第九話 おっさん入領する


 領都の門には、長蛇の列ができている。

 距離にして、800mはあるだろう。


 距離に対して、待機している人数が少ないのは、馬車や護衛が居るために、隊列が伸びてしまっているだけだ。


「まー様。カリン様。少しだけお待ちください」


 カリンは、馬車の扉を開けて、護衛の者を呼び寄せる。伝令を頼むつもりのようだ。


「ちょっと待って。なぁイーリス?」


 伝令が走り去ろうとした瞬間に、まーさんが伝令を止めた。

 止められた伝令も、馬車に戻ろうとしていたイーリスもなぜ、呼び止められたのかわからない。まーさんの顔を見てしまっている。


 イーリスは、護衛の一人に、関所で検閲を行っている者に、自分たちが到着したことを知らせるように伝言するつもりだ。そうしたら、門に並ぶ必要もなく、検閲を受ける必要もなく、領都に入ることができる。辺境伯からすでに伝達が行われている。


「はい?」


 イーリスは、馬車に戻って座りなおす。

 まーさんの横では、カリンが不思議そうな表情で二人を見ている。正確には、まーさんを見て、イーリスをチラ見している。


「別に並んでいれば、入領ができるのだろう?」


 街に入るだけなら、時間はかかるが、並んでも結果は同じだ。イーリスの身分や、辺境伯からの通知がなくても、馬車一台と数名の護衛が居るだけの集団だ。荷物にも不審な物も存在しない。イーリスも、まーさんも、カリンもしっかりとした身分証を持っている。


「え?そうですが?待ちますよ?」


 イーリスは自然な流れとして、順番をスキップしようとした。

 待つのが嫌とかではなく、自分たちがこのまま並んでいるよりも、通過してしまったほうが、目立たなくてよいと思ったのだ。並んでいれば、見られる可能性は高い。


「いいよ。待とう。それに・・・」


 まーさんの返答は、イーリスの想像と違っていた。

 ”待つ”という選択肢を選んだ。


「それに?」


「イーリス。俺たちは、王都から”逃げてきた”」


 まーさんが使った、”逃げてきた”という感覚は、イーリスにはない。


「??」


「この列に並んでいる者だけではなく、領都の人間にも、”特別な”順番を飛ばすような人物が来たと知らせることにならないか?」


 イーリスは、見られる可能性があるので、早く列から離脱して、中に入ることが目立たないことだと考えた。

 まーさんは、特別な人物が辺境伯領に来たということを、周りに知られる事に問題を感じた。


 確かに、イーリスの考えている通りに、列に並び続ければ、人目に晒される時間が長くなる。馬車も質素な作りになっているが、そろいの鎧を来た護衛を連れている3人組は珍しい。荷馬車を連れていないので、商人ではない。揃いの鎧を来ている護衛も、王都の近くなら珍しくもないが、辺境伯領では珍しい。一つ一つは珍しくもないが、すべてが集まっている集団なので、目立ってしまっている。


 まーさんの考えは、”見られる”のはしょうがないと思っていた。

 しかし、王都にいる”貴族”や”王族”や”勇者(笑)”に知られなければいいと思っている。奴らが、まーさんやカリンを探すときに、姿で探してくれたら、二人はまず見つからない。特徴的な、髪の毛の色で探すのはわかりきっている。そのために、髪の毛の色は変えている。

 それでも見つからなければ、辺境伯の領都に当たりをつけていた場合には、自分たちが何時も行うように、門番を呼びつけたり、検閲をスキップしたり、貴族の特権を利用した者が居ないか問い合わせをする。または、聞き込みをする。その場合でも、辺境伯の息が掛かっている兵士には聞けない。そうなると、領都にいる者や商人の噂話が中心になる。まーさんは、その噂話に上るような行為を控えようとしているのだ。


