第七話 おっさん移動をする


 カリンが魔力切れを起こして馬車に戻ってきた。


「それで、イーリス。秘匿魔法は、さっきの説明では、各属性を”刃”のように飛ばす魔法に思えるけど、その認識でいいのか?」


「私の解釈は、まー様のおっしゃっている通りです」


 丁度、おっさんとイーリスの話が”秘匿魔法”になっていた。


「まーさん。イーリス。バステトさん。ただいま。疲れた」


「おぉおかえり。収穫はあったようだな」


 まーさんは、帰ってきたカリンの表情を見て、カリンを褒める。頬を赤くするカリンを、イーリスが”生”暖かい表情で見ている。


「うん!」


 普段なら、まーさんの斜め前に座るが、そこにはイーリスが座っている。まーさんの横は正面しか空いていないのを見て、カリンが少しだけ戸惑う。戸惑うのを見て、イーリスは、まーさんの正面に移動する。


 それでも、座ろうとしないカリンの表情を見て、イーリスは一つの可能性に辿り着いた。


「カリン様。お疲れ様です」


 イーリスは、濡れたタオルをカリンに差し出す。


「ありがとう。冷たい!気持ちがいいよ!」


 カリンは、首元の汗を拭いてから、一言だけ告げて馬車を降りる。

 カリンが、いつも以上に汗や匂いを気にしているのが面白かった。イーリスやメイドの中では、カリンが”いつ”自分の気持ちを認識するのか話し合われていた。イーリスは、辺境伯の領都に着いて落ち着いてからだと思っていた。メイドの一人が言っていた、移動中が正解なようだ。カリンの様子から、意識をしていて、認識ができた感じだと思っている。あとは、きっかけがあればさらに認識が進むだろうと思っている。


 カリンが、汗を拭いて、まーさんの隣に座る。斜め前ではなく、横に座る。


「イーリス。まーさん。”秘匿魔法”の話をしていたよね?」


 カリンは、イーリスに話しかけるが、イーリスは、カリンとまーさんの距離がもどかしくてしょうがない。


「はい。カリン様にも、認識をしておいてほしいと思います」


 ”秘匿魔法”は、王家に連なる者として、しっかりと指摘をしておく必要がある。イーリスは、覚悟を決めて表情を改める。

 まーさんが、不思議な言い方をしていたのが気になっているが、”秘匿魔法”は”秘匿”されるべきスキルだと考えている。


「なぁイーリス。”刃”じゃなければいいのか?」


「先ほども、似たようなことを、質問されていましたが?」


「そうだな。カリン。”刃”じゃなくて、”ランス”や”ボール”でもできるよな?」


「うーん。やってないから、絶対とは言えないけど・・・。ファイアボールはできたから、できると思う」


「イーリス。それなら大丈夫なのか?」


「え?そうですね」


 言っている意味はわかるが、実現方法が解らない。解らないから、”秘匿”されているのに、二人の会話は、簡単なことをやろうとしているようにしか聞こえない。イーリスには、今日の食事の話をしているような会話に聞こえてくる。

 秘匿指定されているのは、風刃などのスキルを利用した物だ。話を聞いている感じでは、”秘匿魔法”ではないとは思えるが、実際のところは、”よくわからない”が答えになってしまう。


「カリン。一応、”刃”系ではなく、”ランス”や”ボール”を練習してくれ、それから、”かまいたち”はわかるよな?」


「うん」


「原理も?」


 まーさんのちょっとした意地悪が発動した。

 ちょいちょい、会話の中に、知識を試すような話を入れるのが、まーさんの悪い癖だ。


「え?原理?」


「うーん。自信はないけど、たしか、気圧差で真空や真空に近い状態が発生して、皮膚を切り裂いた?」


「あぁ・・・。それは、それも一つの説だけど、気化熱によって急激に皮膚が冷やされて、裂傷したのが原因ではないかと言われている」


「え?」


「それはいいとして、かまいたちのことを、アニメやラノベでは、”真空斬”とか言わないか?」


「あ!」


 カリンにも思い当たるシーンがあった。


「そうだ、”刃”がダメなら、”斬”なら同じような効果を想像できるだろう?風なら、”疾風斬”とかな、少し・・・。本当に、少しだけ、14歳の病気が出てきそうだけど・・・」


