第26話

 フェムは疲れた様子だった。


「フェム、少し休んだらどうだ?」

『そんな暇はないのだ』

「そうか、すぐに用意するからその間に水とか飲んどいて」

「わふ」


 ミレットがフェムに水やご飯を差し出した。

 フェムは急いだ様子で食べている。

 フェムが休めるよう、俺は少しだけゆっくり準備をした。


「よし、行くか」

『事情は走りながら話すのである』


 俺がフェムに乗って出発しようとしたその時、


「わらわも行くのじゃ!」

 ヴィヴィが大きな声で宣言した。

 ヴィヴィは優秀な魔導士だ。役に立つかもしれない。


「じゃあ、ヴィヴィも行くか」

「うむ」


 ヴィヴィもフェムの背中に乗ろうとした。

 フェムは無言でヴィヴィを避ける。


「乗せるのじゃ!」

「ガウッ」

「ひぇ」


 フェムはヴィヴィを乗せたくないらしい。


「フェム、どうしても嫌なら仕方ないけど。ヴィヴィも役に立つと思うよ」

「わふぅ」


 フェムは少しの間ためらった後、

『特別なのだからな』

 ヴィヴィが自分の背に乗ることを許した。



 ミレットとコレットに見送られて、村の外へと走っていく。


「で、フェム。なにすればいいんだ?」

『フェムの手に負えない敵が出たのである』

「ほう?」


 ヴィヴィが大きな声を出す。


「ださいのじゃ、しょせん犬――」

「ガウッ」

「ひぅ」


 怯えた様子で俺の背中にぎゅっと抱き着いてくる。

 フェムが怖いなら、からかわなければいいのに。


「ヴィヴィも馬鹿にしないの。フェムも脅さないように」

「わふ」

「で、どんな敵? フェムが苦戦するってことは並みの敵じゃないんでしょ?」

『ドラゴンである』


 背中のヴィヴィがごくりとつばを飲み込む音が聞こえた。

 ドラゴンは最強の魔獣だ。


「ドラゴンなら魔狼王が苦戦しても仕方ないな」

『なめるでない。フェムはただのドラゴンに苦戦などしない』

「ほう?」

『グレートドラゴンのアンデッドだ』

「それは、まあ確かに面倒な相手だな」

「ひぇ」


 ヴィヴィが悲鳴のような声を上げた。

 ドラゴンの中でも成体になったものがグレートドラゴンだ。

 当然だが、とても強い。


 そして、アンデッドは不死者だ。死んでいるのに動いていると言い換えてもいい。

 生者にとって致命傷となる攻撃も、不死者には致命傷とはなりえない。

 首をはねても頭を潰しても、心臓を潰しても。腕や足が物理的に動く限り動くのだ。

 倒すには四肢をばらばらにする、燃やしつくすなど、手間をかける必要がある。

 当然だが、ものすごく厄介だ。

 

 フェムたち、魔狼は牙と爪が主な攻撃手段だ。ドラゴンアンデッドとは相性が悪い。


 俺は背中で震えているヴィヴィに声をかける。


「ヴィヴィ。ついてこなくてもいいんだぞ」

「な、なにをいうのじゃ。グレートドラゴンのアンデッドなど、わらわの敵ではないのじゃ」

「そうか。たのもしい」


 そうこうしているうちに、フェムが足を止めた。

 高く急峻な岩山の近くだ。


「ここにいるのか?」

『うむ』


 周囲から魔狼たちが駆け寄ってきた。

 フェムに報告するように、わふわふ控えめに吠えている。


「ひゃあ」


 ヴィヴィが悲鳴を上げて俺にしがみついた。

 ほんと、なんで付いて来たんだろうか。


「状況は?」

『説明するのだ』


 フェムが丁寧に説明してくれた。


 昨夜、突如グレートドラゴンアンデッドが襲来。魔狼たちが撃退しようとしたが失敗。

 フェムに救援を求めたのだという。


 フェムが加わり、ドラゴンアンデッドを撃退しようとしたが、今度はレッサードラゴンアンデッドまで複数湧いてきて失敗。

 俺を呼びに来たというわけだ。


 俺はフェムの話を聞きながら、周囲を観察した。

 レッサードラゴンアンデッドの残骸が3体分転がっている。


「レッサーとはいえ、ドラゴンアンデッドを3体も討伐するとは、魔狼たちも大したものだな」

「わふ」


 ほめるとフェムは嬉しそうにする。他の魔狼たちも尻尾を振っていた。


 フェムが改めて俺の目を見て言う。


『フェムだけなら、戦えるであろ。だが、フェムは魔狼王なのだ。魔狼たちを守らなければならぬのだ』


 フェムは自分なら勝てるとは言っていない。戦えると言っているのだ。

 自分と相手の相性を含めた力量差を、フェムは正確に理解している。 

 

