3章

第81話

 夏の終わり、秋の初め頃。

 シギショアラが俺以外にも抱っこを許した次の日のことである。


 俺はいつものように衛兵業務についていた。

 ふと振り返りムルグ村を眺めながら考える。


「魔人の襲撃に備えないとだよなぁ」

「そうじゃな」「りゃあ」


 ヴィヴィも同意してくれた。

 シギも同意するかのように横で鳴いている。言葉はまだわからないはずだ。


 衛兵小屋には強固な防御魔法陣がかかっている。

 奇襲を受けても反撃の態勢を整えるための時間は稼げるだろう。


「問題は村だよな」

「そうじゃな」


 ムルグ村は、攻めにくい地形だ。周囲は川と山に囲まれている。

 普通に地上から攻めようとするならば、衛兵小屋の前を通らなければならない。

 それならば対策は難しくない。


「わふ」「もぅもう」

「お、フェムとモーフィも協力してくれるのか?」


 フェムとモーフィが力強く鳴く。村の防衛は任せろと言っているようだ。


「モーフィは強いのじゃ」

「もっも!」「りゃっりゃ!」


 モーフィは確かに強い。フェムたちも強い。

 地上戦力は強力だ。


 シギもモーフィの背の上で、自信ありげに鳴いていた。

 成長したら、シギは心強い戦力になるだろう。


「ところで……魔人って、空をとべるのかな」

「知らないのじゃ。だが、飛べてもおかしくはないのじゃ」

「だよなぁ」


 魔人が地上から来るとは限らないのだ。

 上空から火炎弾をばらまかれたりすると困る。


『この前の魔人は飛んできたのだ』

「そうなの?」

『そうなのだ。地上から来たのならフェムたちが気づいたのだ』


 フェムたちは鼻がいい。鋭く気配を察することもできる。

 だからフェムが、そういうのなら多分そうなのだ。


『モーフィもそうおもうのだな?』

『おもう』


 モーフィも同意している。

 モーフィも鼻がいいし、気配を察するのは得意だ。

 元が草食動物だけあって、フェムよりも危機察知能力は高いかもしれない。


「そうか。魔人は空から来たか」

「アルは魔人とあまり戦ったことがないのかや?」

「そんなに沢山は無いかな」

「そんなにって具体的にどのくらいじゃ?」

「うーん。ソロで倒したのは10体ぐらいかなー。パーティーでも同じぐらい」

「……それはけっこう多いじゃろ」


 ヴィヴィは驚いているようだ。

 だが、地竜などの他の魔獣は三桁以上倒しているのだ。

 ソロとパーティー合わせて20体ぐらいというのは、かなり少ないと思う。


「そりゃ、普通の冒険者よりは多いと思うけど」

「……多いってレベルじゃないのじゃ。で、空飛ぶ奴はいたのかや?」

「いなかったかなぁ」


 この前の魔人は、空を飛べる特殊な魔人だったのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、シギが俺の体をよじ登る。