 カリンが、まーさんを見て笑いだしてしまった。

 イーリスには、カリンが笑い出した理由が解らないが、新しい知識に触れられて、興奮を覚えていた。


「うん。できそう。魔力が回復したらやってみるね」


「イーリス。どうだ?」


「”どうだ”と言われても・・・。実際に、”炎刃”を見た者は居ませんし・・・」


 イーリスが、衝撃の告白をする。

 実際に、”秘匿魔法”を見たことがない。実際に、現在では”発動できる者”が、居ないのだ、魔法師団に”風刃”を使える者は居るが、他の属性は誰にも使えない。そもそも、存在が”秘匿”されている。閲覧できるのは、王家の者だけで、その王家には、スキルを発動できる者が居なくなってしまっている。


 そんな王家の中で、久しぶりにスキルが使えたのが、イーリスなのだ。


「え?」「は?」


 まーさんとカリンの間抜けな声が馬車の中に響く。


「だって、”秘匿”なのだろう?誰かが使えるから、秘匿されているのだろう?」


「はい。初代様が使っていた魔法です。それから、王家にだけに許された魔法です」


 まーさんは、イーリスの話を聞いて納得した。カリンが不思議そうな表情をしていたので、まーさんが、イーリスに質問するような口調で答えを告げる。


「・・・。そうか、秘匿されていて、誰も使えなくなって、スキルの発動が、誰にもできなくなった。使える者が居なくなったのだな」


「・・・。はい」


「それなら、使っても・・・。いや、面倒なことに巻き込まれそうだから、違う魔法を使うようにしよう」


 馬車の中で、まーさんとカリンとイーリスが話をしている間に、今日の野営の準備ができたと知らせが入った。


 野営の火を囲んでも、”秘匿”に関しての話は続いたが、カリンの魔力が戻ってきたので、試しに、”ボール”や”ランス”を試して、”斬”を試してみた。言葉はまーさんが考えて、言葉の意味をカリンに伝える。

 イメージを思い浮かべて、カリンが魔法を発動する。


 イーリスは、二人を不思議な者を見る表情で眺めていた。二人がやっていることが信じられない。常識を逸脱したことで、唖然としてしまい指摘するのを忘れてしまった。


 この世界の魔法は、”ボール”や”ウォール”が基本になっている。あとは、各国や貴族家で”秘匿”されている魔法がほとんどだ。


 イーリスから、スキルや魔法に関しての現状を聞きながら、野営の夜を過ごした。


 翌朝、火が消えた野営地では、出発の準備が進んでいた。

 夜遅くまで、スキルの発動や魔法に興奮していた。カリンだけが、まだ馬車の中で寝ている。


「まー様」


「出発しよう。カリンは、寝かせておけばいい」


「わかりました」


 イーリスが、まーさんの承諾を得て、指示を出す。


「まー様。馬車の中で・・・」


「いや、御者台でいい。中は、カリンが寝ている」


「しかし、護衛は?」


「バステトさんが居るから大丈夫だろう」


「そうですね」


 イーリスは、カリンが起きた時に、まーさんが目の前に居るシチュエーションを期待していたが、まーさんの機転で回避されてしまった。


 結局、カリンが起きたのは、次の休憩地点の手前になってからだ。


 休憩地点では、いつも以上にカリンが積極的に食事の準備をしていた。

 すんなりとまーさんの隣に座るのを見て、イーリスが嬉しそうな表情を浮かべた。


 休憩地でも、カリンがスキルと魔法を使った。

 攻撃を主体とする物ではなく、内面に働きかける魔法だ。1時間程度の休憩では、上達はしなかったが、まーさんの助言を受けて、スキルの発動までは確認ができた。

 休憩地を出てからも、馬車の中で、まーさんとカリンはスキルの実験を繰り返した。


 二度の休憩を挟んで、目的地である。辺境伯の領都が見えてきた。


 このまま問題なく進めば、今日は野営をしなくて、辺境伯の屋敷で休むことができるだろう。皆の表情にも、疲労は見えるが明るい表情に変わった。

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