第43話

 次の日。

 森を開墾することになった。当然俺は開墾などしたことがない。

 ずっと冒険者だったのだ。

 それに父は農家ではなく騎士の従士だった。


 開墾のためにヴィヴィ、フェム、ミレット、そしてコレットが集まってくれる。


「えっと、まずは木を伐採すればいいのか?」

「アル、ほんとに何も知らないのじゃな」

「うむ。すまん」

「仕方ないのじゃ! わらわに任せるがよい」


 ヴィヴィはとても嬉しそうだ。


「アル。木を伐採して、それから切り株を根ごと取り除くのじゃぞ」


 ヴィヴィがアドバイスしてくれる。水を得た魚のようだ。


「ヴィヴィは頼りになるな」

「ふふん。もっと頼ればいいのじゃ」


 ヴィヴィは頬を赤くしながら照れている。


「じゃあ、とりあえず木を切るとしますか」


 俺は魔力の刃で目の前の木の幹を切断した。

 こちらに向けて木が倒れてくる。


「うおっ、ミレット!」

「危ないのじゃ!」

「がふわふ」


 俺はミレットを抱えて跳びはねた。思わず痛い方の足で踏み切ってしまった。ひざが痛い。

 ヴィヴィはもとから当たらない位置にいた。

 フェムは、コレットを背に乗せたまま、跳んで避ける。


「ミレット、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 ミレットは頬を赤らめている。


「アル! 木を切るときは倒れる方向を計算しないとダメじゃ」

「はい。気を付けます」

「わふ!」


 ヴィヴィに叱られてしまった。

 フェムも抗議の声を上げている。


「すまん、フェム」


 それからは魔法で慎重に木を切っていく。

 開墾予定の土地に生えている木は30本ほどだった。

 どれも立派な木だ。


 倒れた木についてはミレットが指示してくれる。


「倒した木は冬の燃料になりますから。大切にお願いしますね」

「了解したのじゃ。枝打ちはわらわに任せるのじゃ」


 俺が倒した木の枝をヴィヴィが魔法で落としていく。

 1時間もかからずに30の切り株と、枝を落とした木材ができた。


「魔導士の天職は木こりだった可能性」

「ありうるのじゃ……」


 俺とヴィヴィは、自らの木こり適性の高さに驚いた。


「木は入会地(いりあいち)の方に運んでおいてください」

「入会地?」

「えっとですね……」


 ミレットが入会地について説明してくれた。

 村で共同管理している土地のことだそうだ。そこでみんな薪や木材を集めたりするらしい。


 今開墾している土地は村の土地だ。

 開墾する許可は取ったが、その際に出た木材はあくまでも村の物ということらしい。

 入会地に運んでおけば、村のみんなが利用できるとのことだ。


「なるほど。了解」


 俺としても異存はない。


「木材を運ぶのに牛さんが必要ですね。借りてきます」

「待つのじゃ。ミレット」


 ミレットが駆けだそうとするのを、ヴィヴィが止める。


「モーフィがおるのじゃ」

「モーフィはでかすぎるから、運搬には不向きだろ」

「そうじゃろか……」


 自信満々だったヴィヴィが少し肩を落とした。

 モーフィが、ほどほどの大きさになってくれれば、労働力としてすごく助かるのだが仕方がない。


「魔法で運ぶから、大丈夫だ」

「また重力魔法かや」

「そうだぞ。戦闘にも便利だし。日常にも便利だ」

「魔族でも使い手がほとんどいない高等魔法をぽんぽんと……。恐ろしいのじゃ」

「使えるものは使わなきゃ」


 俺は30本の木を三回に分けて運んだ。無理をすれば全部一度に運べなくもない。

 だが、少し制御が難しくて緊張する。だから安定する10本ずつを運んだ。


「いつ見てもすごいです」


 ミレットがほめてくれた。照れる。


「重力魔法は木こりの必須スキルになる時代が来るかも」

