第17話

 朝、目が覚めると、堅いものが頬にあたっていた。

 そしてふさふさなものがおでこに乗っている。

 確認すると、ヴィヴィの角とフェムの尻尾だった。


「くかー」

「ふぁふぅ……」


 協定は破られていた。

 ヴィヴィは俺にしがみつくようにして、寝息を立てている。

 フェムは俺の枕の上で丸まっている。


「あのさぁ……」


 呆れるしかない。

 フェムの尻尾がふぁさふぁさ顔を撫でてくる。

 その尻尾は俺の顔だけではなく、ヴィヴィの顔や角にあたっている。


「むむう。狼がくるのじゃ……」


 ヴィヴィがうなされながら、しがみつく腕に力を込めてきた。 

 胸というか肋骨が、俺の胸に押し付けられる。多少柔らかい部分があるが、基本的に痛い。


「てぃっ! おりゃ」


 俺はヴィヴィの頭に軽く手刀をおとす。

 そして頭上に手を伸ばしてフェムをもふもふした。


「うぇ」

「ふぁふう」


 ヴィヴィは変な声をあげたが起きなかった。

 フェムは大きく伸びをした。そしてぺろぺろ顔を舐めてくる。ついでにヴィヴィの顔も舐め始めた。


「むう? ん? 狼が狼が、ひい」


 ヴィヴィは激しくうなされ始めた。やはり匂いでわかるのだろう。

 俺はフェムとヴィヴィを残して顔を洗いに行く。


 俺が顔を洗っていると、背後で

「ひゃああああ」

 ヴィヴィが悲鳴を上げた。


「朝からうるさいぞ」

「この犬がわらわを食べようとするのじゃあぁああ」

「フェムやめてあげなさい」

 ヴィヴィの顔を舐めるフェムを制止する。


「わふわふ」

 フェムの機嫌はよいらしい。


「油断も隙も無いのじゃ。恐ろしい獣じゃ……」

 ぶつぶつ呟きながら、ヴィヴィも顔を洗いに行く。


「フェムも、ほどほどにしなさい」

「わふ」


 それからミレットの持ってきてくれた朝食を食べると、仕事に入る。


「ヴィヴィは牛の世話してこい」

「えー、なんでわらわが」

「ミレットに手伝ってくれと言われただろ」


 ミレットの本業は村の薬師。だが、手が空けば何でもやるらしい。

 もともとムルグ村は、病人もけが人も少ない村なのだという。温泉の効果かもしれない。


 衛兵の食事提供も村長から依頼された仕事の一つ。

 そして、今日は牛の世話もやるようだ。


「お姉ちゃんは働き者なんだよ。いいお嫁になると思うな」

 と、ミレットの妹コレットはことあるごとに言っている。


「わらわは、魔王軍四天王。かしずかれるべき高貴なものなのじゃ」


 ミレットは働き者だというのに、ヴィヴィはさぼる気満々だ。


「働きたくないなら働かなくてもいいけど……」

「なら働かないのじゃ」

「その場合は、ヴィヴィの夕食は干し肉になる」

「……しょうがないのじゃ」


 ヴィヴィは大人しく家畜小屋に向かった。


「む! 付いて来るでない」

「わふわふ」

「ひぃ」


 フェムはヴィヴィについて行った。見張るつもりなのだろう。


 それを見送ると、俺は村の門へと向かう。そして、門の横にある椅子に座る。


「ふぁあ……」


 風が気持ちがいい。日差しも心地よい。

 鳥が飛んでいる。


 さぼっているわけではない。衛兵の業務だ。

 これが俺の本来の職務である。


「アルさん、こんにちは」

「はい、こんにちは。気を付けてくださいね」

「なにかあれば、大声で呼びますよ」


 村の外で働く人たちと言葉を交わす。

 言葉を交わしながら門から出た人数も数える。日没までに戻ってこなかった場合、探しに行かねばならないからだ。


 でも、基本的に暇だ。

 長い間、ほぼ休みなく冒険者として働いてきた。だからか、暇だと少しむずむずする。

 でも、暇そうだからムルグ村の衛兵職を選んだのだ。


「これでいいんだ。ひざにもこれがいいんだ。きっと」

 そんな独り言をつぶやいた。


――――――――


 そんな、平和で暇な日々を過ごして三日が過ぎた。

 昼間は衛兵をして、夕方になれば温泉に入り、ミレットのおいしいご飯を食べる。

 そんな日々だ。


 今日も俺は門の横で椅子に座っている。


 たまに来る行商人を村長のもとに案内したりする以外は本当に暇だ。

 村の外で働く村人も、皆日没までには帰ってくる。

 魔猪や魔狼の脅威がなくなったのだ。


「本当に、俺いらないかもしれないな」


 昼過ぎ、村長が走ってくるのが見えた。

 なにやら慌てた様子だ。


「アルフレッドさん!」

「どうしました?」

「牛が!」

「牛が?」


 牛は今日もミレットとヴィヴィが世話しているはずだ。


「でかくなりました」

「でしょうね」


 そういう魔法陣をヴィヴィに構築させてからしばらくたつ。


「いや、そういうレベルじゃなくてですね」


 その時、村の反対側、家畜小屋のある方から

「モオオオオオオオオオ」

 大地を震わすような、巨大な鳴き声が響き渡った。


「でかくないですか?」

「だから、でかいんですよ! いいから来てください!」


 家畜小屋の方向に、巨大な牛の姿が見えた。

 それは、まるで新しく丘ができたかのようだった。

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