第22話 見える/見えない
「そうなんですか、お疲れ様です。あ。紅茶、今熱いのに入れ替えてきますね」
「お母さん」
「あら、愛梨。それに玲凪や奏ちゃんまで」
階段を下りてきたところで、急須をもって客間から出てきたおばさんに会う。どうやら、霊媒師をしていたおばあちゃんとやらはもう来ているらしい。
「玲凪、愛梨。おばあちゃんにちゃんとあいさつしてらっしゃい。」
「は、はーい」
急須をもって台所に向かったおばさんを見届けて、先に入った愛梨さんに続いて玲凪、あたしも一緒に客間へ入る。すると、そこにはちょっと目のつりあがった気の強そうなおばあちゃんが座っている。
「お、おばあちゃん。お久しぶりです、こんにちは」
「こ…こんにちは」
その気の強そうな外見からか、愛梨さんが恐る恐るおばあちゃんに挨拶をする。
玲凪もそれに続いて挨拶するから、ついあたしも無言のまま頭を下げる。
「ん?あぁ…愛梨ちゃんと玲凪ちゃんかい。こんにちは。おや、うしろのその子は見たことないコだねぇ。いとこのコかい?」
おばあちゃんがあたしを見て、愛梨さんに問いかける。
「ち、違うのおばあちゃん。このコ玲凪の友達でね、奏ちゃんていうんだけど…」
あたしの紹介をする愛梨さんの言葉を途中で遮って、おばあちゃんはあたしに問いかけた。
「奏ちゃん…、か。最近、妙なこと起きたりしてないかい?」
……ドクン。
おばあちゃんの的確な言葉に、またもや心臓が深く脈を打つ。
(まだ名前しか言ってないのにもうそんなことわかるなんて…。やっぱりおばあちゃんは…)
思い切って自分から斗真のことを聞いてみる。
「あっ…あの、おばあちゃん”見える”んですよね?
斗真は。斗真は…ここにいますか…っ?」
すがるような思いだった。
あたしの言葉を聞いたあとおばあちゃんは一度斗真の名前をつぶやくように繰り返して口を開き始める。
「斗真…。そうかい、そうかい。斗真くんっていうのかい。…後ろのそのコは。」
「後ろ…?」
おばあちゃんの言葉に後ろをそっと振り返ってみると、よく見ないと見えないほどずっと透明に近づいていたがうっすらと、でも確かに斗真がいた。
「斗真…!あのあとから見えなくなっちゃって…何処に行ってたの?心配したんだから」
あたしはそういいながらどこか悲しそうな顔をした斗真に精一杯笑いかけてみるけれど、斗真はちょっと笑ってみるだけで口も開かない。
「奏ちゃん。お前さん、それがずっと憑いとるのを知ってて…」
「はい…。知ってました。でも…」
小さくなりかける声を振り絞るように、あたしは続ける。
「でも、この頃ずっと姿を見せてくれなくなってて…。」
そこまでいいかかけたとき、ずっと黙り込んでいた斗真があたしの言葉を遮るように重々しく口を開く。
「…う。ち…がう。違うんだ奏。そうじゃない…」
「斗真?」
「俺が姿を見せないんじゃないんだ…」
「…? どういうこと?」
「奏が。俺の姿が”見えなくなってる”んだよ…」
それだけ言い残して、霧のように空気に溶けて斗真の姿が消える。
「ま…っ、待って…!!斗真…っ!!」
「気配がない。完全にここを去ったようじゃな。うむ、なるほど…。
それで奏ちゃん、その斗真くんとやらがなくなったのはいつじゃ?」
「え?斗真が…ですか…?命日は9月10日。ですけど…」
忘れもしない、この日付。
いつでも頭の隅に張り付いたこの時間は、思い出そうとせずともすぐ口をつく。
「奏ちゃん、お前さんと斗真くんは特別な仲にあったのではないかの?」
「え…あ、はい。すっっごく……大切な人、です」
大切な人。
言葉にすると、どれくらい軽いものかと思う。
フラッシュバックのように脳裏を斗真とのあらゆる思い出が駆け抜ける。
あの季節も。あの時間も。あの瞬間も。あの話も。
「大切な人…、なるほど」
おばあちゃんが納得したように、一人うなずく。
「………?」
「向こうにとってもお前さんは、同じ存在だったようだね」
「え…?」
「信じられないが…どうやら互いの強い想いがこの世とあの世との波動を捻じ曲げ、まったく霊感のない奏ちゃんでも普通に姿を見たり、会話をしたりできたみたいじゃ。よっぽど奏ちゃんに対して強い想いを抱いているんだろう」
「とう…ま…。」
死んでしまった今となってもあたしを想ってくれていた事実に、おもわず口元から斗真の名前がこぼれる。
その様子を初めは優しく見守っていてくれたおばあちゃんだったが途中から何かを思い出したように険しい表情になる。
「しかし、あれはちょいと危険かもしれないね。どうやら、心に深い悲しみを抱えてる。このままだと悪霊になってしまうことも…」
「斗真は悪霊なんかじゃないし、悪霊になんかならない…っ!!」
「奏…」
「奏ちゃん…」
おばあちゃんの一言に涙目で反発するあたしを玲凪も愛梨さんも、どうしたらいいのかわからずただ悲しそうな目で俯いていた。
感情的にこう怒るのがいけないことぐらいあたしでもわかっていた。だけど、頭の中がぐちゃぐちゃにかき乱れて、考えることなんてできなかった。
「しかし、奏ちゃん。斗真くんが霊体ならば共にいられるは完全にあの世に行く前の死後49日間の間だけ」
「……っ」
「それ以上は…長らく留まってしまえば霊魂は生にすがりつきたくなって、悪しきものと変わるはず。その時はつらいかもしれないがわしらは……祓わなければならんのじゃ。……それでも、いいのかい…?」
(斗真を…祓う…)
考えてみれば、それがあるべきこの世とあの世の繋がり方。
霊体と生きた人間が共に共存するあたしたちの今までの日常のほうがむしろ正すべきことなのかもしれない。
だからー…きっとおばあちゃんのいうことが正しいんだ。
いつか離れてしまうのならいっそこれ以上離れたくなくなってしまう前に。
もう会えなくなるのならいっそもう一度会いたくなるその前に。
早く、この場ででもサヨナラできたほうが辛くはなかったのかもしれない。
(だけど…)
「……いの。それでもいいの…。
それでもいいから、一緒にいられる時間を。いられる今を。どんなに1秒先までしか変わらなくたっていいの。それでも、一緒にいたいよ…!!」
共にいられる時間の大切さ。
笑いあえる1秒1秒の輝き。
ゼンブ、全部 ”生きていた”ころの斗真を失って気付けたこと。
ならーーー…。
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