「来るわけないのじゃ。木こりが世界に五人とかになるのじゃ」


 フェムと数匹の魔狼が枝を運んでくれた。


「ありがとうな」

「わふ」


 俺はフェムと魔狼たちの頭を撫でてやった。

 尻尾をブンブンとふって可愛らしい。


「さて……」

「いよいよ大変な仕事ですね」


 俺とミレットはうなずきあった。

 切り株の除去だ。地中にある木の根も取り除かなければならない。


「いつもはどういう感じでやっているの?」

「えっとですね。切り株の周囲の土を掘った後、根をのこぎりとか鉈とかで切断します。それから切り株本体を牛さんに引いてもらってますね」

「なるほど」


 俺は少し考えこんだ。

 ヴィヴィがにこにこしながら、顔を覗き込んでくる。


「アル。どこを魔法で省略できるか考えておるのじゃな?」

「そうだぞ」

「ふふ。わらわに任せるとよいのじゃ」


 ヴィヴィは切り株に魔法陣を描き始めた。


「何の魔法陣?」

「ふふふ。見てのお楽しみじゃ」


 そんなことを言われたら気になる。

 俺は魔法陣を解析した。


「火炎か」

「もー、なんで解析するのじゃー」


 ヴィヴィは頬を膨らませた。

 ミレットがそれを聞いて、困った顔になる。


「うーん。確かに木の灰は肥料にもなりますからいいんですけど……。土の中だと木は燃えませんよ?」

「ふふふ」


 ヴィヴィは胸を張る。


「そこがこの魔法陣のすごいところじゃ」


 ヴィヴィは魔法陣を起動させた。

 一瞬で切り株から炎が出る。


「よいか? 炎熱の魔法陣の中に、風魔法を同時に織り込んであるのじゃ」

「空気がずっと供給されるから木の根まで燃えるってことだな?」

「そうじゃ」


 理屈はあっているように思う。だが結果どうなるか試してみないとわからない。

 とはいえ根まで燃えなくても切り株の大半が燃えてしまえば作業は楽になる。


「とりあえず、30株全部にその魔法陣描いていくか」

「アルも手伝うのじゃ」

「了解」


 見た魔法陣をそのまま描き写すのは難しい。

 魔法陣の理屈や、施された工夫を理解して、新たに魔法陣を描くほうが簡単だ。

 だから俺はそうする。ヴィヴィの奴より効果が格段に弱いと恥ずかしいので真面目に頑張った。


「よし、発動させるぞ」

「どっちが先に燃やし尽くすか勝負なのじゃ」

「わかった」


 ヴィヴィが楽しそうなので勝負を受ける。

 同時に発動させると、勢い良く燃えだした。


「アルの魔法陣もなかなかの燃えっぷりじゃな」

「ヴィヴィのもな」

「ふふふ」


 この勝負は、すでについている。

 切り株を燃焼させる魔法陣の理屈を知っていたヴィヴィがすごいのだ。

 俺はそれを参考に真似しただけだ。炎もヴィヴィの方が多少すごい。


「わらわの勝ちじゃな!」

「うん、負けた」


 素直に認めると、ヴィヴィは嬉しそうに、にっと笑った。



 切り株すべてを燃やすと、フェムがうずうずし始めた。


『木の根が燃えているか確認したほうがいいのだ』

「そうだな」

『穴を掘って確認するのだ。よいな?』

「頼む」

「わふわふっ」


 フェムが穴を掘り始める。犬、いや狼の本能なのかすごく楽しそうだ。

 それを見ていた魔狼たちも、数匹やってきて穴を掘り始める。


「わふわふ」


 みんな楽しそうでなによりだ。

 一心不乱に穴を掘っている。


 しばらくしてフェムが報告に来た。


『木の根はおおむね火炎により焼失していたのだ』


 真面目な顔と口調で報告しているが、顔も体も土だらけだ。

 子犬みたいだ。


「ありがと、お疲れさま」

「わふ」


 フェムと魔狼たちを撫でてやった。


 そんなことをしているうちに、日が暮れる。

 開墾一日目が終わった。

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