第35話

 強敵討伐後のお楽しみといえば、戦利品回収である。

 みんなで黙々と戦利品を回収していく。

 有用な部位や、貴重な部位を見極めるのも冒険者の大切な仕事だ。

 ある意味、冒険者は全員素材鑑定士でもあるのだ。鑑定の腕が収入を左右する。


 いつもは誰か一人は見張りに立つ。戦利品回収に集中して奇襲で全滅など目も当てられない。

 だが、今回はフェムたちがいるので全員で回収だ。


「首一杯あるから回収しがいがありますね」

「そうだな」


 クルスは楽しそうだ。

 胴体を解体していたルカが顔を上げる。


「アル。ちょっと手伝ってくれない」

「お、なんだ?」

「ヒドラの胆嚢なんだけど。壊しちゃいそうで……」

「わかった」


 ヒドラは胆嚢で猛毒を作り出して貯蔵するのだ。状態がいいものはとても高価だ。

 魔法アイテムの貴重な材料になる。


「どれどれ」

「気を付けるのよ? 分かってると思うけど猛毒なんだからね」

「了解」


 素手で触ったら死にかねない。だが、ナイフなどの冒険道具を使うと壊れやすい。

 俺は魔法障壁で両手を覆う。

 慎重に切り出して、魔法の鞄に無事収納した。


「ありがと」

「こういうのは魔導士の役割だからな」


 お礼を言うルカに返していると、


「すごいです。熟練の技ですね」


 いつの間にかに後ろに来ていたクルスに褒められた。

 そんなクルスをルカがたしなめる。


「あんたははやく、首の回収済ませちゃいなさい。牙だけじゃなく、ちゃんと額の硬鱗も集めるのよ」

「わかってるよー」


 ヒドラは貴重な素材がたくさん採れる。

 あらかた採り終えるころ、魔狼たちが尻尾を振りながらうろうろしていた。

 よだれを垂らしている奴までいる。


「もしかして、ヒドラの肉食べたいの?」

「わふわふ」


 どうやら食べたいらしい。


「おいしくないぞ?」

「「え?」」


 クルスとルカが同時に声を上げた。


「わふぅ?」


 フェムは首をかしげている。


「アル、こんなの食べたことあるの?」

「あるぞ。若いころだけどな」

「えぇ……よくこんなの食べようと思うわね」


 ルカは本気で引いている。


 長い冒険で食料が足りなくなったのだ。仕方なく倒したヒドラを食べた。

 ものすごく、まずかった。

 例えれば、魚の内臓を、どぶに1週間浸したような味がした。


 そんなことを、ルカたちに語った。


「それで俺は計画の重要性を学んだんだ。ちゃんと食料は余分に買っていかなければとかな」

「へー」


 ルカは興味なさそうに返事をする。

 だが、クルスは首をかしげていた。


「ぼくは、おいしいと思いましたけど」

「「え?」」


 今度は俺とルカが同時に声を上げた。

 クルスの驚きは、おいしくないと言ったことへの驚きだったのか。


「クルスも食ったことあるのか?」

「はい」


 クルスは勇者だ。小さいころから潤沢な資金援助を受けてきたはずだ。

 最初の冒険から、優秀な冒険者がサポートについていたはず。

 育つ前の勇者を殺されたら人類の損失だから当然だ。

 ヒドラを食う羽目に陥るほどの苦境に立ったことはないはずだ。


「どうして、ヒドラなんて食べたのよ」

「うーん。ヒドラって、ちょっとうなぎに似てるでしょ?」

「うなぎにあやまれ」

「ヒドラって、うなぎみたいにおいしいのかなって、気になったから食べてみたんだよー」

「へ、へー」


 ルカは、ドン引きしている。


「すこし生臭くて、固いけどおいしかったよ」

「あれを美味しいと思う人類がいるとは……」


 勇者は人類ではないのかもしれない。

 そのとき、クルスの喉がごくりとなった。


「……もしかして、クルスも食べたいの?」

「え? いいんですか? やったー」


 クルスは目を輝かせる。

 けして、食べていいと言ったわけではないのだが、クルスは食べる気満々である。


「わふう?」


 フェムがとがめるような目をしている。

 肉はフェムたちにくれるんじゃないんですか?

 そう訴えているように見える。


「俺は好みの味じゃないから、クルスとフェムたちで分ければいいよ。な、ルカ?」

「え、ええ。そうね。あたしも別に食べたくないから。いらないわよ」

「ありがとうございます」

「わふぅ」


 フェムは少し不満げだ。

 肉は全部もらえると思っていたのだろう。


「フェム。一緒に分けようね」

「……わふ」


 嬉しそうなクルスと対照的に、フェムは元気がない。

 魔狼たちも尻尾がしゅんとなっている。さっきまではみんなの尻尾がぶんぶん揺れていたというのに。

 少し可哀そうになる。


「あのさ、クルス」

「なんですか、アルさん」

「クルスとフェムで分けろって言ったけど、フェムたちは数が多いからさ。なるべくフェムたちにたくさん上げて欲しいんだ」

「……はい」


 クルスが少ししょんぼりした。

 巨大なヒドラをどれだけ食うつもりだったのか。恐ろしい。


 クルスは村に帰ればミレットのおいしいご飯が待っているのだ。


「あまり欲張ると、夕ご飯食べられなくなるぞ」

「はい」


 フェムたちの尻尾がまたぶんぶん振れ始めた。


「じゃあ、ぼくはこのぐらいで……」

「クルス?」

「はい。じゃあ。このくらいで……」


 大き目にとろうとしたので、たしなめた。

 クルスの分を少しだけ切り取って、残りはフェムたちに与える。


「わふわふぅ」


 フェムが大喜びで魔狼たちに分配していく。

 魔狼たちはとても嬉しそうに食べている。


 それをクルスはうらやましそうに見ていた。

 

「クルス。魔法で肉焼こうか?」

「あ、ぜひお願いします」


 クルスの肉を焼いていると、

「わふわふわふぅ」

 魔狼たちが集まってきた。


「もしかして焼いてほしいのか?」

「わふ」


 狼も生肉より焼いた肉のほうが好きなのだろうか。

 魔狼だから普通の狼とは違うのかもしれない。


「焼くぐらいならいいぞ」


 ついでに、魔狼たちの分の肉も焼いてやる。


『ありがと』

「気にするな」


 ヒドラの肉が焼ける、嫌な臭いが立ち込めた。

 肉がミディアムレアぐらいに焼けると、魔狼たちはバクバク食べ始めた。

 クルスもおいしそうに食べている。


「アルさんも食べますか?」

「い、いや、俺はいいよ」

「そうですかー」


 あれほどまずいはずのヒドラの肉も、クルスが食べるとおいしそうに見える。

 でも、絶対食べたくはない。


「うげー」


 ルカはやっぱりドン引きしていた。

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