第218話

 ステラはしばらくうつむいた後、顔を上げる。


「それは私の力量が乏しいから弟子にとれない。そういうことなのですか?」

「いや、そういうわけでは……」

「才能が不足。そういうことなのですか?」

「そういうわけでもないんだが……」


 むしろ逆である。

 フェムと俺に気づかれずに接近した力量があるならば、もう一人前だ。

 俺の兄弟子であるステラの父から教えてもらったことを大切にしていけばいい。

 それが、師の体系を引き継ぎ発展させることになるだろう。


 そんなことを、俺はステラに説明する。

 だが、ステラは納得していないようだ。


「やはり私が未熟だからなのですね……」

「いや、それは違うぞ。ステラは充分優れた魔法使いだと思う」


 俺が正直にそう伝えても、ステラは首を振る。


「師匠は重力魔法を同時複数操ると聞いているのです。そのようなこと、私には想像もできないのです」


 俺は確かに重力魔法を使ってはいる。だが、なぜ知っているのだろう。

 少し気になる。


「どこでそれを?」

「魔王討伐の際に使ったと聞いているのです。有名な話なのですよ」

「なるほど。そう言えばそうか」


 ムルグ村に隠遁するまで、身分を隠したりしていなかった。

 能力も取り立てて隠してもいなかった。


 魔王討伐後、俺たちは王侯貴族の主催する色々なパーティーに参加した。

 その際、貴族たちは俺たちに討伐時の話を聞きたかがった。


 俺もクルスたちも、討伐後でとても嬉しかったので気前よく話したものだ。

 どんな恐ろしいモンスターがいたか、魔王がどれほど強かったのか。

 どんな魔法を使って、危機を切り抜けたなどなど。


 そのせいで、俺の使う魔法の情報は噂として流れたのだろう。


「魔導士ギルドなどで、我が父の名を出すとアルフレッド師匠のことを尋ねられることも多いのです」

「それは迷惑をかけた」

「いえ、迷惑などでは! 英雄たる魔王殺しの一員、アルフレッド師匠の姪弟子であることは光栄な限りなのです」


 姪弟子とはあまり聞かない言い方だ。

 だが、兄弟子の弟子なので、姪ということになるのだろう。


「ところで、どうして俺がここにいるって知ったんだ?」

「とある男爵家を首にされた若者と中年の戦士が酔っ払いながらすごい魔法を使う魔導士がいるって言っていました」


 恐らく臨時補佐と、そのお付きだった奴だろう。


「そいつにはどこで?」

「鉱山です。罪を犯したらしくて懲役を食らっているみたいでした。私は魔法による鉱脈調査依頼で鉱山に行って会ったのです」


 おそらくミスリルかオリハルコンの鉱山だろう。

 それらの金属は魔力と親和性が高いので、魔導士による鉱脈調査が有効だ。

 鉱脈調査は魔導士ならば誰にでもできるといった類のものではない。

 難度が高く、熟練の技術と高い魔力が必要とされる。

 それゆえ、鉱脈調査の報酬額は高いのだ。

 

「やっぱり、ステラは一人前だな」

「いえ、私は天才ではありますが、まだ未熟です」


 天才と自負しているくせに、微妙に謙虚だ。不思議な自己評価だ。

 ステラがもう一度頭を下げる。


「アルフレッド師匠! 私にも重力魔法を教えてください」

「うーん……」


 ステラは一人前の魔法使いだとは思う。

 だが、重力魔法は容易には使えない。人族で使えるのは俺ぐらいだろう。


 人族より魔力の高い魔族でも前魔王ぐらいしか使い手がいない。

 そうヴィヴィは言っていた。そのぐらい難度が高いのだ。


 重力魔法を習得しようと無駄な努力を費やすよりも、別の魔法を練習したほうがいい。

 俺は正直につたえてやることにした。それが優しさだ。


「ステラが重力魔法を習得するのは無理じゃないかな」

「やはり、私が未熟だからなのですね……」


 違うとは言えない。重力魔法を使うには未熟ではあるのだ。

 ステラの弟子入りの目的が重力魔法にあるのなら俺にできることはない。


「だが、ステラは一人前の立派な魔導士だと思うぞ。独学で自分の得意な魔法を極めるといい」


 ステラはうつむいて、こぶしを握り締めプルプルさせている。

 天才魔導士と自称するぐらいだ。プライドが高いのかもしれない。


「私が強い魔導士だって証明すれば、重力魔法を教えてくれますか」

「いや、そういうわけでも……」


 ステラはミレットを見る。


「師匠のお弟子さんと戦って勝ったら、教えてくれますか?」

「ミレットは夏の終わりに魔法の勉強を始めたばかりだから。戦ったらステラが勝つのは当たり前だぞ」

「じゃあ、そちらの魔族に勝てれば……」


 次にステラに目をつけられたヴィヴィが言う。


「わらわなら戦ってもよいぞ?」

「いや、ヴィヴィは優れた魔導士だが、戦闘専門ではない。研究者よりの魔導士だからな」

「それはそうじゃが……」

「ヴィヴィに魔導士として勝ったと言いたいなら、研究で勝たなきゃ意味はあるまい」

「ぐぬぬ」


 俺にそう言われて、ステラは悔しそうにする。


 一回ぐらい俺が戦ってやるべきか。

 俺がそう考え始めたころ、倉庫の扉が開かれた。


「あら、知らない少女がいるわね。アルの知り合い?」


 出てきたのは戦士ルカだ。転移魔法陣を通って、王都から帰ってきたのだろう。

 ステラはルカをみて、バックステップで距離をとって身構える。

 強さを感じ取ったのだろう。なかなか勘が鋭い。


 ステラはルカを見て言う。


「じゃあ、あの方に勝てたら教えてくれますか?」

「いや、ステラじゃ勝てないだろ」

「師匠がそういうのなら、なおさら戦ってみたくなったのです」

「なに? 試合? 私は構わないわよ? 暇だし」


 ルカは機嫌よさそうにそう言って笑った。 

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