第90話

 次の日の朝。無事にアントン兄妹は帰っていった。

 俺がこの村にいることは固く口止めしておいたので大丈夫だろう。

 勇者パーティーの他のメンバーについても同様に口止めしておいた。


 俺はいつものように衛兵業務だ。

 傍らではミレットとコレットが魔法の練習をしている。


「炎の精霊よ。我の魔力を糧としてその力を行使せよ! 我が名はミレット!」

「風のせいれいよ。われのまりょくをかてとしてその力をこうしせよ! わがなはコレット!」

「りゃ、っりゃーりゃー」「わふ」


 無詠唱での発動は上級者向けなのだ。

 ミレットとコレットは一生懸命呪文を詠唱している。初級魔法なので、詠唱の言葉も短い。


 ミレットたちに並んで、シギショアラも一生懸命鳴いていた。

 詠唱しているつもりなのだろう。魔法は発動していないが。

 フェムもシギに付き合って横で吠えている。



「上達が早いなぁ」

「そうですか? きっとアルさんの教え方がいいからですよ」

「おっしゃん、コレット才能ある?」

「あると思うぞ」

「やったー」

「……りゃあ」


 ミレットもコレットも嬉しそうだ。

 一方、シギはちょっと悲しそうだ。魔法が発動しないので悲しいのだろう。

 そんなシギを、慰めるようにフェムが優しく舐めていた。


 俺はシギを抱きかかえる。


「まだ赤ちゃんだから仕方ないぞ」

「りゃあ」


 シギはそもそも詠唱できていない。

 詠唱は必須ではないとはいえ、初級者には無詠唱は難しい。


 本来、古代竜独自の魔法体系があるのだと思う。それを俺は教えることができないのが残念だ。


「シギが魔法の練習をしたいのなら、今は魔力の循環とか操作とかだけやっておけばいいぞ」

「りゃあ」


 それを聞いていたミレットが首を傾げた。


「シギちゃん、言葉わかっているのでしょうか?」

「うーん。わかってるような気もしなくもない」「りゃあ?」

「でも、赤ちゃんですよ?」

「そうだけど。まあわかってなくてもいいのさ」「りゃっりゃ」

「そんなもんですか」

「そんなもんだよ」


 シギが機嫌よく羽をバタバタさせたので、撫でてやった。



 昼前になり、ルカとヴィヴィがモーフィに乗って帰ってきた。

 実は、朝からルカとヴィヴィとモーフィはバジリスク戦跡を調べに行ってくれたのだ。


「ルカもヴィヴィもお疲れ様。とくにルカはお休みなのに」

「別にいいわよ。バジリスクは気になるもの」

「わらわも気になっていたから構わないのじゃ」


 本当は俺も行きたかったのだが、ムルグ村の防衛という意味で残ったのだ。

 あくまでも衛兵なので仕方がない。


「バジリスクのゾンビ化と集合は強力な何者かの手によるものなのは間違いないとおもうわ」

「魔力の痕跡もかなり強力に残っていたのじゃ」

「そうか。やはり魔人かな」

「それはわからないけど。自信家なのはわかるわね」

「どうして?」

「だって、あの場所に限って言えば、痕跡を消そうとすらしてなかったもの」


 それは腹立たしい。なめられているような気がする。

 だが、好都合でもある。


「痕跡が残っているのなら、追えるな」


 ゆるゆるとルカは首を振る。


「残っている痕跡はその場で何をしたかという痕跡なの。どこからきてどこに行ったのかは綺麗に消されてた」

「魔力的にも同様なのじゃ。まるで突然バジリスク5体とともにその場に出現したかのようじゃ」

「……それは面倒だな」

「全くじゃ」


 痕跡をみごとに消したということは、力量が高いということを意味している。

 おそらく魔人だろう。


「ゾンビ化の術式とか、魔力痕跡に特徴はあった?」

「ゾンビ化の術式は、魔王軍十二天カーティスより高度で洗練されてるわ。でも系統は同じかも。もちろんそれは肉も調べたうえでの結論だけども」

