第214話

 別にユリーナの父に会うこと自体は構わない。

 だが、ユリーナの恋人として、ユリーナの父に会うのは気が進まない。


「えー。それはな」

「お願いなのだわ!」

「でも、もう婚約解消したんでしょ?」


 ユリーナがつぶやくように言う。


「またお見合いとかさせられるかもしれないし」

「当分大丈夫なのでは?」

「それがそうでもないの……」


 リンミア家にも色々あるのだろう。


「まあ、いいけど……」

「本当? ありがとう。アル大好きだわ」

「えぇ……」


 そう言って抱き着いてきた。絶対酔っていると思う。


「飲みすぎるなよ?」

「全くのんでないわ」


 少し頬の赤いユリーナがそう言った。



 次の日の朝。

 朝ごはんを食べると、すぐに王都へ向かうことになった。


 ユリーナと二人で転移魔法陣を通って、王都のクルスの屋敷に向かう。

 すると、フェムとモーフィがすでに転移して待っていた。


「わふ」

「もっもー」


 フェムはびゅんびゅんと尻尾を振っている。


「む? フェム、モーフィ来ちゃったのか」

「もう!」「わふ」


 フェムもモーフィも最近、同行を断られることが多かった。

 だから、あらかじめ転移して待っていたのだろう。

 策士な狼と牛である。


「仕方ないなー」

「フェムもモーフィも大人しくしているのよ?」

「もっ!」「わふぅ」


 ユリーナに撫でられて、フェムとモーフィは嬉しそうに鳴いた。

 ちなみにシギショアラはいつものように俺の懐の中である。

 とても大人しい。朝ごはんを食べた後なので、寝ているのかもしれない。


 魔法陣部屋を出た直後に気が付いた。


「あ、まずい。変装忘れてた」

「別に変装しなくても……」

「いやー、ばれたら面倒だからな」


 俺は狼の被り物をかぶっておいた。

 それからフェムとモーフィを連れて、リンミア家に向かう。

 10分ほど歩いて、リンミア家に到着した。


「でかいな」

「わふぅ」「もぉ」

「そうかしら?」


 豪商だけあって、とても大きい。フェムとモーフィも見上げていた。

 リンミア家の屋敷の近くにはリンミア商会の店もある。

 そっちもかなり大きい。


「さて、行くわよ。アルには迷惑をかけるけど……お願いね?」

「任せろ」


 ユリーナが手をつないでくる。

 そしてそのまま屋敷の中に入って行く。


「お、お嬢様、そちらの方は……」

 執事が俺を見て驚いていた。被り物のせいだろう。


「あ、アル。もう被り物はいいかも」

「それもそうか」


 リンミア家の執事たちは口が堅いので安心だ。

 そのまま、応接室的なところに通された。

 お茶やお菓子も出される。


「りゃ!」


 お菓子の匂いでシギが俺の懐から顔を出す。


「もっも」

 モーフィもユリーナに鼻を押し付けておやつをねだっていた。

 一方、フェムは無言で、ピシッとしている。

 フェムもおやつを食べたいだろうに、かっこつけているのだ。

 だから、俺はフェムにもおやつを食べさせてやる。


 俺たちが獣たちにお菓子をあげていると、ユリーナの家族がやってきた。

 父と母である。


 挨拶と自己紹介を済ませると、ユリーナの父はため息をついた。


「ユリーナの恋人はリント卿でしたか……。反対する理由がなくなってしまいます」

「でしょう? お父さま、お母さま。だから、もうお見合いとか準備しなくていいのだわ」

「まあ、あのお転婆なユリーナが、こんな立派な旦那さまを連れてくるなんて」


 ユリーナの母は感動していた。


「まだ旦那さまではないのだわ」


 ユリーナは否定するが、ユリーナ母はあまり気にしていない。

 ユリーナ母は、モーフィを見て言う。


「リントさん。この子は結納品でしょうか?」

「も?」


 モーフィは意味が分からず首をかしげる。

 牛は貴重な財産だ。

 王都ならともかく、農村においては結納品として珍しくない。


「いえ、ただの可愛がっている牛です」

「そうだったのね。残念だわ。こちらのワンちゃんも?」

「はい。結納品ではありません」

「残念だわ……こんなに可愛いのに」


 ユリーナの母は、フェムとモーフィを気に入ったようだ。

 母は次に俺の懐から顔を出しているシギに目をつける。


「可愛いわね。触ってもよろしいかしら」

「りゃあ」

「構いませんよ」

「ほんとうに可愛いわね」


 ユリーナの母は、嬉しそうにシギを優しく撫でている。

 一方、父のほうは真面目な顔をしていた。


「我が娘が、リント卿と婚約していたとは……」

「いえ、婚約しているというわけでは」

「では、早めに結納を済ませなければ……」


 そのとき、部屋の窓が急に開いた。


「待ってください!」


 クルスだった。クルスが窓から飛び込んできたのだ。


「こ、これはコンラディン閣下。どうされましたか?」

 びっくりしながらユリーナの父が尋ねる。


「その婚約反対です!」

「りゃっりゃ!」


 そんなクルスにシギが大喜びでまとわりついている。


「なぜ、反対なのですか?」

「クルス……」

 ユリーナの父は困惑しているが、ユリーナは感動していた。

 大好きなクルスが自分の結婚を阻止しに来てくれたのだ。

 感動するのもわからなくはない。


 だが、俺はこの混乱した状況を見て、どうすればいいのか頭を抱えた。

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