第四十話 聖獣


『我は黄龍。龍族の長だ』


 黄龍と名乗った龍が、おっさんの前に降りて来る。


 まーさんは、降りてきた龍を見て、”竜”ではなく”龍”なのに、感動を覚えていた。カリンも、輝く鱗を見て唖然としていた。ドラゴンが存在しているのは、イーリスに聞いて知っていたが、”龍”が存在しているとは思わなかった。


「私の事は、まーさんと呼んでください。”まーさん”で敬称が付いている状態です」


 おっさんの自己紹介を聞いて、カリンは慌てて黄龍を見るが、表情はわからない。もともと、表情があるのかも怪しいが、不快に思ったり、怒ったり、気分を害している様子はない。カリンは、おっさんを睨んでから、自分も同じように自己紹介を行った。


「あと、大川さんですが、大川という名前は、日本に居た時の名前なので、出来ましたら”バステト”と呼んであげてください」


『了承した。バステトと呼称しよう』


「黄龍様。なぜ、”日本語”が読めるのか説明をして頂けますか?」


 カリンも、おっさんの言葉を聞いて、初めて気が付いた。

 ”大川大地”は日本語で書かれている。その為に、現地の人たちは読めない。バステトは、読める可能性はあるが、おっさんが適当に付けた名前で読める可能性は低い。

 しかし、黄龍は、バステトに名付けをしたのが、おっさんだと認識した上で、”大川大地”と呼んでいる。


 おっさんは、最初のコンタクトで日本語を読める黄龍の存在を警戒した。


 黄龍が特別ならいいのだが、”日本語”を理解して読める人間が居るとしたら、おっさんは作戦の変更を考える必要がある。出来れば割けないと思っているが、黄龍との戦いまでも視野にいれている。


『小さき者よ。それほど、警戒しなくてよい。聖獣の主と戦おうとは思わぬ』


「そういわれても・・・」


『そうじゃな。小さき者・・・。まーさんとやら、貴殿たちは、鎮守の森に居を構えたいと聖獣殿に聞いたが?小さき者たちには、不便な場所ではないのか?』


 どうやら、黄龍は自分の疑問が解決しない限り、おっさんの質問には答えるつもりはないようだ。

 カリンは、おっさんと黄龍のやり取りを、ハラハラした気持ちで見ていたが、バステトがカリンの雰囲気に気が付いて、近づいてきた。


 足下で鳴いたバステトを抱き上げて、カリンはバステトと少しだけ離れた場所に居ることにしたようだ。

 後ろに下がる時に、おっさんと視線が合ったが、おっさんは苦笑するだけに留まった。カリンは、おっさんの承諾を貰えたと考えて、岩が露出している部分まで戻って、腰を降ろした。声は、ギリギリ聞こえる距離だ。日本に居た時なら不可能だが、カリンもステータスが上がって、聴力も上がっている。聞きたくないことまで聞こえるので、今は聞こえる範囲を調整できるように訓練をしている。


「多少の不便よりは、人と距離を置ける場所が必要なのです」


 おっさんは、黄龍との会話は不可能だと思い始めているが、会話を続けなければ、相手からの情報も聞き出せない。

 黄龍は、方法は不明だが、おっさんとカリンとバステトのステータスだけでは説明ができない情報を見ているようだ。


 警戒するなというのが無理な状況だが、おっさんは考え方を変え始めている。


『今代の異世界人は変わり者だな』


 おっさんは、黄龍の”異世界人”よりも、”今代”が気になった。

 帝国の初代は、異世界人であることは、イーリスからも書物からも解っている。その後も、帝国は何度も誘拐を行っている。


 そして、おっさんが気になるのは、”今代”という言葉が、自分たちの事を指しているとしても、同時期に複数の召喚が行われている可能性がある。そうなると、異世界人として、意識しなければならないのは、帝国に居る勇者たち以外にも居る可能性がある。


