第32話

 夕暮れ時のまったりとした空気の中。


「みなさん、温泉はどうですか?」

「え? 入りたいです」

「あたしも興味あるかも」

「じゃあ。案内しますね、ヴィヴィちゃんも一緒に行こ」


 ミレットが女性陣を温泉に案内しようとした。

 すると、クルスが俺の手をつかんだ。


「アルさんとお風呂に入るの久しぶりですね」

「え? 俺も入ることになっているのか?」

「入らないんですか? 汗臭くなりますよ?」


 クルスが首をかしげる。

 クルスの言葉を聞いていたミレットがじと目で見てくる。


「アルさん? クルスさんとお風呂入ったことあるんですか?」

「……ないとはいわない」


 我々は冒険者なのだ。羞恥心よりも大事なことが冒険にはある。

 風呂は臭いを消すために入るためのもの。臭くなりすぎると、敵に見つかりやすくなるからだ。


 あとは返り血などの汚れを落とすため。

 傷口に入ると病気になりかねない。清潔にするにこしたことはないのだ。


 だが、入浴時は無防備になる。

 基本は一人ずつ入り、それ以外のメンバーは周囲を警戒する。

 時間の都合などで、一人ずつ入れない時は二人ずつ入る。

 その際、男女で入浴を分けるという発想はない。襲撃に備える戦力バランスのほうがはるかに重要なのだ。


「俺たちは冒険者だから、そういうこともある」

「冒険者は破廉恥なのじゃ」

「信じられないです」


 ヴィヴィとミレットがそんなこと言ってくる。

 お前ら、俺が入浴しているところに入ってきただろと突っ込みたいがやめておく。


「そうね。いまは冒険中でもないわけだし。混浴というのはよくないかもね」

「えー。みんなで入ったほうが楽しいよ?」

「あんたは少し恥じらいというものを持ちなさい!」


 ルカがクルスを叱っている。


「俺は後で入るからみんなで行ってきなさい」

「残念です」

「おっしゃんと入りたかったなー」


 クルスとコレットは残念がる。

 次にコレットは、我関せずといった感じで床で伏せているフェムに目を付けた。


「じゃあ、フェム、一緒にはいろ」

「わふぅ?」


 フェムが驚いたようにびくりとした。そして俺の後ろに回る。

 幼女のおもちゃにされたくないらしい。お風呂ぐらいゆっくり入りたいという意思表示かもしれない。


「フェム、どしたの?」

「フェムは俺と入りたいんだってさ」

「えー。フェムだけおっしゃんと入るの? いいなー」


 コレットがうらやましがりながらお風呂に向かった。

 俺とフェムだけが残される。


『別にアルと入りたいわけではないのだぞ』

「はいはい」


 俺は適当にあしらって、フェムの頭を撫でた。



 みんなが温泉から帰ってきてから、俺とフェムも入った。

 やはり温泉は最高だった。


「やっぱり、ムルグ村の温泉はひざにいい気がするわ」

「ふーん。ちょっとひざ見せてみなさいよ」

「ほれ」


 俺のひざをルカが観察する。


「ましになっているかも?」

「そうか」

「魔力濃度が高いのと関係があるのかしら」

「わからん」


 横で聞いていたクルスも見に来る。


「うーん。まだ魔王の力は感じるかも」

「まじか」

「うん」


 ルカが首をかしげる。


「クルス。つまり魔王の魔力が残ってるってこと?」

「ちがうよー。魔力は魔力でしょ。魔力じゃなくて、こうぶわーって感じの力。わかるでしょ?」


 まったくわからない。

 だが、勇者にしかない特殊な力があるように、勇者だけの特殊な感覚というのもある。

 俺のひざにも勇者以外には感じられない何かがあるのかしれない。


「なにかわかったら教えてくれ」

「了解しましたっ!」


 クルスは元気だ。期待しないで待っておくことにした。



 夜。夕食をみんなで食べた後、寝ることになった。


 ミレットの家は広い。

 だが、ベッドの数は多くない。

 ミレットとコレットが使っているベッドが一台。亡くなった両親が使っていたものが一台。

 計二台だけ。


「わたしとコレットは床で十分なので、お客様たちはベッドを使ってくださいね」

「コレット、フェムと一緒に寝る―」


 そんな感じでミレットたちはお客にベッドを譲ろうとする。

 俺は当然遠慮する。


「居候の分際で、家主からベッドを奪うわけには」

「いえいえ、お気になさらず。居候ではなく、お客様なので」

「いえいえ、なにをおっしゃいますやら」


 そんなことをやっていると、クルスが明るい感じで言う。


「ぼくは床でいいよ? ね。アルさん」

「なんで俺にふる」

「だめでしたか?」

「だめじゃないけど」

「やっぱり。じゃあ、アルさん、こっちで寝ましょう」


 そういって、クルスは俺の手を引いて部屋の隅に行こうとする。


「アルさんと一緒に寝るのも、ひさしぶりですね」

「冒険中は身を寄せ合って交代で寝てたからなぁ」


 別に床で寝るのは全然かまわない。

 冒険者は過酷な場所で眠ることが多い。だから、俺たちにとっては木の床は快適な寝床だ。


「じゃあ、久しぶりにあたしも……」


 ルカまで寄ってきた。

 それを見てヴィヴィまで来た。


「なんじゃ、なんか楽しそうなのじゃな」

「わふぅ」


 フェムも当然といった感じで、俺の近くで寝ようとする。


「フェムはコレットたちと寝るとよいのじゃ」

「わふわふ」

「だから、来なくていいのじゃ」


 ヴィヴィは、フェムを遠ざけようとして失敗している。

 最近のフェムは、あえてヴィヴィに絡みに行ってるところがある。


「せっかくのベッドが空のままじゃないですか」


 ミレットは困った顔で少し考える。


「じゃあ、私が家主権限で誰がどのベッドを使うか決めます」


 一台のベッドには俺とフェムとコレット。

 もう一台のベッドには他の者たちが寝ることになった。


「そっち、狭くない?」

「大丈夫です。女の子同士話すこともありますし」


 そういわれたら、反対しにくい。


「そんなこといいながら、一人だけ夜這いする気じゃろ」

「し、しないよ!」


 そんなことをいいながら、ミレットたちは別室に向かった。


「わーい。フェムとおっしゃんと一緒だー」


 コレットは大喜びでフェムに抱きついていた。

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