『だから、力を貸してほしいのだ』


 フェムはぺこりと頭を下げた。


 もし魔狼たちだけでドラゴンアンデッドと戦ったら、少なくない数の被害が出る。

 王として魔狼たちの命を守るために、頭を下げる。

 フェムは立派な王だ。


「任せろ」

「仕方ないのじゃ。大船に乗ったつもりでいればいいのじゃ」

『ありがとう』


 

 ドラゴンアンデッドたちは岩山の影にいた。ちょうど岩山と岩山の間、谷になっているところだ。

 なにやらドラゴンアンデッドたちは、フェムたちの森へと向かおうとしているらしい。それを魔狼たちが何とか押しとどめているのだという。


「フェムたちの森を超えたら、すぐにムルグ村だ。これは衛兵の仕事といえるな」

 そういってフェムの頭を撫でる。


「グレートは俺に任せろ。魔狼たちはレッサーをできる範囲で相手にしろ」

「わふ」「わふわふ」


 フェムに続いて魔狼たちも返事をする。


「わらわは?」

「ヴィヴィは好きにしろ。任せる」

「わかったのじゃ」


 俺は全員を見回した後、ドラゴンアンデッドたちが巣くっている谷に向けて呪文を詠唱する。


「――黄天に君臨せし火の女王。地獄を司りし魔の公爵。

聖なる鍵をもって、煉獄の門を開かん。

 其は太陽。其は地の王。

常闇の劫火をもって、この世の不浄を焼灼せん

我が名はアルフレッド・リントっ!」


 巨大な火球が谷に向かって飛んで、破裂する。

 俺の持つ最大限の火力で薙ぎ払えられれば、それが一番早い。だが、それをすると近くの森が一瞬で灰になる。

 だから、森に引火しない程度ぎりぎりまで抑えなければならない。

 それでも、熱風がこちらまで流れてくる。顔が熱い。


「な、なんという威力じゃ」


 ヴィヴィの震えた声が聞こえてきた。


「これで、終わってくれれば楽なんだけど」


 ――GRAAAAAAAAAAAA


 叫びながら、グレートドラゴンゾンビが谷から出てきた。

 さすがはグレートドラゴン。大きい。小山のようだ。

 アンデッドの中でも、ゾンビという種類だった。


 グレートドラゴンはゾンビと化しても強力な魔法障壁を持っている。引火を恐れて抑えた火力では燃やし尽くすことはできなかった。

 グレートの影に隠れて無事だったのか、レッサーも出てくる。

 数は五体、大きさは牛の三倍ぐらい。一体でも小さな町なら壊滅するレベルだ。


「お前ら、気合を入れろ」

「ガウガウっ」


 魔狼たちはフェムを中心に、レッサードラゴンに襲いかかる。

 みごとな連携で翻弄している。


 俺はグレートドラゴンに向けて、無詠唱で魔法の槍を連続で放つ。

 威力よりも速さ重視だ。実践では速さはすべてに勝る武器になる。


 一発目は障壁で弾かれたが、二発目で障壁を砕く。

 三発目からはグレートの体に届いた。

 俺はグレートドラゴンに着実にダメージを与えていく。


 ――GRRRRRRA


 ドラゴンが苦しそうに叫ぶ。すでに死んでいるというのに、痛みを感じるのだろうか。

 もし感じるのならば、かわいそうだ。早くとどめを刺してやるのが慈悲だろう。


 ダメージを負ったグレートが飛翔する。

 ほぼ同時に、魔狼に翻弄されていたレッサーたちも空中へと逃げだした。


「逃がすわけないのじゃ!」


 ヴィヴィの魔法陣から旋風が吹き荒れる。風の刃が組み込まれた魔法の旋風だ。

 ドラゴンたちの翼が切り刻まれる。

 ドラゴンたちは、かなりの高さまで上昇していた。ドラゴンは翼をうしない地面に叩きつけられる。

 落下によるダメージは大きい。


「とどめだ!」


 落下ダメージで魔法抵抗力と体力を失っていたので、とどめを刺すのはたやすい。

 フェムたちも、レッサーにとどめを刺している。


「まだ、動いているのじゃ」

「そうだな。燃やすしかない」

 

 とどめを刺し、戦闘力を完全に奪った後でも、腕や足がもぞもぞと動いていた。

 俺は火炎魔法で一体一体燃やしていった。 


「ワ、ワ、ワオオオオオオオオオオオオオオン!!!」

 ドラゴンアンデッドたちの焼却を確認したフェムが遠吠えした。

 魔狼たちも、フェムに続いて遠吠えする。


 その遠吠えは、まるで勝利宣言のようだった。

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