「”今代”と言うからには、複数回の召喚が行われたのですか?」


『鎮守の森に、聖獣の加護が与えられれば、我らの負担も減る。我らとしては、貴殿たちが居を構えるのには反対はせぬ』


「ありがとうございます。鎮守の森を治めているのが黄龍様たちなのですか?」


 おっさんは、”我ら”の言葉から、”黄龍様たち”と黄龍に準じるものが複数存在していると考えた。


『我たちは、五龍で為す。黄龍である我が中央にて”落ち神”を押さえ、青龍、紅龍、白龍、黒龍が我の補助を行う』


「落ち神?」


『古き時代に、魔王と呼ばれた者だ。異世界人でも討伐が叶わず、我たちが古の理により、封印を担っている』


 おっさんは、新たな情報に戦慄を覚える。

 まずは、初代は”魔王”を討ち滅ぼしたことになっているが、実際には滅ぼせていない。黄龍が”嘘”を言う理由はない。


 おっさんは、もう一つ気になる事がある。


「黄龍様。普段は、どのようなお姿で過ごされているのですか?」


『我たちは、小さき者たちと違う存在だ』


 おっさんの予感が悪い方向に当たった。

 ”魔の森”と呼ばれるくらいに、魔物が出現する森だ。黄龍は、”鎮守の森”と呼んでいる。黄龍と人では認識が違っているとは思っていた。そして、”魔の森”の頂点が龍だとは聞いていない。主となる魔物が居るのではないかと言われていたが、実際に”見た”者は居ない。


 ”龍”が”魔の森”に住んでいると解れば、もっと話が上がってきても不思議ではない。

 帝国は、”龍”の討伐に動く可能性もある。帝国での”龍”の扱いが解らないおっさんは、イーリスに問いただす必要を感じていた。もしかしたら、帝室にしか伝わっていない話が存在している可能性もある。


「ありがとうございます。私たちは、居を構えたいと思います。場所の指定はございますか?結界を張って、魔物の侵入を防ぎたいと考えております」


 やっと、会話が繋がった感じがして、おっさんは一歩踏み込んだ話を始める。


『構わぬ。まーさん。結界なぞ必要なのか?』


 おっさんは、”魔の森”に居を構える準備として、結界でセーフエリアを作る予定で居た。

 黄龍の言い方では、結界が必要ないと言っている。意味が解らない表情になってしまってもしょうがない。


「え?」


”にゃぁ”


 カリンに抱きかかえられていたはずのバステトが、おっさんの足下で鳴いた。


 バステトは、おっさんに説明をした。

 聖域の事は知っているが、聖獣としての能力が解放されていないから、今は使えない。


 使えるようになれば、結界は必要ない。聖域は、許可された者以外の侵入を防ぐ効果がある。らしい。


「そうなのですか?」


 おっさんは、バステトの説明を聞いて納得した。

 今は使えないのなら、使えるようにバステトさんの訓練にも付き合うと決めた。細かい事は、黄龍との話し合いが終わってから行えば良いと思っていた。


『ふむぅ。バステト殿は、聖域の設定が行えないのか?』


”にゃ・・・”


『力は十分なようだな。聖獣としての、枷が外れていない様じゃ』


”にゃにゃ”


『よいぞ』


 おっさんは、ゆっくり成長していけば良いと思っていたが、バステトの思いは違っていた。

 自分を助けて、自分の主となってくれたおっさんに恩を返したいと思っていた。そのチャンスが目の前に来たのだ、飛びつかない理由はない。


「まっ」『鎮守の森の長。黄龍が請う。汝の枷は我が貰い受ける』


”にゃ!”


 おっさんの”待って欲しい”というセリフは完全に無視された。

 バステトも、聖獣としての枷が外れるので、戦力は大幅にアップする。


 既に光りだしている状況では、停止は出来ない。


”にゃぁぁぁぁ!!!!”


 バステトの咆哮に近いような可愛い鳴き声が鎮守の森に響き渡った。


 その瞬間に、光が収束して、今度は闇が辺りを支配する。

 全ての光がバステトに集まるように、バステトだけが光り輝いている。


 その光が全て、吸収されるまで、5分程度の時間、おっさんとカリンと黄龍はバステトの変化を見ている。



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