアラにも一度、戦闘魔法を見せたかったのだがな」

「りゃ?」

 ステラを撫でていたシギが首をかしげる。


「今回は、戦闘魔法を使う機会がなかったのだが……アルラ……その」

「わかってる。今度は俺が相手させてもらうぞ」


 ティミがぶるりと体を震わせた。それだけで地面が少し揺れる。


「ありがたい! アルラと試合できるのは楽しみだな!」

「りゃ! りゃ!」


 シギも楽しみなのだろう。羽をバタバタさせた。


 その間ずっと、俺はステラを支えている。

 地面に横たえるにも、今は冬。地面がとても冷たいのだ。

 体温を一気に奪われてしまう。


 そんなステラの顔を心配そうにヴィヴィが覗き込む。


「あ、相変わらずティミの咆哮は強烈なのじゃ……」

 ヴィヴィはステラの頬に触れ、それからシギの頭を撫でた。


「お? 今回、ヴィヴィは気絶しないんだな」


 いままでヴィヴィは気絶しまくっていた。

 それで、ティミと一緒に訓練したのだ。その成果が出たのだろう。


「うむ。本気の咆哮なら耐えられる自信はないが、今日のはティミにとっては深呼吸みたいなものじゃろうし」

「まあ、そうなのだが。ヴィヴィの咆哮耐性が成長しているのは確かであるぞ」


 ティミはそう言って、ヴィヴィの体に鼻をつけた。

 そんなティミの鼻をヴィヴィは撫でる。

 とはいってもティミは鼻だけでも、ヴィヴィよりはるかにでかい。

 不思議な光景だ。


「ティミ、そろそろ人型に戻った方がいいかもしれないぞ」

「む?」

「ステラが起きたら、また気絶しかねないからな」

「それもそうであるな」


 ティミはあっという間に人型に戻った。


「もっもー」

 モーフィがコレットを背に乗せて駆けてきた。

 コレットは水の入った革袋を持っているようだ。


「おっしゃん、小屋にも鳴き声聞こえたよー。ティミちゃん?」

「そうだ。ティミちゃんの声だぞ」


 村からはそれなりに距離がある。

 それでも響いたようだ。


「ステラねーちゃんは気絶しちゃったかー」

 コレットはモーフィから降りると、俺に抱えられたままのステラに駆け寄る。


「普通は気絶するのじゃぞ」

「そうなのかー。ティミちゃんすごいねー」

 コレットは笑顔でティミを見る。

 だが、ティミは困ったような表情をしていた。


「む、村人は気絶しておらぬか?」

「大丈夫だよー」

「そ、そうか」


 時刻は夕方。ほとんどの村人は家の中にいたのだろう。

 冬ということもあり、窓を閉めていたのも良かったのかもしれない。


「一応、指向性も考えて村には向かわないようにはしたのだが……、以後は、より気をつけるようにしよう」


 ティミは反省しているようだった。


「モーフィ。フェムは?」

『おおかみこや』

「フェムちゃんは、一応魔狼ちゃんたちを安心させてから来るって」

「そうか」


 片言のモーフィの言葉をコレットが補足してくれた。


「おっしゃん。ステラねーちゃんの試合はもうおわったんでしょ?」

「そうだぞ」

「おねーちゃんが夜ご飯もできるし、そろそろ帰って来いってー」

「そうか。それはありがたい。ステラはおぶって帰ればいいかな」

「もっ!」

「モーフィ。乗せたいのか?」

「もう!」


 相変わらず、モーフィは背に人を乗せるのが好きらしい。

 ステラをモーフィの背に乗せようと横抱きに抱えなおす。その時、ステラの目が開いた。


「……はっ!」

「お、目覚めたか。大丈夫か?」

「は、はい、師匠、お見苦しいところを見せたのです……」


 そして、はっとして顔を赤らめる。

 股の辺りに手をやった。漏らしたことに気づいたのだろう。

 俺は知らないふりをする。ヴィヴィで慣れているのだ。


「しばらくは安静にしておけ」

 俺はそのままステラをモーフィの背に乗せた。


「はい、ステラねーちゃん」

「あ、ありがとうございます」

 コレットがステラに水を飲ませていた。


「もっもー」

 モーフィがご機嫌に歩き始める。


「あ、あの……」

 ステラが何かを言いかけた。


「とりあえず、弟子入りとかのお話は後でな」

「……はい。ご迷惑をおかけするのです」

「おねーちゃんが夜ご飯を作って待ってるよー」


 コレットがモーフィの横を歩きながらご機嫌にそういった。

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