「系統が同じってどういうことだ?」

「うーん。たとえて言うなら、同門の上級者みたいな?」

「もしかして魔人が十二天にゾンビ化の技術を教えたのかもしれない?」

「それに関しては、可能性は否定できない、程度しか言えないわね」

「カーティスを再度尋問したほうがいいかもな」

「そうだけど、もう獄に入ってるから。移送と手続きで少し時間はかかるわ」


 獄は王都からかなり遠い。ムルグ村から逆方向にある辺境だ。


 もしカーティスにゾンビ化技術を伝えたものが、黒幕ならば厄介だ。

 今後も油断できない。しかもどこから来たのかわからない以上、こちらから攻め込むことも難しい。



 そんなことを話している横で、フェムとモーフィとシギが何やら頭をつきあわせていた。

 気になるのでつい、横目で見てしまう。


「わふ」「りゃあ」「もぅもう」

「わふわふ?」「りゃ」


「があああああおん」

「もおおおおおおぅ」

「りゃああああああ」


 フェムが発したのは、ほんのすこしだけ魔力の乗った吠え声だ。

 モーフィとシギの声には魔力は含まれてない。ただ吠えただけだ。


 魔狼たちが何事かと様子を見に来た。

 そしてヴィヴィは、びくっとして転んだ。


「びっくりしたじゃないの。どうしたの急に」

「そ、そうじゃ。脅かすでないのじゃ!」


 ルカとヴィヴィはフェムに抗議した。


『威嚇の吠え声のやり方を、シギに教えてやろうと思ったのだ』

「そうか。ありがとう。すまんな」

「わふ」


 お礼をいうとフェムは尻尾を振る。

 だが、ヴィヴィは怒っていた。


「村の近くでそんなことしたらダメなのじゃ! 牛が怯えるであろ」

「もぅ」


 モーフィが申し訳なさそうにしている。

 ヴィヴィが言ったのはモーフィ以外の普通の牛のことだろう。

 モーフィは特に何も悪くないので、撫でてやった。


 向こうから村長が走ってきた。 

 フェムが怒られたらかわいそうだ。


「ど、どうしました?」

「村長、お騒がせしてすみません。えっと、農作物を荒らすねずみや猪を追い払うためにフェムが……」

「あ、ああ。なるほど」


 実際今の吠え声で、大概のネズミは遠くに逃げただろう。

 村長はフェムに頭を下げる。


「いつもありがとうございます。フェムさん」

「わふ」


 意図せず褒められてフェムは少し照れ臭そうだ。


「フェムさん、これからも定期的にお願いします。ネズミの荒らし具合で収穫量に大きな差が出ますからね」

「わふわふ」

「村人の皆にも説明しておきますね。収穫の時期が近づいてますし、毎年この時期は気が抜けないんですよ」


 そう言いながら村長は去っていった。

 俺はフェムを撫でてやる。フェムはよかったのかという目で聞いてくる。


「シギに教えるのが目的だったとはいえ、ねずみが逃げるのは嘘ではないからいいだろ」

「わふ」

「これから毎日吠えるのかや?」


 ヴィヴィが嫌そうな顔をする。

 ヴィヴィは魔狼たちにだいぶ慣れた。とはいえ、魔力のこもった吠え声は苦手なのだろう。


「これからは吠える前に教えるようにしてくれ。特にヴィヴィには」

『わかったのだ』「りゃっりゃ」「もう」

「それならばよいのじゃ」


 フェムたちは同意してくれたようだ。

 ヴィヴィも納得してくれた。




 夕方前。俺が相変わらず衛兵をしていると、倉庫の扉が勢いよく開いた。

 中からはクルスが出てくる。いつもの時間よりだいぶ早い。


「どうした? クルス。今日は早いな」

「アルさん、大変です! 手伝ってください」


 なにやら緊急事態の様だった。

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