第三十八話 野営


 おっさんは、後始末をダストンとロッセルとイーリスに任せて、バステトと森に向かう。今度は、カリンが一緒だ。イザークは一緒に行きたがっていたが、イーリスに押し付けるようにして、おっさんとカリンとバステトで森に向かった。


「まーさん?」


 森に入ってから、おっさんが一言も話していないのに違和感があった。


 カリンも単独で森の浅い層くらいなら探索ができる。


「あぁ誘っておいて、悪いな」


「いえ」


「バステトさんが”何か”を見つけて、その場所に向かっているのだけど・・・」


「え?バステトさんが?」


”にゃ!”


 バステトが任せろと言っているように振り返って二人を見てから、また歩き出した。


「まーさん。バステトさんが、案内しているのは解りましたが、私を誘った意味を聞いていませんよ?」


「うーん。これも、バステトさんだな。最初は、俺一人で行こうとしたら、カリンを呼ぶように言ってきた」


「え?そうなの?」


”に!にゃぁ!”


 カリンも、先頭を歩いているバステトが二人をどこかに連れて行きたいのだと認識した。


「ねぇまーさん」


「あぁ」


 おっさんもカリンも、不思議に思い始めていた。

 二人で森に入ったことは、何度もあるが、森の浅い場所でも、2-30分も歩けば、魔物とのエンカウントは1回や2回ではない。それが、今日は既に1時間近く歩いているが、魔物に遭遇していない。

 最初の頃は、バステトが魔物の居ない場所を案内しているのかと考えていたのだが、案内がほぼ直線で、魔物を避けている様子がない。


 おっさんやカリンが、力を解放すれば、森から出てくるような弱い魔物では、近づいてこないのは既に実験で解っている。

 しかし、森の中央に向かって歩いているのに、魔物に遭遇しないのは異様なことだ。


”にゃにゃにゃぁ”


 前を歩く、バステトが振り向いてから、二人に何かを説明した。


「まーさん?」


「もう少し歩いた場所で、休憩の様です」


「え?」


「野営の準備をして欲しいそうです」


「野営ですか?まだ、進むのですね」


 カリンが疑問に思うのも当然だ。

 既に、中層の中間地点に来ている。二人でも気を使う魔物が出現する場所だ。


 これ以上の深層には、二人でも対処が難しい魔物が多く生息している。


「そのようです」


 中層ならまだ大丈夫だとは思うが、この場所での野営は危険だと二人は考えている。


「でも、歩いた距離から考えると、この辺りは中層ですよ?」


 カリンが心配している。


”にゃぁにゃにゃ!”