「りゃあ?」


 シギは俺の肩の上に乗ると、俺の髪をハムハムしている。

 俺は気にせずフェムに尋ねる。


「フェムは魔人と戦ったことある?」

『ないのだ』

「そうか」


 魔人は数が少ない。遭遇経験のない者の方が多いだろう。


『だが、戦ったら勝ったと思うのだ』

「かもしれないな」

「わふ」


 フェムは自信ありげだ。魔狼王はとても強いから実際勝つ可能性もある。

 だが、たとえ魔狼王であっても、油断できない相手なのは間違いない。

 負けても何も不思議はない。


「アル。魔人自体が飛べなくても、ワイバーンでも手懐ければ空から来れるのじゃ」

「そうなんだよな」


 竜大公を支配下に置こうとした魔人だ。ワイバーン程度、支配下に置くのは容易かろう。

 この前の魔人も空飛ぶ魔獣を支配下に置いていたのかもしれない。


 いつでも上空から攻められる可能性を考慮しておいた方がいい。


「空から火炎弾とかばらまかれたら厄介だな」

「そうじゃな。畑も燃えたら困るのじゃ」


 俺はただの冒険者。軍略や戦略といったものに関しては素人だ。

 それでも、上空から攻められるとやばいというのはわかる。


「空から攻められたら、フェムたちも気づきにくいだろうし」

「わふぅ」「もぅ」「りゃっりゃあ!」


 フェムとモーフイは自信なさげに鳴いた。

 一方、シギは俺の肩に乗ったまま自信満々に羽をバタバタさせている。


 羽がバシバシ顔に当たって少し痛い。


「シギは自信あるのか?」

「りゃあ」


 シギを肩から降ろして、胸の前で抱いた。

 いくらシギが自信満々でも頼るわけにはいかない。まだ赤ちゃんに過ぎないのだ。


 俺が考え込んでいると、ヴィヴィが言う。


「アル。魔法陣を描くのじゃ」

「どんな魔法陣? いくら魔法陣でも村全体の防御は難しいよな」


 魔法が万能ではないように、魔法陣も万能ではない。

 範囲を広くしようとすれば効果は弱くなる。


 村全体を覆うほどの魔法陣では、魔人の攻撃を防ぐほどの強度を得られない。


「魔法陣で防衛する必要はないのじゃ。魔人が来たことを知ることさえできれば、アルやわらわが迎撃できるのじゃ」

「……それはそうだが、どうやって?」

「上空に人以上の重さの物が近づいたら音が鳴るようにすればいいのじゃ」

『それだと魔人じゃないやつが飛んできても音が鳴るのである』

「魔人じゃなくても、人以上に重いものが飛んで来たらやばいのじゃ」


 人より重くて空を飛ぶもの。

 一番ポピュラーなのはワイバーンだろうか。


「たしかに。どっちにしろ警戒したほうがいいな」

『たしかに』「もう」「りゃ」

「じゃろ」


 全員の同意を得られて、ヴィヴィはご満悦だ。


「上空に効果を及ぼす魔法陣はたしかに面倒じゃ。じゃが、音が鳴る程度のものならば、そう難しくないのじゃ」

「そうなの?」


 俺にはとても難解な魔法陣になる気がしてしょうがない。

 ヴィヴィは自信満々に薄い胸を張る。


「よいか? まずは方位を16に分割するのじゃ。そして、それぞれに魔法陣を用意するのじゃ――」


 ヴィヴィが魔法陣を説明してくれる。

 かなり複雑な魔法陣になりそうだ。だが可能に思える。


「音は衛兵小屋でなるようにすればいいじゃろ」

「俺が衛兵小屋にいない時もあるけど」

「そうじゃな……。じゃあ、適当に指輪を用意して、魔法陣と連携させて音が鳴るようにすればいいのじゃ」

「なるほど」


 ヴィヴィの案を採用することにした。


 その日はヴィヴィと一緒に魔法陣を設計した。


 次の日、朝からフェムとモーフィに乗って、村の周囲に魔法陣を描きに行く。

 二人で協力して魔法陣を描いていく。


 描き終わった後、ヴィヴィが懐から指輪を取り出した。

 ミスリルで作られた幅広の指輪だ。


「この指輪をアルにやるのじゃ」

「いいのか?」

「よいのじゃ。どうせ安物じゃ」

「安くはないだろ」


 ミスリルは黄金や白金より高い。


「いや。安物なのじゃ。だから受け取るといいのじゃ」

「……そうなんだ」


 ヴィヴィは安物だと言い張る。


「上空に侵入者が近づいたら鳴る機能を付けておいたのじゃ」

「なるほど」

「だから常に身につけておくのじゃぞ。風呂の中にもつけていくのじゃ」


 ミスリルは錆びない。だから風呂の中にもっていっても大丈夫だ。

 ヴィヴィは同じ指輪を取り出して自分の指にはめる。


「わらわの指輪と同じものじゃ。これも音が鳴るようになっておる」

「ほうほう」

「アル。手を出すのじゃ」


 俺が左手を差し出すと、ヴィヴィが人差し指に指輪をはめてくれた。


「これでよいのじゃ」

「でもいいの? 高そうだけど」

「いいのじゃ! 受け取るがよい」


 ヴィヴィの頬は赤かった。

 今度お返しに何かあげよう。そう俺は思うのだった。

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