「あっ!」


「それに、急いで入っても意味がないよな?」


「え?」


 イーリスは、まーさんが言っている”逃げてきた”という感覚はないが、認識はしている。そのために、急いだほうがいいと思っている。

 この段階になって、逃げているけど、急いでも意味がない。まーさんが言っている意味が、イーリスにはまるで理解ができない。


 カリンは、考えるのを放棄して、バステトを膝の上に載せて、舟を漕ぎだしている。

 適度な暖かさがあるバステトを膝に載せて、柔らかな日差しを受けて、馬車の中は昼寝には丁度いい温度になっている。


「辺境伯は、王都だろう?代官が居るだけで、実質的に、挨拶をしなければならないような人物はいないよな?あぁ身分的な問題で、イーリスに挨拶に来る連中は居るかもしれないけど、俺やカリンには居ないだろう?」


 辺境伯は、王都で”勇者(笑)”のお披露目に出席するために、領都を離れている。

 実際に領都を仕切っているのは、ラインリッヒ辺境伯の弟にあたる人物だ。身分は、代官だが辺境伯家の人間なので、そのまま領都と周辺を任せてしまっている。


「そうですね。私にも、面会者は、代官くらいだと思います」


 本来なら、イーリスの立場なら、代官が出迎えてもおかしくない。

 しかし、イーリスも華美な歓迎を好まないこともあり、辺境伯からイーリス王女及び二名には簡単な挨拶だけに留めるように通達が出ている。イーリス本人の署名もついていることから、代官は簡単な挨拶を行うだけになっている。


「それなら、急がなくていいよ。目立たないほうがいいだろう?どうせ、門番に、身分を告げるのだろう?その時に、代官に知らせに行ってもらおう」


「わかりました」


「カリンもいいよな?」


「うん。まーさんに任せます」


 カリンは、なんの話をしていたのか解らないけど、まーさんに任せておけば大丈夫としか考えていない。


 馬車は順調に進んでいる。

 商人たちが多いのが理由だ。禁制品を持ち込んでいなければ、商人の通過は容易だ。領都には、関税も設定していない。消費の場なので、関税をかけるよりも、商人の売り上げから”税”を徴収するほうが楽なのだ。門での渋滞も少なくて済む。


「まーさん。私が、兵士と話をしてきます」


「わかった。頼む」


「はい。行ってきます」


 順番が来て、馬車が止まった所で、イーリスが馬車を降りる。

 その時に、辺境伯からの書状とまーさんとカリンの身分証を預かる。本来ならありえない手法だが、辺境伯からの証書もあるために、略式の審査で通過が認められた。

 イーリスから渡された書状を読んだ兵士が、領主の館に知らせに向かう。


 馬車に戻ってきたイーリスは、まーさんの正面に移動して座る。


「出してください」


 馬車の中から、御者に指示をだすと、馬車が動き出す。


 門を通過する時に、木戸を開けて、まーさんとカリンが顔を出す。馬車の中が見えるようになって、3人だけが乗っていることを兵士に見せてから、馬車は速度を上げる。


「ふぁ・・・。まーさん。すごいね」


 城壁を入れば、街が広がっている。

 王都は、石で建物が作られて、道は石畳になっている。見かけ上は綺麗になっていた。


 辺境伯領は、王都とは違う発展をしていた。森が近く、反対に意思の確保が難しいために、石で土台を作って、木材で家を作っている。


「ねぇまーさん。建物と建物の間が空いているのは?」


「火災対策じゃないのか?」


「火事?」


「あぁ建材に木が使われているみたいだからな。火事での延焼が怖いのだろう?だから、適度な感覚で隙間を空けているのだろう?」


「へぇ・・・。でも、石の積み方はいろいろだね」


「多分だけど、地下があるのだろう?それで、火事で延焼しても、自分の家の場所・・・。カリンには、土地と言った方がわかりやすいか?上物が燃えても、石が残っていれば、土地が判るだろう?」


「えっうん。そうだね」


「・・・」


「どうした。イーリス?」


「まー様。地下があると、なぜ思うのですか?」


「あぁ・・・。上物が燃えてしまうことが前提で作られているように思えるからな」


 まーさんは、他にも理由はあるが、それは語らずに、開けた木戸から街並みを眺め始める。

 イーリスも、不思議には思いながらも、”まーさん”だからと思って、それ以上の質問は控えた。

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