 カリンの様子を見て、バステトが二人に向けて、大丈夫だと言い始める。


「え?本当ですか?」


 おっさんは、すぐにバステトに聞き直すが、返事は”肯定”だ。


「?」


 バステトの言葉は、カリンも”なんとなく”なら解るようになってきたけど、契約者であるおっさんほどしっかりと解るわけではない。


「魔物の心配はないと言っています」


 カリンの表情は、おっさんにも理解ができる。

 実際に、おっさんもバステトから聞いているけど、内容の理解ができない。


 しかし、バステトが大丈夫だと言っている上に、中層に来てしまっている。

 周りの雰囲気から、もうすぐ日も暮れるだろう。


 今から戻っても、明るいうちに森を抜け出せるかギリギリになる。

 それなら、バステトの言っていることを信じて、野営を行ったほうがいい。


「バステトさん。野営に適した場所はありますか?」


 おっさんの言葉を受けて、バステトが歩き出す。


 5分ほど歩くと、綺麗な川が流れている開けた場所に出た。

 野営には適している。魔物の襲撃があっても対処が可能な広さがある。水が近いのも嬉しい。大きな岩があり、岩陰に隠れるように野営地を作ることが出来そうだ。


 おっさんは持っていたテントを展開する。

 カリンも慣れた手つきで、竈を作る。


 経験していることなので、何も言わなくてもお互いに作業の分担をして、野営地を構築している。


 バステトは、二人の作業を見ていたが、おっさんに話しかけてから野営地を離れた。


「あれ?バステトさんは?」


「”獲物を狩ってくる”と、言って走り出しました」


「獲物?」


「夕ご飯だと思いますが・・・。持っている物ではダメらしいです」


「まーさん。食料も、作った物も、持っていますよね?」


「バステトさんと、カリンに分けても、十分な量がありますよ?もちろん、お弁当も、カリンには必要ないけど、お酒もありますよ?」


「まーさん。そろそろ、私もお酒を飲んで」「ダメです」


「うぅぅぅ」


「お酒なんて、飲まないほうがいいのです」


「でも・・・」


「”でも”じゃ、ないよ」


 おっさんは、カリンがお酒を飲むのを許していない。

 別に、カリンもお酒を進んで飲みたいとは思っていない。ただ、夜におっさんが一人で寂しそうに飲んでいたのを見てから、自分が飲めれば、変わるかもしれないと思っている。


 カリンも、無理に飲もうとは思っていないので、おっさんの許しがあるまでは飲まないようにしている。


「・・・。うん」


「わかってもらったようで良かったです」


 カリンは、何度もこの流れを行っている。

 この後で、おっさんがカリンの頭を撫でてくれるのが好きなのだが、何か釈然としない気持ちになる。


 野営地の設営も終わって、おさんが持っていた飲み物で喉を潤していると、バステトが帰ってきた。


 鳥系の魔物を咥えている。

 今日の夕ご飯にして欲しいと、おっさんに要望を出している。


 バステトの要望を聞いて、血抜きを行って、鳥を捌いていく.カリンも慣れているので、おっさんを手伝う。

 鳥は1羽だが、地球の鶏に似た姿をしているが大きさがバグっている。大型犬と同じくらいの大きさの鶏だ。骨が太いので、捌くのにはそれほど苦労はしない。羽毛も売れるので、しっかりと確保している。


 塩で味付けして、串に刺して焼いて食べた。


 1羽だけだが、十分な食料になった。


 残った物は、バステトさんが何かに使うようで、確保していた。

 気にしてもしょうがないと考えて、おっさんとカリンは休む準備を始める。


 おっさんが水場を要求したのは、半分はカリンの為だ。おっさんは気にしないが、カリンが寝る前に”水浴びがしたい”と言ったことがあった。おっさんは、バステトにスキルを使ってもらってさっぱりしているのだが、カリンは身体を拭くのと、簡単な洗濯を望んだ。

 今回は、綺麗な水が流れる川が近くにある。

 カリンは持っていた簡易衝立を設置して、目隠しをしてから、着ていた物を脱いで全裸で水浴びを始める。水は、スキルを使って温度を上げている。服の着替えもあるので、洗っても大丈夫だ。

 最初のころは、外で全裸に鳴るのに抵抗があったが、近くにはおっさんとバステトしかいない状況であり、おっさんも解っているので、カリンが水浴びを始めれば、離れて周りを見張ってくれる。衝立があるので、大丈夫だと最近では慣れてきた。日本に居た時に履いていた下着は履いていない。ブラも同じだ。素材が痛むのを気にしている。下着は、綺麗にして保存している。


「まーさん。ありがとう」


「あぁ」


 カリンは水浴びと洗濯が終わったことを、おっさんに告げる。


「先に寝ていいよ。疲れただろう?」


「いいの?」


「俺は、スキルの実験をして起きているよ」


「そう・・・。わかった」


”にゃにゃにゃ!にゃぁ!”


「本当ですか?」


「まーさん?」


「魔物は出ないから二人とも寝て大丈夫だそうです」


「バステトさん?魔物が出ないって本当?」


”にゃ!”


「”そうなっている”??」


”に、にゃ!”


「バステトさんが、見張りをするから大丈夫だと言っています。だから、カリンは安心して寝てください。添い寝は必要ですか?」


 バステトの慌てた訂正が気になった。何かを隠しているように思えるが、おっさんはバステトが二人を危険な場所に誘導するとは思っていない。何か言えない事があるのだろうと考えている。


 おっさんが言った”添い寝”は、カリンが寝ようとしない時に使うセリフなのは解っているが、聞いてから、少しだけ不貞腐れた表情を見せてから、”そんな子供じゃない”と言って、寝床に入る。二人のコミュニケーションの一つだ。


 おっさんは、バステトが岩の上で丸くなっているのを確認して、自分の寝床に入る。カリンの寝息が聞こえてきたのを確認して、ゆっくりと目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る