第四章 建国騒動

第一話 建国と婚約


 建国宣言で一番盛り上がったのが、龍族が住まう森に繋がる街道の公開と龍族が隣人として付き合っていけるという内容だ。


 辺境伯は、公王を名乗ることになる。

 おっさんの助言もあり、ラインリッヒ公国を名乗ることになった。


 イーリスが、公王の長男と婚約が発表された。

 民衆からは好意的に迎えられた。


 イーリスが、辺境伯領に来てから行っていた行動が評価された結果だ。一部の者たちからは、帝国との橋渡しを期待する声も聞こえたが、イーリスが帝国の名前である。アルシェの名前を外したことから、失望する声も聞こえてきた。


 イーリスも、公王も気にした様子を見せない。


 イーリスが帝国の名前を外すのは、決められていた。そして、おっさんは、帝国を排除することで、一種の踏み絵の役割を果たすと説得した。

 帝国の一部であった辺境伯は、帝国から”辺境伯”の地位を与えられて、領地を統治が出来ていた。


 独立を宣言して、建国を宣言した。

 実質的には、統治する権限は持っていない。民衆の支持だけが、公国を支えている。


 民衆だけではなく辺境伯に恭順を示した貴族家の支持は、龍族の支援が期待できることに起因している。

 安全に生活ができる事が、大きな理由だ。


 そして、帝国からの制裁も気になっている。

 当初は、イーリスが帝国からの制裁を緩めるのではないかと期待されていたが、帝国の名前を外したことで、イーリスでは帝国の盾にならないことが解って、手のひらを返す者たちが現れた。


 帝国でも、辺境伯の動きに合わせて、各地で反乱が発生した。

 勇者たちを押し付けられた、下級貴族が連合を組んだ形だ。


 ラインリッヒ辺境伯に呼応するように、勃興した国は、帝国の圧力に屈することになった。ラインリッヒ辺境伯領は、建国のために準備を行っていた。国境線に砦や塀を築いている。公国だけで、自給自足が可能な状況になるまで我慢をしていた。

 全ての準備が整ったことを確認してから、フォミルが帝国の王都を脱出して、辺境伯領に入り、建国を宣言したのだ。


 おっさんとカリンが、辺境から魔の森に居を移してから、既に5年が経過している。


「まー様とカリン様は、本当に・・・」


 イーリスは、戦力の貸し出しをお願いするために、おっさんの所を訪ねていた。

 頻繁に来ているのだが、それでも二人の姿が変わらないのには驚いている。


 おっさんが変わらないのは、年齢だと言えるのだが、カリンも最初に会った時と変わらない姿で交渉の場に来ている。


「久しぶりだな。イーリス。それで?結婚の報告か?」


 おっさんは、カリンが持ってきた珈琲を飲みながら、イーリスの見た目に関する話を無視する形で、終わらせる。


「いえ、婚約はしましたが、結婚は公国が落ち着いてからです」


「ん?敵対してきそうな所は、潰したよな?」


 落ち着かないと言っているが、既に公国は、帝国や魔の森からの支援がなくても、独り立ちして行けるだけの経済力と同等の軍事力を持っている。

 数万程度の敵なら、防御戦という条件は着くが、問題なく撃退ができる。


 実際に、建国宣言後に、帝国は挙兵したが、公国が組織した防御ラインを突破できなかった。おっさんだけではなく、カリンも力を貸していたのだが、それでも公国が帝国を追い返したのは、十分にインパクトがある結果だ。

 それだけではなく、帝国が内部分裂を行うように仕向けた。


「はい。しかし、面倒な連中が残ってしまいました」


「勇者たちか?帝国は、また勇者召喚を行おうとしたのだろう?」


 本来、力を殺いで置きたかったのは、勇者として召喚された者たちだ。

 別々の貴族家に囲われている関係で、お互いに力を合わせて戦う事が無かったので、それほどの脅威では無かったが、腐っても勇者だ。勇者が出てきた戦場では、公国は苦戦を強いられた。

