第二十三話 少女考える


 おっさんは、目の前で必死に考えている子供たちを見回した。


「(バステトさん。近くに、魔物が居たら倒してくれますか?)」


”にゃ!”


 おっさんは、バステトにお願いをした。実際には、おっさんでも倒せるのだが、子供の前から離れたくなかった。逃げられても困らないが、逃げた子供たちが魔物の餌になるのが困る。そして、魔物の餌だけなら、”子供たちに運と力がなかった”と、考えれば済む話だ。しかし、魔物ではなく野犬や野生動物に襲われたら・・・。野生動物が人の味を覚えるのは、おっさんとしては避けたい。


 バステトは、子供たちを見だ。少しだけ考えてから、森に向けて走り出した。おっさんの考えが解ったのだ。自分に何が求められているのか、正確に把握してから、身体能力をフルに使って、森の奥に居る魔物を捕まえてこようと考えたのだ。


 まだ子供たちは言い争っている。

 バステトがおっさんから離れてから、15分が経過したが、少年少女たちはお互いの主張が正しいと譲らない。


 リーダ格の少年がおっさんに、突っかかって行きそうになるのを、年長の少女が必死に止めている。

 そんな図式が変わろうとしていた。


「バステトさん。大物を狩ってきましたね」


 おっさんの声にいち早く反応したのは、アキと呼ばれていた年長の少女だ。


 少年少女たちは信じられない物を目の前で見せられている。

 小型の猫で、おっさんのペットだと思っていたバステトが、咥えながら引き摺ってきたのは、領兵が4-5人で仕留めれば上出来で、犠牲者が出ても不思議ではない魔物だ。


「それは・・・」


 アキと呼ばれた少女は信じられない思いで漏れた声を手で覆う。


「りっぱな蜥蜴だな?バステトさん」


 おっさんは、少年少女たちを無視してバステトに話しかける。


”にゃ”


 バステトは、おっさんが何をやりたいのか解って、口に咥えていた、ファイアリザードを放り投げる。

 まだ完全に死んでは居ない。魔物は、最後の一撃をおっさんに向けて放とうとしているが、おっさんは、腰を落して、取り出した刀を構える。やっとできるようになった抜刀術だ。タイミングと纏わす魔力が正しいと、抜いた刀身が光で包まれる。当たらなくても、衝撃波が飛ぶようなスキルだ。


 抜刀して、ファイアリザードを真っ二つにした。おっさんは、刀を振ってから納刀した。


 少年少女たちは、一連の流れでおっさんとバステトが何をしたのか解らなかった。

 わかったのは、バステトが自分たちでは見つかれば一撃で殺されるような魔物を引き摺って来る位の強者で、おっさんはそんな魔物が弱っていたと知っても、一撃で真っ二つにする強者だということだ。


 おっさんは、ファイアリザードに近づいて、心臓辺りにある魔石を抉りだす。持っていた布で、魔石を拭うと、真っ赤な魔石が姿を表した。無造作に、ポケットに突っ込んでから、バステトに向かってお願いを始める。今度は、魔石だけを持ってきてほしいというお願いだ。ファイアリザードは、食べることもできるが、あまりおいしくない。素材としては優秀だが、おっさんはイエーンに困っていない。

 固まっている少年少女を一瞥してから、バステトにファイアリザードの後始末をするようにお願いをする。おっさんの指示を受けて、バステトはスキルを発動する。少年少女に解りやすいように、浄化の炎だ。知らなければ、ただ燃やされたと思うだろう。アンデットになるのを防ぐ、”浄化”を行う炎だ。


「あっ!」


 誰が声を発したのか解らないが、少年少女は燃えるファイアリザードを見て、おっさんを見る。

 多分、ファイアリザードを正規の方法で、売ることが出来れば、少年少女たちが1か月は食べられるだけのイエーンが貰える。あくまで、しっかりとした取引が行われれば・・・。だ。


 少女は、燃えるファイアリザードを見ながら、考える。

 おっさんの行動の意味を・・・。自分たちに、何かヒントを与えているのではないかと・・・。


---


 目の前で、行われた行為が信じられなかった。

 でも、漂ってきている匂いは、目の前で行われた行為を証明している。


「アキ姉!」


「・・・。あっ。イザーク?どうしたの?」


「逃げよう」


「ダメよ。ファイアリザードが居るような場所を・・・」


「おっさんを脅して・・・」


「できると思うの?イザーク。現実を見て、お願い」


 イザークが黙ってしまった。

 解っているのだろう。脅せるはずがない。あの人は、私たちを殺そうと思えば簡単にできる。ペットだと思っていた猫さえも私たちよりも強い。猫を捕まえて、脅すのも無理だ。


 生き残るために、何ができる?


