第37話 毒使い
水野の確保及び侵入者の抹殺のために、武装した兵士たちが狭い廊下に押しかけてくる。
マキシムは廊下の曲がり角にAKMSの銃身だけを出して全ての敵を容赦なくフルオートで射殺した。
しかし水野は聞き慣れていない銃声から耳を守るため、マカロフPMを持ちながら両手を塞ぎ震えていた。
道中にマキシムが殺した死体たちを見て、死というものを初めて目にして実感したのだ。
「なんだあいつ……」
壁の向こう側に睨みを利かせているマキシムがしかめっ面で呟いた。初めて見せたその表情を見て不安になり、水野は耳を塞ぎながら質問する。
「どうしたんだ?」
「……いや、問題ない。今の弾倉を撃ち終えたら進むぞ」
マキシムは大雑把に照星を合わせて壁越しからフルオート射撃を開始した。水野は耳を両手で抑え、それでも耳を突き破ってくる銃声を我慢する。
残弾数が少なかったため、一秒足らずで全て標的へ放たれた。
マキシムは素早く壁に隠れ、タクティカルベストから新しい弾倉を取り出して空の弾倉を弾き飛ばすように素早く交換する。
それが終わると状況確認のためにポケットから軍用ハンドミラーを取り出した。伸縮棒を伸ばして壁から突き出し、向こう側に敵がいないかクリアリングする。
「……おいおい、七・六二ミリ弾をフルオートで食らって無傷な奴がいるのかよ」
「それってどのぐらいヤバいんだ?」
水野は無知であるが、銃撃を食らっても生きている人がいる存在が凄まじいのは理解できる。それでも一応、その敵の脅威度を推量するために水野は小声でマキシムに問う。
「一発当たれば手当を受けない限り、出血多量で死ぬ弾を食らっても生きてる敵がいるってことだ」
「それって相当まず」
「下がれ!」
ハンドミラーを覗き込んでいたマキシムが大声で叫んで水野の声を遮った。右手に持っていたハンドミラーを手放して水野を後方へ突き飛ばす。
何事かと思ったその瞬間、手術服を着た裸足の女が曲がり角から飛び出してきた。全身が小紫色の液体で濡れていて、金色の長髪は長い間手入れをしていないのか乱れている。
女はマキシムに腕を振るい、身に
水野が突き飛ばされた時に手放してしまったマカロフPMにも紫液が付着した。瞬く間に銃身を包み込み、蝕むようにして爛れる。
マキシムはすぐに水野の服を摘んで背中を百八十度向け、距離と確保しようと全力で来た道を駆けた。
「なんなんだ、この既視感は?」
水野は女の能力が初めて見たものだと思わなかった。どこかで見たことがあるが、はっきりと思い出せない。
「逃げるな!! 殺す!!」
女はそう叫び、右掌をマキシムの足元に向けて紫液を勢いよく噴出する。
「マジかっ⁉」
この距離からでも届くのか、と意表を突かれたマキシムは着弾寸前で跳躍して避ける。が、片足で地面を蹴ったため空中で体制を崩してしまう。同時に左手を離してしまい、水野は宙に放り投げられてしまった。
空転している水野はその最中、敵の姿を一瞬で視認する。
自分と同じ手術服に、血涙しそうなほど充血した瞳の奥では復讐心を
ボサボサの長い金髪に身に
それらの情報と容姿で、水野は路地裏で自分を瀕死にまで追い込んだ
そんな事を考え終えた瞬間、水野の体の側面が地面と接触する。廊下を転げ回り、数回転し終えた所で体制を整えて素早く立ち上がった。
すると足裏から液体に濡れている感触が伝わる。
視線を向けると、屍から漏れ出ている生暖かい鮮血が足に這い寄ってきた。水野はその血がカルラとの戦いで流した自身の血だと錯覚する。
「ひっ!」
顔色を蒼白にして思わず後退りした。
突然、右手に激痛が走った感覚を覚える。しかし腕を持ち上げて確認しても手に異常はなかった。一体何だったのだろうかと思いながら、ただ呆然としながら右手をまじまじと観察する。
傍にマキシムが通り抜け、無防備に突っ立っている水野へ指示を出した。
「水野! とびきりデカい壁を作ってくれ!」
マキシムの怒鳴り声に水野は我に返った。
右手を裸足で迫りくるカルラへ伸ばして力を込める。瞬く間に厚さが十メートル近いコンクリート壁が、廊下を遮断するように生成された。
「……で、自分が言うのもなんなんだが、これからどうする?」
マキシムは銃を構えたまま、水野へ解決案を尋ねる。
「お前……策がない状態で俺にあんな指示出したのかよ。まあいいや。壁からトンネル作って、あの能力者より後ろに出る」
「お前の能力でか?」
「そう。まあ見てなよ」
水野は左側の壁に右手を触れる。
マキシムが疑問に思う暇もなく、壁は水野の手に吸い込まれていった。人一人が通れるスペースの凹みが出来上がると永久凍土の地層が露わになる。
「そ、それがお前の能力なのか?」
「そう、俺の能力は『取り込んだ物質を任意に変形・変質させて放出する』だ。早く行こう」
水野は壁の向こう側の岩石も吸収して穿ちながら暗いトンネルを掘り進む。マキシムも驚きながらAKMSを構え、後方に注意して後に続く。
一分も経たずに、水野たちはマキシムが積み上げた遺骸が散乱する曲がり角の向こう側に抜け出した。死体たちは紅血の水溜りに立ち崩れているかうつ伏せになっている。
「クソッ! まだか! 鬱陶しい!」
後方の曲がり角からカルラの激しい罵声が聞こえてくる。
マキシムは水野でもわかる即興のハンドシグナルで「先に進む」と指示を出す。
水野は頷いて反応し、足音を忍ばせてその場から脱した。
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