始まりの世界の物語~少年は聖なる剣で運命を切り開く~

天羽睦月

第1話 この世界は残酷だ

誰かが言った。この都には幸せしかないと。

誰かが言った。この都には苦痛がないと。

誰かが言った。この都には入れば出ることはないと。

誰かが言った。この都には安寧があると。


誰もが悠久の都に入った瞬間は、喜びに溢れていた。しかし、それは嘘である。誰かが言っていたことは悠久の都が流した嘘であり、入ったら出ることがないのは出れないからであった。

一部の人たちの幸せのために、大多数の人々は苦痛を強いられている。出ることが出来ない。抵抗する意志さえなくなる。幸せとは程遠い生活であった。

だが、それでもスラム街に逃げ込んで似た境遇の人たちと楽しく暮らす人たちや、辛い毎日を送りながら少しでも良い生活をしようと身を切り裂いてでも生きている人たちもいる。


「ねぇ聞こえる? ねぇ?」


薄汚れている空気が漂い、ゴミが地面に置かれ、廃材で建てられた家が無数に並ぶスラムの横道で赤い髪色をしている短髪の小さな女の子の声が聞こえる。その声は幼いながらも意志が宿っているように聞こえる。その女の子は目の前で血を流して倒れている父親と母親に何度も話しかけていた。


「お前たちが邪魔をするから! スラムの住人が話しかけるな!」


銀色に輝く甲冑を着ている左頬に切り傷がある黒髪で短髪の若い男性が白い剣に付いた血を払いながら、地面に倒れている少女の両親を何度も蹴っていた。


「やめて! お父さんとお母さんを蹴らないで!」


少女が騎士の足にしがみ付くと、その騎士は少女の左頬を右手の掌で叩いた。


「スラムの住民が私に気安く触れるな!」


そう言って少女の唾を吐きかけると、若い騎士はスラム街の横道から出て上層に戻るために道を歩く。


「待って! 待ってよ! 助けを求めたのに、なんで斬ったの!?」

「気安く話しかけるな、ゴミ」

「お父さんとお母さんを助けてよ! 死んじゃうよ!」

「生きている価値がない人間以下の生物を、助ける意味などない」


少女が何度も話しかけていると、若い騎士は剣を少女の顔の前で止めた。少女は剣の尖端が自身の顔の前にあることに恐怖し、地面に力なく崩れ落ちてしまった。


「なんで……どうして……私たちは何もしていないじゃないですか……」


少女は地面に座りながら若い騎士に力ない言葉で若い騎士に言う。その言葉を聞いた若い騎士は、鼻で少女のことを笑った。


「お前たちスラムの住人には、価値がない。 王の礎にもなれず、上流階級の方々の生活の糧にもなれず、この悠久の都の発展にも寄与が出居ていない棄民だ。 お前たちは抗うことをやめ、スラムに逃げて細々と自身の境遇を恨んで生きることを選んだんだ」

「そ、それは王様や騎士様たちが私たちを助けてくれないから……」

「助けるわけないだろ。 価値がないお前たちを救う意味が私たちにはない。 もしかしてこの悠久の都の謳い文句を信じていたのか?」


謳い文句を信じていたのかと言われた少女は、信じてます。信じてましたと小さな声で呟く。その言葉を聞いた若い騎士は爆笑をした。


「子供だから仕方ないと思うが、そんな幻想を信じていたのか!」

「信じてます! 悠久の都は私たちを救ってくれると!」

「そんなことはありえない! この都はお前たちの敵だからだ!」


そう若い騎士が言うと、剣を鞘に入れて少女から離れた。若い騎士は懐から通信機らしき小型の機械を取り出すと、今から戻りますと声を発していた。


「スラムに逃げた犯罪者二人の殺害を完了。 これより帰還します」

「犯罪者って、お父さんたちは何もしていないよ!」


少女が若い騎士に何もしていないと言うと、若い騎士は少女と同じ目線に屈むと、犯罪者だと答える。


「お前の両親は、何十回とスラム以外の町で食料や家電製品を盗んで売り捌いたりしていたんだ」

「そ、そんなことしてないもん……優しいお父さんとお母さんだもん……」

「あり得ないことはあり得ない。 スラムで暮らしているのに、たまにいい食事が出ただろ? それが答えだ」

「確かにたまに美味しい食事出てたけど……」


若い騎士はそう答えるとスラムのゴミにかまっている時間はないと言い、その場から離れた。少女は一人その場に残されると、これから一人で生きて行かないといけない事実に恐怖を感じていた。少女が地面に座り込んでから何時間が経過したか分からないほどに時間だけが流れていると、一人の少女が近づいてきた。


「どうしたの? ここにいたら危ないよぉ?」


薄いピンク色の髪を持つ、漆黒のような黒色の瞳を持つ二重の目元が可愛い白いワンピースを着ている少女が来た。その少女に話しかけられた赤髪の少女は、薄いピンク髪の少女に話しかけないでと言う。


「どうしたの? どこか痛いの?」

「知らない。 話しかけないで」

「心配だよ」

「こっちに来ないで」

「痛いなら擦るといいってママが言ってたよ!」

「それじゃ治らないわ」


断り続けても話しかけてくる薄いピンク髪の少女に、赤髪の少女が立ち上がって突き飛ばした。


「放っておいて! 私は一人なの! もう誰もいないの!」


そう言って赤髪の少女は遠くに倒れている両親を指さした。すると薄いピンク髪の少女はごめんなさいと涙を流して謝った。


「何であなたが泣くの? 泣きたいのは私だよ!」


そう言って赤髪の少女も泣き出してしまった。薄いピンク髪の少女は赤髪の少女に抱き着いた。


「な、何よ突然!? 離して!」

「離さない! 一人で生きるのは辛いわ!」

「今日から一緒よ! 一緒に暮らしましょう!」

「でも、こんなスラム街で突然一人増えたら暮らしていけないよ……」

「大丈夫! 私の家はスラム街じゃなくて、一階層上のギリギリ普通のエリアだから!」


薄いピンク髪の少女がいるギリギリ普通のエリアとは、スラム街ではないがスラム街に近いエリアであるが、スラム街とは段違いの生活が出来る場所である。そこで暮らす人々は棄民ではなく、悠久の都に寄与をし、王族からの庇護下にある住民である。


「私がそこに行っていいの? 邪魔じゃない?」

「邪魔じゃないよ!」

「こんな場所で初めて会った人に対して親切過ぎない?」

「過ぎません」

「私は行っていいの?」

「いいんだよ」


そう言われた赤髪の少女は号泣をしてしまった。薄いピンク髪の少女は赤髪の少女の右手を掴んで、スラム街から出て行った。この二人の少女が出会ったことにより、この時から十年後の未来に運命の歯車が回り始めることとなる。

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