 おっさんが取った戦略は、勇者が居る部隊を徹底的に避けて、孤立させることで、戦力として使えなくすることだった。


「はい。そちらは、潰れました。実際には、まー様が仕掛けた罠置き土産が有効に働いたのですが・・・」


「それは、それは・・・。それで?」


「はい。お願いがあります」


「できる事と、出来ない事がある」


「はい。まー様。いえ、カリン様にとって必要なことかと思います」


「え?私?」


 カリンは、急に自分の名前が出て驚いてしまった。帝国には、もう関係がないと思っていたのだ。


「はい。カリン様とまー様の姿絵が出回ってしまって帝国が引き渡しを要求してきました」


「ほぉ・・・。姿絵?」


 おっさんは、イーリスを鋭い目つきで見つめる。おっさんとカリンの姿絵は、公国の建国祭後に行われた、帝国侵略後に書かれた物だけだ。

 戦争で奮戦したおっさんとカリンの姿絵を民衆が欲しがったという理由でイーリスが求めたのだ。


 おっさんは、自分とカリンの姿絵は戦争時の様子だけを許可して、普段の姿は許可しなかった。

 当然、絵師の前でポーズを取るような拷問は受けなかった。


 全ての姿絵を見たわけではないが、おっさんとカリンだと解るような物は無かった様に記憶していた。


「・・・。はい」


「まぁ・・・。いい。それで?」


「公王は、知らないと突っぱねましたが、帝国の貴族・・・。数家が連合を組んで、攻め込む準備を始めています」


「公国に?」


「はい。開戦の理由が、まー様とカリン様の引渡しでして・・・。まー様たちの助力を願いたいと考えております」


「まーさん?」


「イーリス。想定される、相手の総数は?」


「7家です。兵数は、総数10万と予測されています。連合軍は、30万の軍隊と言っています」


「さすがに、その人数だと公国だけだと辛いか?」


「はい。”負ける”とは思いませんが、犠牲が多くなってしまいます。問題は、数か所は・・・。多いと、5箇所の開拓村は諦める必要が出てきます」


 おっさんは、指でテーブルを数回ほど弾いてから、地図を取り出した。


「イーリス。攻め込まれる方向は?」


「3方向です」


 イーリスは、防御壁がある場所の近くに、石を置いた。

 3か所から攻められることが解る。


 おっさんは、イーリスに想定される家と総数を、書き出すように伝える。


「ん?」


 イーリスが書き出した貴族家の名前を見て、おっさんは不思議に感じた。


「どうしました?」


「この連合は、本当に攻めて来るのか?」


「はい」


 イーリスは、おっさんが言っている話が解らなくなってきた。

 貴族家の名前を見てから、おっさんは何かを考えているようだ。


 そして、自分の書いたメモを取り出して、何かを見つけてから、新しいメモに何かを書き出した。


「イーリス。貴族家の当主や関係性は、変わっていないよな?」


「大きくは、建国当時と変わっていません」


「この連合軍は、攻めるのが本筋の目的としていないぞ?」


 おっさんは、書いたメモを地図上に置いて見せた。


「え?」


「鈍ったか?」


 以前のイーリスなら、この時点で事情を把握していたのだろうが、公国の内政に携わることが増えて、外務がおろそかになっていた。

 そして、勘所を嗅ぎ分ける嗅覚が鈍っていたのかもしれない。


「どういう・・・。あっ!」


「まーさん。どうするの?」


「ん?援軍は出す。サラマンダーやエルフやウィンディーネの中から、暴れたい者たちを選出する」


「いいの?」


「あぁ戦闘にはならないと思う」


「え?どうしたらいいの?攻めてきているのだよね?」


「あぁこの7つの家に間違った家向けに送ったと思わせる。伝文を拾わせる」


「ん?」


「流言を持って、この戦争を終わらせる。それだけだと、兵士数が減らないから、また攻めてくるだろう?」


「うん。誰も傷つかないのはいいけど、また攻め込んできたら面倒だよ」


 ニヤリと笑ったおっさんは、メモに新しく何かを書き込んで、地図嬢に広げて見せる。


 借金で雁字搦めになっている7家が連合軍を組んで攻め込んでくる。なら、どこかの一家が抜け駆けして、公国と交渉を行ったと思わせるだけで、連合軍は瓦解する。それが、7家がそれぞれに仲が悪かったり、利害関係が相反したり、協力体制が悪かったり、それぞれに蹴落としたい貴族が裏切り者だと思われる書簡が届けられたら、簡単に連合軍は疑心暗鬼になり、瓦解する未来が待っている。


 イーリスは、地図を見てから、メモを拾い上げて読んで納得をした。

 あとは、タイミングの問題と、犠牲を抑える施策を行う必要がある。


 ただ、おっさんはこの7家の連合軍の撃退は、流言だけで勝てると考えているが、帝国がしっかりとした御旗を掲げて攻めて来る時期が早まっているように感じている。



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