 ファイアリザードを目の前で倒した意味は?


 何か取り出した・・・。そして、燃やした。

 いらないの?


 なら、私たちに・・・。ダメ。施しを・・・。ん?

 施しでなければいいの?


 落ち込んでいるイザークを見る。


「イザーク」


 イザークの肩に手をおいて、あの人が私から見える位置にイザークを誘導する。


「なに?」


 イザークは意味がわからない表情で顔を上げる。イザークを騙しているようで、気が引けるが、一つ一つの行動を考えながら、行わなければ・・・。

 もしかしたら、これは、今の環境から抜け出せるチャンスなのかも・・・。


「イザークたちなら、ファイアリザードを解体できる?」


 イザークたちが、肉屋の下請けの下請けをしているのは知っている。


「解体?うーん。ファイアリザードはないけど、リザードならある。違わないから、道具さえあればできる」


 問題は、道具だ。

 イザークだけじゃなくて、他の子も巻き込めば・・・。

 でも、それだとギルドと・・・。ううん。それは、私たちが考えることではない。


「道具は、何が必要?」


「うーん。肉屋では、ナイフと作業をする場所と・・・。あとは、壺かな?」


「壺?」


「うん。リザードの内臓は食べられないけど、薬の材料になるから、仕分けるために必要。あと、リザードはダメだけど、血が錬金の材料になる魔物も居る」


 イザークの話を復唱していると、あの人は私を見つめて来る。

 方向性は間違っていない。でも、まだ何かが足りない。あの人は、見るだけで一歩も動いていない。視線も変わっていない。


「そういえば、解体した肉を貰ってくるよね?」


「うん。端の方で、売れない物を、手間賃とは別にくれることがある」


「そう。あれだけでも、嬉しかったよね」


「うん!アキ姉が作るスープ。おいしいから好き!」


 イザークだけではなく、他の子も話に加わってくれる。

 建設的な話ではないけど、あの人に私たちの情報を伝えるのには丁度いい。


「そういえば、イザークは、カカたちを連れて、外に逝くけど、あれは何をしているの?」


 イザークが不思議そうな表情をしている。イザークが感じていることは解る。私も、カカたちが何をしているのか知っている。でも、今は、カカたちが何をしているのかを、あの人に知ってもらう方が大事だ。


「アキ姉?」


「ほら、私、カカやイザークたちと一緒に行かないでしょ?森に行って何をしているの?」


「森?あっ。サンドラの姉ちゃんたちとの話?」


 サンドラさんたちは、イザークやカカを利用している人たちだ。荷物持ちとして、森に連れて行っている。何度か、遭遇したことがある。あまり深入りをしないようには言っている。あの人たちは、イザークやカカたちを平気で見捨てる。

 あの人が、私たちを見捨てないとは・・・。言えないけど、サンドラたちのように優しそうに声をかけてきて利用するだけの関係にはならないと思う。私の感だけの話だから、イザークたちには言っていない。


「そうそう。危ないから、森には行って欲しくないけど・・・」


「大丈夫だよ。サンドラの姉ちゃんたちは強い」


 強いのは認めるけど、信頼ができない。


「そうね。それで?森では、何をしているの?」


「うーん。サンドラの姉ちゃんたちが倒した魔物の運搬とか、野営の準備とか、あと食べられる物の採取かな。野草とかも教えてもらって、採取している」


「そう。持って帰ってくるのは、その一部?」


「うん。魔物はダメだけど、木の実や食べられる草は持って帰っていいって言われている」


 やはり、サンドラさんたちは信頼できない。

 荷物運びをしていたら、1割が報酬のはずだ。騙しているとは言わないけど、いいように使っている。でも、いえば、少ない報酬さえも貰えない。


 違う。

 私は、皆を守る。だから、考えなくては、今が重要な場面だ。


 あの人を見ると、私だけではなく、イザークを見る目も優しそうに見える。他の子たちを見ている目も、最初の頃に比べると、優しい。

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