第三十話 少年走る


 俺は、イザーク。

 おババに手紙を届けた。おばばから、まーさんが凄い奴だと聞かされた。


「まぁいい。まーさんからの指示を伝える。イザーク。お前には、拒否はできない。解っているか?」


 解っている。アキ姉がまーさんと一緒に居る。アキ姉の所に帰る為にも、まーさんから出された指示はしっかりと実行する。


「うん」


 俺の返事を聞いて、おババが俺を見て来る。いつものような視線ではない。

 どこか優しい感じがする。


「まずは、イザーク。この手紙を持って、領主の館に向かいな。門番に、手紙を見せれば、いい」


「え?」


「なんだい。領主の館を知らないのか?」


「知っている。でも・・・」


「大丈夫だ。手紙を門番に渡したら、後は、門番の指示に従えばいい。この子らは、ここで預かっておく」


 え?領主?

 俺が?一人で?確かに、弟たちを連れて行くわけにはいなかい。でも、俺が?アキ姉なら・・・。ダメだ。俺が行かないと、それに早く澄ませて、戻らないと・・・・。


 領主の館は、もちろん知っている。

 近づいてはダメな場所だ。


 領主の館までは、歩けばそれだけ遅くなってしまう。少しでも早くアキ姉の所に戻りたい。だから、全力で走った。領主の館の位置も、街の中も、俺は熟知している。どこを走れば早いのか?人が少ない場所を選んで走る。頭の中で、街を思い浮かべて、今の最短距離を全力で走る。


 領主の館の裏側に出る小道を走っている。

 裏から、表に回るのに、時間がかかるが、これが一番早い。人を避けなくていいので、走りやすい。


「これを」


 普段なら、絶対に突き返されるか、怪しい奴だと言われて、殺されてしまう。

 手紙を先に出したら、門番の顔色が変わった。


「これは、どうした?」


「え?まーさんに渡された・・・」


 どう説明したらいいのか解らなかったから、とっさにまーさんの名前をだしてしまったが、大丈夫だったようだ。


「そうか、まーさんの・・・。解った。待って居ろ。おい。これを、イーリア様に。あと、この子供を待機所に連れていけ」


 イーリア様?

 え?待機所?


 まーさん?何者?


 まーさんは、不思議な人だ。強そうには見えなかったが、スラムに居た奴らを倒したらしい。あの強い猫がやったのか?

 よくわからない。でも、俺たちは生きている。武器を向けたら倒される?ナイフは切られたけど、俺たちは殺されなかった。


 待機所で待っていると、門番の一人が現れた。


「名前は?」


「え?」


 名前?俺の?

 貴族に仕えるような人が?

 それこそ、ギルドの人たちでさえも、俺たちを人として見ていない。”おい”とか”お前”とか適当な呼び名で呼ぶのが普通だ。それなのに名前?


「君の名前だよ。あるだろう?」


 ”君”なんて言い方で呼ばれたことはない。


「あっ。イザークです」


「イザーク。まずは、身体を拭かせてもらう。あと、服も着替えて貰うぞ」


 身体を拭く?

 着替える?


「え?え?」


「イザークが持ってきた手紙に、指示が書かれていた」


 そうだ。

 服を着替えると、イエーンが必要だ。それに、俺だけ・・・。


「でも、俺・・・。イエーンを持っていなくて・・・」


「大丈夫だ。まーさんからの指示だ。それから、君たちの弟や妹が居るのだろう?連れてきなさい」


 え?全員?


「え?」


「あぁ二人は、まーさんと一緒か?他に、何人か居るのだろう?」


「はい」


 アキ姉・・・・。


 扉がノックされて、メイド服を来た女性が部屋に入ってきた。

 それから・・・。


 服を脱がされて、体中を拭かれた。頭から水を掛けられた。それから、何度も何度も、身体を拭かれて・・・。

 綺麗な服に着替えさせられて、まーさんから借りたナイフを腰にぶら下げるようにしてくれた。


「よし。これなら・・・。多少はましになった。いいだろう。付いてきなさい」


「え?」


 着替えが終わったら、今度は”ついてこい”と言われた。


 門番に着いて行くと、途中で案内をする人が女性に変わった。俺の身体を好き勝手にしたメイドと同じ服を着ている。


「ここです。ナイフは持って入っても大丈夫ですが、ナイフに手を掛けたら・・・」


「解っています。戦うよりも、生き延びることを考えます」


「よい考えです。イーリス様。カリン様。イザーク様の準備が出来ました」


 イザーク様?俺のことか?


 ドアが開けられて、メイドさんについて中に入ると、すごく綺麗な女性が俺を見ている。


「どうでしょうか?」


「うん。合格!」「さすがは、まー様ですね」


 何を言っているのか解らない。

 どうしていいのか解らない。


「カリン様」


「そうですね」


 右側に座っていた、女性が立ち上がって、俺の前に来た。


「イザーク君。今から、まーさんが君に託した指示を伝えます」


「はい」


「いい返事ね。まずは」


 ギルドと教会に、手紙を持っていく、手紙には、まーさんから渡された手紙と同じ印が付いていた。教会には、イエーンも渡すように言われた。貴族が行う”寄付”とかいう奴か?俺たちも、教会が行う配給?を貰ったことがあるから知っている。


「わかった。でも・・・」


「でも?」


「アキ姉が・・・。それに、ラオが心配・・・」


「怪我をしているという男の子?」


「え?はい」


「そう。イーリス。どうする?私が行く?」


「お願いできますか?」


「わかった。イザーク。私の事は、カリンと呼ぶように・・・。それから、君たちが寝床にしている場所に案内して!」


「え?」


「行くよ。早く!イーリス。後は、お願い」


「わかりました。準備をしておきます。それから、心当たりがあるので、使いを出します」


 カリンさん?すごくいい匂いがする。大人の女性だ。そして、すごく綺麗。俺の手を握って・・・。


「どっち、案内して!」


 領主の屋敷を出ると、手が離れた。

 カリンさんを、案内して寝床に行くと、ラオが・・・。


「ラオ!」「イザーク兄ちゃん。ラオが。ラオが」


「大丈夫だ。大丈夫だ」


 俺は何もできない。

 苦しそうにしていたラオが、今にも・・・。ダメだ。


「ラオ!ラオ!」


「イザ・・・にぃ」


「・・・。ラオ」


「どいて!」「何を!」


 カリンさんが、俺を押しのけて、ラオの前に跪いた。綺麗な服が汚れてしまう。


「え?」「・・・」


 跪いているカリンさんの手から光が・・・。

 そして、ラオを覆うように光が・・・。


 徐々に光が治まると、ラオが目を開いた。


「動かないで、傷を治して、病気を倒しただけだから、体力も落ちているし、食事もしていないでしょ?そうだ!他の子もまとまって!」


「イザーク兄ちゃん?」


「大丈夫だ。俺も一緒だ。カリン様。俺も一緒でいいよな?」


「いいけど、様は寂しい。そうだ!私の事は、お姉ちゃんと呼んで、そうしたら、イザークも一緒でいいよ」


「え?カリンお姉ちゃん?”カリン姉”じゃダメか?」


 恥ずかしい。お姉ちゃんなんて始めて言った。


「うーん。しょうがないな。それで許してあげる。ほら、まとまって!」


 カリン姉が、スキルを発動する。

 俺を含めて、皆が泡に包まれる。


 ラオ以外も、皆が綺麗になった?


「うん。まずは、こんな所かな。ラオ君は、私が運ぶから、他の子は、私についてきて、イザークはギルドと教会ね」


「わかった」


 ラオが治った。今は寝ているようだけど、苦しそうにしていない。ジュクジュクしていた傷も治っている。それだけじゃない。カリン姉が治してくれた?

 他の子も、手足に傷があったけど、よく見ると無くなっている。もしかして、カリン姉は凄い?聖女様?


 言われた通りに、教会に走った。イエーンを渡したら、中に案内された。綺麗な球に触るように言われた。触れたら、身体が光った。教会の人も驚いていたが、詳しい話は、イーリス様に聞くように言われた。俺は、全部の文字が読めないが、球に出た何かを書いて、俺に渡して、イーリス様に渡すように言われた。


 ギルドは、よく行っている場所だ。知っている人も居たが、俺だと気が付かない。

 いつもは、来るなと言われるギルドの受付に、手紙を見せると、奥に通された。ギルドに居る奴らが、何事かと騒いでいる。俺にも解らない。偉そうな人が部屋にやってきた。カードを、渡された。


 これは、ギルドカードだ。

 それも、1枚ではない。30枚くらいある。なんで?


 ギルドカードを持ってきたのは、驚いたことにギルドマスターだった。

 そのあとで、イーリス様によろしくと言われた。さっぱり解らない。


 でも、これで頼まれていた事は終わりだ。

 領主の屋敷に急いだ。


 また、裏道を通って、全力で走った。

 なぜか、前よりも身体が軽い。


 今日は、解らない事ばかりだけど、いい方向に進んでいるように思える。

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